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いつ高齢者から運転免許を取り上げるか『高齢ドライバーの安全心理学』

 明らかに運転できていないドライバーがいる。一時不停止、信号無視、蛇行運転(ハンドルをちゃんと握れてない? わき見?)。運転席を見ると100%高齢者だ。こうした光景は毎週見かける。なぜ毎週か? わたしがサンデードライバーだからだ。

 いっぽう、 高齢者の交通事故がテレビや新聞をにぎわしている。認知症の高齢者が、歩行者をなぎ倒し、コンビニに突っ込むニュースはよくあるが、認知症に限らず、ほぼテンプレのように「アクセルとブレーキの踏み間違い」「高速道路を逆走」「何が起きたかよく覚えていない」というお決まりのパターンとなっている。

 自動車の運転に必要なスキルとして、「認知」「判断」「操作」が挙げられる。加齢に伴い、こうした能力が低下することは事実だ。認知能力が低下することで判断が遅れ、操作が間に合わなくなる。このとき、車は1トンの凶器と化す。何歳でどの程度の能力低下があるかはバラつきがあり、一概に何歳だから危険ドライバーだと断定するのは難しい。

 この「加齢」を「飲酒」に置き換えても成立する。飲酒により認知能力が低下し、判断が遅れ、操作が間に合わなくなる。どれくらいアルコールを摂取したら運転能力が低下するかはバラつきがあり、一概に酒を飲んだら危険ドライバーだと断定するのは難しい―――わけがない。お酒を飲んだら運転はできないことは、常識以前の問題だ。

 しかし、世の中は少し違うようだ。高齢ドライバーがいつ運転をやめるかは、本人の意思に委ねられている。もちろん、認知テストや高齢者向けの講習会などを通じ、加齢に伴う運転スキルの低下と危険性は伝えられる。だが、最終的には、ドライバー本人が「できる」と思ったならば、できてしまうのが事実である。これは、飲酒運転の危険を承知の上で、ハンドルを握っている人々と同じように見える。

 明らかに運転できていない、一時不停止、信号無視、蛇行運転のドライバーを見ると、「お前ら酒呑んでるのか?」と問いたくなる。飲酒運転は道交法違反だが、酒呑んでるとしか思えない危険運転をする高齢者は、取り締まる必要があるのではと思えてくる。

 こうしたわたしの考え方に対し、一部は認識を改め、一部は強く反発させられたのが、『高齢ドライバーの安全心理学』である。「18歳以上という年齢制限があるように、○歳以下という年齢制限を設けるべし」と考えていたが、その線引きは悩ましいようだ。

 筆者は、警察庁の科学警察研究所で交通安全について研究してきた交通心理学の専門家だ。医学、老年学、交通工学、交通事故分析の知見を援用し、高齢ドライバーの運転と事故の特徴を分析する。その上で、高齢ドライバーの運転の危険性がどこにあり、それを考慮した安全運転支援には、どのようなものがあるかを紹介する。「俺が運転したときに高齢ドライバーが危なかったから、免許を取り上げろ」という乱暴な議論ではなく、きちんとエビデンスと統計情報をベースに分析している。

 著者は言う、高齢ドライバーの「事故が多い」とはどういうことか? 「事故が多い」とは、実は2つの意味がある。一つは、「事故件数が多い」であり、もう一つは、「事故の危険性が高い」という意味である。

 前者の「事故件数は多い」は、高齢者の半数がドライバーであるという事実に裏付けられる。高度成長期・モータリゼーションの洗礼を浴びた世代で、免許保有率が高い特徴がある。実際、この30年間で高齢者人口は2.7倍になったが、高齢ドライバーの数は、10.5倍と桁違いの伸びを示している。高齢者の事故件数が多いのは、日本の高齢化に伴った現象であり、「高齢ドライバーが危険」に直接的には結びつかないという。

 また、後者の「事故の危険性が高い」については、一概にそうと言えないと論ずる。運転者の年齢層別に事故の発生率を見た場合、若者世代(16~20歳)がダントツに高いことを示し、60代では中年世代と変わらないことを示す。70代以上になるとぐんと上がるのだが、それでも若者世代の方が高いという。

 しかし、マスコミは、認知症の高齢者が起こす事故を取り上げ、「高齢ドライバーは危険」というメッセージを伝えようとしているという。さらに、高齢ドライバー危険論は、暗黙的に抱くエイジズム(高齢者差別)の表れではないかと指摘する。

 この指摘は、わたしにとって当たっている。「危険な運転者=高齢者」という個人的な体験と、ニュースでくり返し報道される「認知症の高齢者の事故」が結び合わされ、高齢者差別が頭をもたげているのかもしれぬ。だが、加齢に伴う運転スキルの低下は事実だ。著者自身、「75歳以上の高齢ドライバーは、人身事故・特に死亡事故を起こす危険性が高く、危険なドライバーと呼んでよい」と断定する。こうした運転スキルの低下を高齢ドライバーに気付かせ、それ補う支援は進んでいるのか?

 それに対し、著者は、全高齢ドライバーを対象とした日本独自の講習制度を紹介する。75歳以上のドライバー「全員」を対象とし認知機能検査や、指導員が同乗する実車による指導などで、自身の運転スキルを客観的に見てもらうようにしているという。

 しかし、本書によると、高齢ドライバーに運転スキルを客観視してもらうのは、難しいようだ。各世代ごとに自身の運転適正を自己評価してもらったところ、高齢になればなるほど優れていると判断する人が多くなったのが実情だ。指導員が同乗する指導であっても、信号や標識の見落としを認めたがらなかったという結果が残っている。仮に、強引に線引きをするならば、運転免許を規制すべき年齢は75歳になるだろう。

 客観的に運転能力は低下してきているのに、過大な自己評価をする高齢者。その自信(過信)はどこからくるのか? 著者は、加齢のパラドックス・幸福(ウェルビーイング)の逆説を紹介する。これは、高齢者特有の心理状態で、自分を客観的に見ることができなくなる。確かに「できていたこと」が「できなくなる」を認めることは、難しいことに違いない。だが、それが自身のみならず周囲を巻き込む危険を孕んでいるならば、なんとしてでも気づいてもらう必要がある。

 高齢者の全員が過信しているわけではないらしい。自身の運転スキルを鑑み、その低下を補うような運転をする傾向あるという(補償運転という)。老化と病気に悩まされ、自分の運転スキルの低下に自覚的になると、夜間や雨の日の運転をひかえたり、スピードを出さない無理をしない運転をすることによって、安全運転を確保しようとする。この補償運転により、高齢ドライバーにとって事故を起こさない歯止めとなっているという。

 補償運転がどの程度の歯止めになっているかは、本書には示されていない。だが、運転スキルの低下をどれくらい客観視できているかの最終判断を、当の高齢者に頼っている現状は問題ありだろう。「まだ酔っていないから大丈夫、先週も事故らなかったし」とハンドルを握る飲酒ドライバーと重なる。

これは、恒常的な飲酒ドライバーが、飲酒運転を止めるときと同じだ。致命的な事故を起こすまで―――どうか、そうなりませんように。

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