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『夜のみだらな鳥』の魅力を2,000字ぐらいで語る(一夜限りのドノソ祭レポート)

 『夜のみだらな鳥』の復刊を記念し、下北沢B&Bで開催された「一夜限りのドノソ祭」に参加してきたので語る。訳者である鼓直さん、そして同じくドノソの代表作『別荘』を翻訳された寺尾隆吉さんの対談である。当日の雰囲気は、togetter『夜のみだらな鳥』を堪能する、一夜限りのドノソ祭!で味わってほしい。

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 まず『夜のみだらな鳥』について。

 くりかえすが、これは読書というよりもむしろ毒書であり、耐性がある人には中毒症状・禁断症状が現れることになる。語り手と語られる/騙られる者・場所・時間・記憶が、迷宮状に入り混じり接続し、先の否定が肯定され、後の出来事を未来で予告する。カオスと呼ぶためにはカオス”でない”存在、少なくとも読み手がそうでない必要があるが、丹念に読めば読むほど、うねる物語に呑みこまれ異形化する。

 ありのまま、起こった事を話すなら、「彼の語りを読んでいたと思ったら、いつのまにか読まれていた」……何を言っているのか分からないと思うが、わたしも何をされたのか分からない。頭がどうにかなりそうだった。信頼できない語り手だとかメタフィクションだとか、そんなチャチなものでは断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わう(完璧な悪夢『夜のみだらな鳥』にまとめた)。

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 そんな「読む迷宮」をどうやって訳したのか? 読むだけで頭がどうにかなりそうなのに、よくぞ狂わなかったなぁと思いきや、なんと、2ヵ月半で訳了したという(一人で!)。編集者の命により、講義は休講、ホテルに缶詰にされ、朝9時から夜9時までぶっつづけ、休日なし、一気呵成に仕上げたのだという。

 おそらくこれ、ノートを取って時系列に年表を書いたり、相関ネットワーク図を引いて「知っている/知っていない」表を作っていたら、何年経っても終わらないだろうし、なおかつ、ドノソが作ったダンジョンの目的とは、かけ離れたものとなるだろう。なぜならそれは、語り手/読み手とともに動的に変化する迷宮を目指したものだから。

 そして、鼓さんからヒントをもらった。

 曰く、「たしかに自在に動く時空間の整合性を取るのは難しい。だが、ドノソは読者を完全に無視して、置き去りにして物語を進めようとしているわけではない。その証拠に、歴史上のイベントを目印として置いている(たとえば、ドン・ヘロニモ・アコイティアがヨーロッパを去り、帰郷したのは、カストロに呼応して政治運動に参加するため)。アンカーのように打ち込まれた史実を元に時系列を整理すると、見通しが良くなる(初読の方は参考にするといいかも)。

 さらに、この小説が書かれ、読まれているラテンアメリカの背景を頭の片隅に入れておくと、伏線が見えてくる。たとえば、ラテンアメリカは「マッチョイズム」だという。強靭さ・逞しさ・好戦性が尊ばれ、富と名声を手にする。完全な身分制度・階級制度に分かれており、成り上がるのは難しい。

 そんな背景で、成り上がりのメスティーソの代表のような主人公ウンベルト・ペニャローサ(直訳すると墓石)が抱く、暗い妬みや強烈な上昇志向は、一種の呪いのように働く(人を呪わば穴二つ、一つは呪いの宛先で、もう一つは自身である)。ペニャローサが饒舌な語り手「ムディート」(聾唖)となり、身体の80%を失い「ボーイ」(畸形児)となるのは、必然だったのかもしれない(と、読み手に思わせたいのかもしれぬ)。

 また、階級制度を伏線にしているのは、ヘロニモとイネスの姓だという。二人は、結婚する前から同じ姓「アコイティア」だったのである。わたしは2回も読んだのに気づかなかったのだが、ヘロニモが妻の候補を探す際、同じ階級の中で選ぶことになる。ごく一握りの上流階級の中で結婚をくり返し、いわゆる「濃い血」が流れていたエビデンスである。なかなか子どもが生まれなかったこと、待ち望んだ末に、畸形児「ボーイ」が誕生することの伏線だというのだ(ヘロニモの縁戚に畸形のエンペラトリスがいたことも裏付ける)。

 階級制度は、「読者」をも規定する。(当時の)ラテンアメリカでは、文字が読め、小説を読むのはエリートになる。従って、なんであれ書かれるものはエリート向けである文化では、エンタメを追求した通俗的な作品は好まれない。通俗性よりも文学性を求められるようになった結果、小説は難解となるという。ドノソは決して「一般的」じゃないよなぁ……と思う理由はここにあったのか。

 さらに、質疑応答タイムで、お二人から嬉しいアドバイスをもらった。

 マルケス『百年の孤独』でガツンと犯られ、ドノソ『夜のみだらな鳥』で中毒となり、次に何を読めばいいのか分からない。傑作の上に傑作を上書きされ、これ以上なんて存在しないのではないか……!?という質問に返されたのが以下の通り(他にもあったけど聞き取れず残念……)。

 ・ホセ・レサマ=リマ
 ・アレホ・カルペンティエル
 ・カルロス・フエンテス(?)

 さらに、寺尾さんより直々に「フィクションのエル・ドラード」シリーズをお薦めされる。出版社が押し付ける「任され翻訳業」ではなく、寺尾さんが選書したシリーズだから鉄板らしい。確かに、『別荘』と『夜のみだらな鳥』は傑作だったので、レーベル読みをしても良さそう。

 対談終了後、参加された方から、ベルナール・ノエル『聖餐城』をお薦めされた。なんとしても探し出し、読むぞ。すごい小説を読みたいという動機に衝き動かされて、ラテンアメリカ小説も読んできた([ラテンアメリカ十大小説]にまとめた)。だが嬉しいことに、この祭りで、人生を更新するすごい作品が沢山あることを思い知らされる。まさに、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる一夜でしたな。

 よい文学で、よい人生を。

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