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ディック・フランシス『直線』が寝かせてくれない

 「面白い小説とはセックスのようなもので、途中でやめるわけにいかない」という阿刀田高の言葉は、まさにこの作品のためにある。「あと少し」「もうちょっと」と面白さに引きずられ、読み始めると、終わりまで終われない。

 競馬をテーマにしたミステリで有名なディック・フランシス。まずは、このディック・フランシスのシリーズの山を見てくれ。スゴ本オフで、みかん星人さんの蔵書をプレゼントしてもらったのだ(ありがとうございます!)。

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 ディック・フランシスの小説の特徴は、競馬が関連することと、邦訳タイトルが『大穴』『黄金』といった漢字2文字になるところ。この緑色の背表紙は、ずらっと書店で眺めると結構な存在感となる。

 主人公や舞台が異なり、読み切りとなっているため、どれから読んでも摘まんでもいい。どれもお薦めというのは悩ましい。あまりなじみのない人に、「この一冊」を選ぶならどれになる? ということで、みかん星人さんに教えてもらったのが『直線』(Straight)だ。

 冒頭がすばらしくいい、これだ。

私は兄の人生を引き継いだ。彼の机、彼のビジネス、彼のおもちゃ、彼の敵、彼の馬そして彼の愛人。私は兄の命を引き継いだ。そしてそのために危うく死ぬところだった。

 この一行目で心惹かれ、どっぷりハマる。主人公は競馬の騎手。疎遠だった兄が急死したことで、兄の事業や財産を受け継ぐことになるが、その過程のなかで様々なトラブルに巻き込まれてゆく。

 壁をひとつひとつ乗り越えるたびに、兄が優れたビジネスマンだったこと、生真面目な(Straight)顔とともにユーモアに溢れていたこと、厄介ごとの種を抱えていたこと、そして、何よりも弟のことを深く愛していたことに気づく。

 そして、ひとつひとつ気づくたびに、主人公とともに読者はハッと衝かれ、寂寥感に胸が熱くなる。もはや絶対に手に入らない時間を惜しむとともに、もっと近くにいれば、もっと言葉を交わしていればよかったのにと悔む。

 この兄が魅力的な人なんだな。主人公に遺された手帳のメモを引用しよう。冷静で、辛辣で、真摯な(Straight)人物像が見えてくる。この作品のもう一人の主人公は兄であり、その人となりや秘密を解き明かす物語でもあるのだ。

あらゆる所得層の中に、世の無秩序をせせら笑いながら、自分の家が泥棒に荒らされたのに憤慨して警察を呼ぶ平凡な愚か者がいる。そういう人間は、銃を持った者から救ってもらう必要が生じるまでは反体制的言動を示している

多くの人間にとって、犯罪は犯罪ではなく、たんに生活様式にすぎない。法が自分にとって不都合であれば無視する、自分には当てはまらないと思っている

歴史的に見て、ガンで死んだ人間より宗教のために死んだ人間のほうが多い

 目頭が熱くなったのはここ。「デリック」は弟である主人公がここを読むシーン。

デリックが、肋骨骨折で体をこわばらせて夕食に来た。たえずそのように怪我をすることにどうやって耐えてゆくのだ、と訊いた。「痛みを忘れてパーティを楽しむのです」と言った。それで、二人でシャンパンを飲んだ

 生きることは痛むことだ。痛むことなしに生きることはできない。それが、落馬して骨折した痛みであれ、心ない誰かの言葉で傷つけられた痛みであれ。そして、いったん痛みを忘れ、生きることを楽しむ外はないのである。

 みかん星人さん、教えていただき、ありがとうございます。そして皆さんにもお薦めする、読み始めたら最後、やめられなくなる傑作をどうぞ。

<追記>
次は、『大穴』→『利腕』→『敵手』→『興奮』→『再起』の順に読むと良いとのこと。寝かせてくれない夜を楽しもう。

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最新のアメリカの「世界文学全集」に見る日本文学

 世界文学全集を編むとき、そこに時代や地域による自動的な選別が行われる。編者の価値観や願望が反映されたものになる。

短篇コレクション 日本における「世界文学全集」では、池澤夏樹が編んだ河出書房版が新しいが、たとえばその『短篇コレクションI』だと、南米や中東、中国と沖縄など、非ヨーロッパから選ばれており、地域性フィルターが働いていることが分かる。非欧州でも(だからこそ?)こんなにも豊かな技法と発想に恵まれていることが、この一冊で分かるようになっている。

文学全集を立ちあげる また、丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士の鼎談をまとめた『文学全集を立ちあげる』では、いわゆるカノン(正典)を示し、(読むにも書くにも)文学の技法を拡張する100冊が紹介される。面白いのは、日本であれ世界であれ、村上春樹の作品を執拗に全集から外そうとしているところ。日本の評論家では評価できないのであれば、むしろ世界文学全集に入れるのがふさわしかろうに。

 反対に、海外では日本文学をどのように位置づけているか? と考えていると、格好の講演があった。秋草俊一郎氏の「世界の中の日本文学」という特別講演だ。北米の大学では、教材として「世界文学アンソロジー」が使われており、そこで日本文学がどのように扱われているか? という視点から捉え直す試みになる。

Sekaibungaku

 以前、デジタル・ヒューマニティーズについて、「文学とコンピュータが出会うとき」という題目で同氏の講演を聴講したことがあるが、例が豊富で非常に分かりやすく、かつ読みたい本がザクザク出てくる1時間半でしたな。今回は、2018年に刊行されたノートン版世界文学アンソロジー4版についても語ってくれるとのことなので、めっちゃ楽しみ。

 入場無料、予約不要とのことで、ご興味のある方はぜひ。わたしも聴講するつもり。ご一緒していただく方がいらしたら、これをネタに一杯やりながら文学談義をしましょう。というわけでオフ会の募集も書いておく。

一次会 時間 15:00-16:30
    場所 市ヶ谷 日本大学会館
    目的 特別講演を聴講する
    参加方法 上のポスター参照

二次会 時間 17:00頃~19:00頃
    場所 市ヶ谷のどこか
    目的 一次会をネタに語りあう
    参加方法 twitter でわたし(@Dain_sugohon)に話しかけてくださいまし

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