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山が好きだからといって善人とは限らない『闇冥』

 三大「〇〇好きに悪人はいない」のカウンターができた。

 犬好きに悪人はいない → 『冷たい熱帯魚』
 子好きに悪人はいない → 『IT』
 山好きに悪人はいない → 『闇冥』

 最初は、埼玉愛犬家連続殺人事件をベースにした映画。園子温・監督・脚本で、猟奇殺人事件に巻き込まれた男を描いたホラーだ。死体解体など凄惨なシーンもあり、R18+に指定されている。

 次は、殺人ピエロの異名を持つジョン・ゲイシーから想を得た小説。みんな大好きスティーヴン・キングの長編で、映画にもなっている(リメイクされたハイ! ジョージーが有名やな)。怖さなら小説を、おぞましさなら、実話のほうWikipedia[ジョン・ゲイシー]をお薦めする。

 最後は、今回お薦めの山岳ミステリアンソロジー。馳星周が選んだとあって、ノワールなやつから悲哀に満ちた作品までさまざま。ここでは、山岳ミステリの傑作とも言われる、松本清張「遭難」について紹介しよう。

 悪天候の鹿島槍ヶ岳で、三人のパーティーが遭難する。一人が死亡し、生還したメンバーがその顛末を手記の形で山岳雑誌に寄稿する。読者はいきなり、この手記と向き合うことになる。

 手記を書いた人は登山初心者だが、他の二人は経験者であり、装備も準備もしっかり整えたうえで山に臨んでいる。前夜から寝台列車を使うなど、疲れを残さないよう配慮し、きちんと休憩を取りながら、無理のないルートで登ってゆく。

 ところが、急激な天候の悪化やメンバーの体調不良により、だんだん追い込まれてゆく。悪いことは重なるもので、強行か撤退かの判断に迷ううちに、霧が出て方向を見失い、体温と体力を失う中で夜を迎える。リーダーが決死の覚悟で助けを求めるために地図なしで山小屋に向かうのだが―――

 この件の描写がたいへん秀逸で、最初は楽しい山行きが、だんだん怪しく不安になり、暴力的な風雨まじりで夜が圧しかかってくるシーンは、頭がおかしくなっても仕方ないと思えるほど。

 手記には特に不備もなく、「山では絶対に無理をしていない」といったありふれた教訓を残すのみでしめられている。結局これは遭難事故として扱われるのだが、この時点でまだ、小説の半分にも至っていない。

 そして、松本清張の本領が発揮されるのはここから。たいへん面白い。最初は何でもない話だったのに、だんだんと疑惑が深まり、最終的に確信へと至る。その核心の部分は、さまざまな伏線の形をとり、最後に全てが重なるようにできている。

 これ、単にミステリとして極上の面白さだけでなく、小説の構造に含ませた仕掛けとしてもよくできている。そして、いかにも松本清張らしい。さらに、ラストで読み手に考えることを突き付ける。

 善悪のことよりも、この続きだろう。わたしは、清張のある長編小説に繋がるなぁと思った瞬間、これは清張が築き上げた社会派ミステリのテーマでもあることに気づいた。曰く、「人が一番おそろしい」やね。

 他にも、遭難の背後に潜む闇を描いた作品や、山同様に運命の容赦のなさを描いたもの、意外な因果応報など、一筋縄ではいかない傑作ぞろいなり。収録作品は以下の通り。

 松本清張 遭難
 新田次郎 錆びたピッケル
 加藤 薫 遭難
 森村誠一 垂直の陥穽

 そうなんだ、人の怖ろしさは、全て人が抱える闇の中にあるもので、山は、それとは別個に存在する。いや、そうではない。むしろ、人のおぞましさ・浅ましさは、山という極限状態の場でこそ、赤裸々に暴かれてしまうと言う方がしっくりくる。

 「〇〇好きに悪人はいない」という言葉そのものに罠がある。〇〇と善悪は関係がなく、ただ人の闇に善悪があるだけなのだから。

Annmei

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