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『土木と文明』はスゴ本

 土木から見た人類史。めちゃくちゃ面白い。

 土木工学とその影響という切り口で世界史を概観する。テーマは、都市、道路、橋、堤防、上下水道、港湾、鉄道などに渡り、テーマごとに豊富な事例で紹介する。土木技術の発展なしには文明も発達せず、また文明の発展につれて土木技術も発達してきた。そうした土木工学と文明の関わりを歴史的に串刺しで見ることができる。

 大きなものから小さなものまで、人が手がけてきた土木事業は、それこそ星の数ほどある。それをどうやって整理するか。本書は、そのとき直面した問題(治水、防衛、流通、疫病対策等)と、利用できるリソース(人・技術・時間)、そして成し遂げられた結果(土木事業)という観点で整理しているのが素晴らしい。

 面白いことに、問題と対策という視点で眺めると、時代や地域を超えた普遍性が現れてくる。異なる時代・地域の人々が、それぞれに知恵を絞り、そのときに手に入るリソースを駆使した結果、きわめて似通った構造物ができあがる。

 人の営みの不変性が、土木事業の普遍性につながる。どの時代であれ、人は水や食べ物を確保し、便利で安全な生活を求め、より良いものを作ろうとする。当たり前のことなのかもしれないが、土木という共通面で見せられると、一種の感動すら覚える。

◆治水:水を治むるは天下を治むる

 最もすごいのは、治水。

 「水を治むるは天下を治むる」という古い言葉が指すとおり、どの時代の為政者も治水には心を砕き、大量のリソースを投入していたことが、土木事業という結果から分かる(そもそも政治の「治」の語源は治水だし)。

 たとえば、紀元前の中国の王朝、秦国の事例がすごい。洛水の120キロにわたる灌漑水路が建設されたのだが、この水路、物資を船で運ぶ体目の運河としての役割もあった。そのため、丘陵の下にトンネルを堀り、水路を通過させている。単純に横穴を掘り進めるには、時間がかかりすぎる。どうすればよいか?

 そこで、ある工法が用いられる。すなわち、丘の上から何本もの竪穴を掘り下げ、指定した深さに達したところで左右に横穴を掘り進めて水路として連結させるのだ。こうすることで、複数のチームで同時にトンネルを掘ることができる。さらに、地下水路に崩れ落ちる土砂を浚うメンテナンスの通路にもなるメリットがある。

 この工法はカナートと呼び、最古の水道でも跡が残っているという。現在でもモロッコで機能している地域があるという。本書では中近東のカナートが伝播したと示唆するが、農耕地の灌漑のための水路を、積荷を載せた船が通れるほどの大規模で実現させている秦国もすごい。

 日本の治水事例だと、行基、空海、加藤清正といったおなじみの人物が出てくる。だが、なぜに僧侶や武将?

 なぜなら、衆生済度の方便になるから。仏法を説くだけではなく、信念を共にする集団が土木技術を修得し、灌漑や治水といった「見える化」を伴ってこそ、民衆の支持を得ていたことが分かる。加藤清正にしても然り。熊本城の石垣が有名だが、水争いや土地争いを治めるための名(功績)と実(土木技術)を兼ね備えた、「清正公」という事業団のような存在だったのかも。すなわち、僧や侍という個人の属性だけでなく、優れたエンジニア集団でもあったわけだね。

 なかでも、信玄堤の事例は、感動すら覚えた。甲府盆地の釜無川の大洪水を契機として、御勅使川との合流地点の大改造を行った武田信玄の土木工事だ。本書では、新しい水路を掘り、その起点に強固な石を積上げ、水流の勢いを弱めるように誘導する設計をマップつきで紹介している。

 しかし、コンクリートも重機もない時代。時とともに地場が緩んでくるのをメンテナンスする人員を確保するため、開拓移住者を募って入植させたという(入植者たちは免税される代わりに水防が義務付けられた)。さらに、堤防の上に三社大明神を請来し、毎春の祭日の神輿渡しをすることで、参拝する群衆によって土地がおのずと踏み固められる工夫をしたというのだ。

 この祭りは、今でも行われている(旧:山梨県中巨摩郡竜王町の神幸祭)。なぜその場所でその季節に祭りをするのか、知らない人もいるだろう。単に言い伝えというのではなく、その場所を守るための方法も込みで、500年前の政策が伝統化されているのだ。これは凄い。

 なぜなら、ある巨大建造物の話を思い出したから。

 その建造物に求められているのは、「入るな!」というメッセージである。周辺には鉄条網が張り巡らされ、様々な国の言葉で「入るな!」という看板が立ててあり、言葉が分からない人向けになにやら恐ろしげアイコンで警告を発している。壁を頑丈にしたり、侵入者を排除する機能を取り入れたり、そもそも普通ではアクセスできないような高い塔、深い穴、巨大な掘といった構造をしてもいい。

 だが、そうした防護壁をもうければもうけるほど、中に入っているものが大変貴重で価値があるものだと思われ、数多くの侵入者を招きよせることになる。何百年も経過するうちに、言葉は変化し使われなくなり、警告の絵も分からなくなる。どうすればよいのか?

 一つの解として、「祭り」が挙げられる。その建造物を中心にして社や街を造り、それぞれで祭りを伝統化させる。祭りでは「厄・忌み方角」として建造物の方向から避けるような舞・祈祷・山車などを執り行うのだ。人類が最も永く伝えられる「祭り」を利用することで、その建造物に近づくことを警告し続ける―――

 もちろん、その巨大建造物とは、核廃棄物の格納場所のことだ。信玄堤のメンテナンスを入植者と祭礼で行ったように、核廃棄物のメンテナンスもそうなるのかもしれないと想像すると、ぞっとするほど既視感のある未来になる。

◆都市城壁:テクノロジーが都市の形を変える

 都市城壁の歴史も興味深い。

 人類史のある時期まで、要塞都市は、半島の内陸部に巨大な城壁を建造し、海側を天然の守りとした「自然+人工」の構成となっていた。

 その典型例が、コンスタンチノープルの大城壁である。外城壁の高さ8m、内城壁は12m、見張り塔は12mであり、この大城壁に守られたコンスタンティノープルは東ローマ帝国の首都として1000年間、平和を享受していた。都市平面図を見ると、城壁はいわゆる線上の「壁」として成り立ち、外敵に対しては城壁上から防衛兵を繰り出すことができたのだ(まさに『進撃の巨人』のように)。

 ところが、ムハメット二世は、攻略戦に際し、前線に巨大な大砲を据え付け、砲弾の威力でもって大城壁を破壊してしまう。これは、城塞守備の常識を打ち砕く大事件であり、以降の攻城戦の様相が一変したという。すなわち、要塞の平面形状を変えて要所要所に角部(稜角)を突出させ、そこに大砲を備え付け、攻撃側の大砲を撃破する構造になる。今までの「自然+人工」ではなく、八角ないし円状に近い要塞都市を目指すようになったというのだ(XEVIOUSのアンドアジェネシスのイメージ)。

 15世紀末からの大航海時代において、欧州各国がインド、アジア、アメリカに植民地制服の橋頭保を確保した時、まずこうした稜角を持つ要塞を建造したという。テクノロジーが土木工学を変えた面白い例といえる。

◆水道:キレイ好きと土木工学の関係

 様々な観点から土木と社会の関係が考察されるが、上水道・下水道の件は、その文化が如実に表れており、大変面白かった。

 古代ギリシャ文明を振り返り、上水道の建設に用いられた土木技術が紹介される一方、下水道には無関心だったとこき下ろす。そのため、アテナイを始めとするギリシア諸都市の街路は、非常に不潔な状態にあり、ペロポネソス戦争難民による過密人口に対し、下水道の整備されていない街路が疫病をまき散らす温床となっていたという。

 時代が下って、中世ヨーロッパの都市は、屎尿に悩まされていたらしい。城壁都市の影響で家屋は多層建築となっており、そこでは各戸ごとの便所はなく、外の共同便所を利用していた。屋内では携帯式の便器を利用し、家の窓から街路に捨てる人が多かったという。街路の糞便は川まで雨で流されるか、市が雇ったナイトマン(屎尿清掃人)が片付けるまで放置状態だったらしい。

 その結果、汚れが目立たない黒っぽい服装が常識となる。ダークスーツ、黒いドレス、日傘、ハイヒール、シルクハットといった文化は、多層建築と下水道の未整備、汚水を捨てる社会の影響だったのだ。

 一方で、日本の事例が象徴的だ。オランダ人のケンペルが1691年に記した『江戸参府旅行日記』を引いてくる。着飾った女性が往来を歩いているのを見て驚いたというのだ。つまり、きれいな着物で出歩くことができるほど、日本の道路が清潔だったのだ。

 ここで急いでただし書きをせねばならぬ。日本で糞尿は肥料として売買されていたため、「往来に投げ捨てる」といったもったいないことをしていなかったのが真実だ。さらに申し添えておくと、ユゴーが『レ・ミゼラブル』で糞尿という名の肥料をそのまま下水に流しているのを憂いていたことも、本書ではしっかりと記載されている。

 欧米では、迷惑な下水を速く流し去るために下水道の建設を第一として、下水が未処理であっても目をつぶってきた(いわゆるタレ流し)。一方、日本では、都市部における人口密度が欧米より高く、川や海に対する汚染負荷量が大きいため、下水の処理を優先し、下水道の普及は遅かったという。

 下水の処理は、河川放流の前に沈殿池に導き、浮遊物を沈殿・除去する1次処理、活性汚泥法(好気性微生物を利用する)による2次処理、さらに酸化剤や凝集剤を用いる3次処理とある。日本では3次処理まで行っているところがあるが、欧米では2次処理までで、3次処理は検討対象にすらなってないという。欧米と日本の下水に対する取り組みの差は、都市構造からくる意識の違いによると考えると面白い。

 あわせて読みたいのが、人類の営みを、都市という面から捉えた名著『都市の誕生』[レビュー]がある。都市の形態や機能、交通や地下鉄、祭りや食べ物といった切り口で人類史を振り返ると、多様でありながら普遍的で、変化しながら不変的な要素をもつことが分かる。古代から現代まで、都市のありようと発達、そしてその変遷を眺めていると、人類のサイズや活動から逆に都市の機能が規定(定義?)されていることが分かる。

 また、都市や道路、港湾の部分においては、『戦争の世界史』[レビュー]と併せると何層にも面白くなる。人類が「どのように」戦争をしてきたかを展開し、「なぜ」戦争をするのかの究極要因に至る。軍事技術が人間社会の全体に及ぼした影響を論じ、戦争という角度から世界史を書き直そうとするこれも名著なり。『土木と文明』と重ねると、戦争と土木の相互作用が見えてくる。

 すごい本を読むと、過去のスゴ本に何層にも重なり、雪だるま式に思い出されてくる。文明とはすなわち土木であることが分かる。

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