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『すごい物理学講義』はガチで凄かった

 スゴ本とは「凄い本」の略だ。読前読後で世界が改変されてしまう本だ。

 もっと言うと、世界が変化するのではなく、世界を視る「わたし」が更新される。『すごい物理学講義』は、まさにそういう一冊。わたしが知っていた世界について、その理解を深めるとともに、知識や概念として知っていた枠組みを、一変させてしまった。

 本書の前半は、「世界のありよう」について歴史を振り返りつつ、アインシュタインの一般相対性理論と量子力学の統合について、徐々に焦点を当てていく。ここでの面白い指摘は、「目に見えている世界」ありのままに見ることを阻むものは、われわれ側の予断であること。著者は、世界の理(ことわり)を善悪の観点から理解しようとしたプラトンやアリストテレスを挙げながら、目的論的な見方を批判する。

 そして、ニュートン的世界観がどのように乗り越えられ、ファラデー、マクスウェルを経て、アインシュタインと量子力学で、時間と空間、場と粒子がどのように統合されていったかを解説する。それぞれの議論において、「世界がどうなっているか」と「世界がどうあってほしいか」の間で揺れ動いていたことが分かり、興味深い。

 本書の目玉は、「ループ量子重力理論」である。一般相対性理論と量子力学を統一させる理論として、超ひも理論が有名だ。「ループ量子重力理論」は、超ひも理論に匹敵するほど有力な理論とされているにもかかわらず、日本語で読める概説書はあまりないらしい。超ひも理論は、わたしにとって恐ろしく難解で、「たとえ話」のレベルに留まっていた。だが、空間を「空間の量子」から形成される重力場だとするループ量子重力理論は、本書のおかげもあり、すんなり親しむことができた。決して「分かった」とは言えないが、たとえ話で分かったフリをさせないようにしているのが良い。

 めちゃくちゃ刺激的だったのが、物理学と無限について。

 物理学の仮説は数式や実験で裏付けを得ようとする。そして数式や実験結果の完全性は、数学によって保証される(等式の性質)。しかし、数学は(数学のパラダイムにて)無限を扱うが、物理学で無限を仕える範囲は限られている(物質を無限に分割することはできない)。

 さらに、数学で完全に無視されている「時間」を解決しなければならないという問題が出てくる(等式の”=”の間には「時間」が存在している)。こうした、密かに抱いていた問題意識が、量子論でぼこぼこ俎上に上るのを見てワクワクする。第6章「空間の量子」、第7章「時間は存在しない」なんて知的興奮MAXとなった。相対論における、その象徴的な一文がここだ。

わたしたちは直観的に「現在」とは、宇宙で「今まさしく」起こっている全事象の総体を指すと理解している。しかしそれは、わたしたちの限られた視野がもたらす誤った認識である。時間の小さな感覚を知覚できないために、そのように思い込まされているにすぎない。

 つまり、宇宙のどこを探しても、「今」という瞬間に起きた出来事は見つけられないというのだ。なぜなら、わたしたちの「今」は「ここ」にしか存在しないから。「今、ここ」という言い方には意味がある一方で、「今」という言葉を使って、全宇宙で「今まさしく起こっている」出来事について語ろうとしても意味はない。なぜなら、それぞれの場所に「今」があるのだから。

 それはいわば、わたしたちの銀河の位置を知ろうとして、アンドロメダ銀河よりも「上にあるのか、下にあるのか」と問うようなもの。この質問には意味がない。なぜなら、「上に」とか「下に」といった言葉が意味を持つのは、二つの事物が地上に存在している場合に限られるからだ。宇宙のあらゆる事物にとって「上」「下」が存在するわけではない。同様に、宇宙で起こるあらゆる事象にとって、「先」「後」がつねに存在するわけでもないのだという。

 たとえ技術や理論の助けを借りたとしても、人は人のサイズでしか、物を考えることができない。この「サイズ」という言葉は、スケールという意味やスピードという意味も込めて使っている。すなわち、人の理解の範囲に翻訳できる規模や記法や速度や物量でしか、人は物を考えることができない。地上を基準とした「上」や「下」といった概念を離れ、時間を基準とした「先」「後」に囚われずに考えられるとしても、それらを認識する「人」から自由になることはない。

 物理学に限界があるとするならば、それを用いて世界を理解する主体が「人」であるところにあることが、ここでも裏付けられる。いわゆる、[科学の人間化]が、その境界やね。

 本書は、マルセル・プルーストの箴言が、そのままあてはまる。これだ「発見の本質とは、新しいものを見つけることではなく、新しい目で見ることだ」。わたしの目に映る世界は変わらないけれど、「目に見えている世界だけが世界ではない」という本書の原題が腹に落ちたとき、すべての事物は(わたしも含め)震え、揺らいでいることに気付く。

 世界を改変する最も良い方法は、世界を知ること、それも深く遠く知ることであることが分かる。

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