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『タンパク質の一生』はスゴ本

 物質がいかに生物になるか、その精妙なプロセスを垣間見ることができるスゴ本。

 ヒトの体には、60兆個の細胞があり、それぞれ80億個のタンパク質を持っているという。本書は、細胞というミクロコスモスで繰り広げられるタンパク質の、誕生から死までを追いかけると共に、品質管理や輸送のメカニズム、プリオン病やアルツハイマー病といった構造異変による病態を紹介する。今までバラバラだった知識がつながるとともに、既知で未知を理解することができて嬉しくなる。

 いちばん大きな収穫は、DNAの遺伝情報から複雑なタンパク質ができあがる仕組みを知ることができたことだ。タンパク質を構成する要素は、アミノ酸だ。アミノ酸は、アミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を持った化合物で、わずか20種類でタンパク質を構成している。

 では、どうやってアミノ酸を並べることで複雑な機能を持つタンパク質ができあがるか? 本書を読むまで、DNAに書いてある通りにアミノ酸を並べれば、タンパク質が勝手にできあがるものだと思っていた。これは半分しか合っていない。

 もちろん、DNAの遺伝情報が指定するのは、アミノ酸を一列に並べる、まさにその順序だけである。DNAの情報をmRNAとして読み出し、tRNAとリボソームによって一個一個のアミノ酸との対応付けをして並べる。DNAがヒモだから、そこから転写されるアミノ酸もヒモであり、アミノ酸が並べられたものも、ヒモ状になる(ポリペプチドという)。

 だが、並べればそれで終わりではない。コラーゲンのような細胞構造を担ったり、酵素のように代謝に直接関係するためには、ヒモ状では不十分で、それぞれの機能を果たすため、立体的な構造をとる必要がある。ヒモができれば、あとは勝手に折れ曲がったり編みこまれたりするわけではない。

 そこで、分子シャペロンというタンパク質が登場する。シャペロンはフランス語で介添え役のことで、いわば「分子の介添え役」という意味だという。本書では、分子シャペロンを電気餅つき器にたとえ、ポリペプチドから三次元構造を作るメカニズムを説明する。ヒモ状のポリペプチドを取り込んで、蓋をして中で折りたたんだ後、必要としている場所で蓋を開けて取り出す。アミノ酸を並べたモノを生命の要素に変える、その精妙なメカニズムにうなるほかない。

 他にも、できあがったタンパク質を輸送する方式について、葉書や小包に喩えて解説したり、タンパク質の品質管理システムを工業製品に喩えて説明する。また、現在の細胞生理学ではどうしても説明のつけられないプリオン病は、「いま解っていること」「解っていることから説明できないこと」の境目に迫っている。

 著者は、人間社会のアナロジーを細胞世界に持ち込むことに慎重になりつつも、理解の助けになるときには大胆にあてはめてくれる。おかげで、「ここは研究で解明されている」点と、「ここはその喩え」に分けて知ることができた。

 「どのようにそうなっているか」は、「なぜそうなっているのか」を考える便であり、未知を既知で知る驚きと喜びが潜んでいる。

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痛みの科学『痛覚のふしぎ』

 ディズニー映画『ベイマックス』の好きなセリフに、「今の痛みを1から10段階で言うと、どれくらいですか」がある。

 主人公ヒロの「痛い!」という言葉に反応し、スキャンして体温や脈拍など定量的な数値から健康状態を把握するのに、「痛み」だけは自己申告してもらうしかないところが面白い。ベイマックスがロボットだからではなく、痛みは主観的なものだから。

 だが、分子生物学の進歩に伴い、痛覚に関連する機能分子や遺伝子の構造が明らかになってきている。また、fMRIを始めとする脳のイメージング技術の進展により、脳の活動部位や神経回路網を可視化することで、脳における認知の理解が急速に進みつつある。

 その結果、「外部の刺激がなぜ痛みを引き起こすのか」「刺激がどのように脳に伝えられて"痛み"として認識されるのか」といった痛覚のメカニズムが分子レベルで電気生理学的に説明できるようになっている。興味深いことに、「痛み」が熱さ・冷たさ、味覚と密接に結びついているが、これは哺乳類の進化の過程での最近の出来事らしい。

 さらに、単純な「刺激→認知」の直線的な構造ではなく、情動的・感情的要因に「痛み」が影響を受けていることも明らかになっている。外部刺激がない慢性痛が、「痛み」として脳で処理される仕組みを見ると、著者の「痛みとは記憶である」主張に頷きたくなる。ヒロが負った心の傷の「痛み」は、思い出から来るものだから。

 最も興味深く感じたのは、トウガラシの"辛さ"を感じるカプサイシン受容体を解析して明らかになった、痛みとは熱であり味であるという研究だ。カプサイシン受容体は「熱」の侵害受容器でもあり、カプサイシンそのものだけでなく、熱の侵害刺激でもTRPイオンチャンネルが開き、電気信号が脳に伝えられ、「熱い」と感じる。TRPイオンチャンネルは、その構造から複数の刺激に対応しているという。

 受容体  活性化する温度   刺激例
――――――――――――――――――――――――
 TRPA1    15℃      大根、生姜、ワサビ
 TRPM8    12℃      ハッカ
 TRPV3    30℃      樟脳
 TRPV1    43℃      トウガラシ
 TRPV2    52℃      炎

 つまり、熱くて「痛い」と感じる刺激も、冷たくて「痛い」と感じる刺激も、共通の基本構造は同じであり、その刺激は脳の共通の入り口である"視床"を通って大脳で知覚・記憶される。痛みとは熱であり味に結びついた経験なのである。

 痛いとき、痛みに注意が行くと強まり、気がそれると弱まることはないだろうか。虫歯の治療中に、歯科助手から柔らかいものを当ててもらい、痛みが和らいだことがあった(後に、それはクッションだと知った)。あるいは、憂鬱なときに、より「痛み」を強く感じることはないだろうか。この主観的な痛みは、中脳における水道周囲灰白質(PAG)という細胞集団の働きだという。

 PAGは、侵害情報を脳に伝える門番の役割を担っており、主観的な痛みをもたらす痛みの司令塔ともいえる存在らしい。そして、PAGを中心として視床に分布している受容体こそが、モルヒネの受容体になる。つまり、モルヒネは主観的な痛みそのものに効くからこそ、強力な鎮痛作用があるといえる。

 そして、痛みとストレスは密接な関係があるという。大事な面接や分娩時といったストレスがかかるとき、体内でβエンドルフィンと副腎皮質刺激ホルモンが産出される。前者はモルヒネ受容体と結びつき、鎮痛作用があり、後者はストレスを和らげる作用がある。この産出が不十分だと、ストレス耐性が低下するのみならず、痛みへの感受性が上がることが予想される。

 つまり、外的な刺激を「痛み」として認知するには、記憶や気分にされる。この性質を利用して、痛みの記憶を「上書き」することで和らげたり、手術ができない膵臓がんの患者に対し除痛することで延命するといった研究が紹介されている。

 痛みの科学の最新成果を眺めているうちに、主観的な「痛み」のメカニズムも見えてくる。未来のロボットは、「今の刺激は5ですが、あなたの痛みは7ですね」と答えてくれるようになるかもしれない。

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