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ユニークな分析哲学入門『今夜ヴァンパイアになる前に』

 「ヴァンパイアになれるチャンスがある」思考実験から始まる分析哲学。

 もちろん「ヴァンパイアになる」はメタファーだ。結婚する、子をもつなど、見通しが不透明で、人生を劇的に変えてしまうような判断を指す。この決断を迫られたとき、どうすれば合理的な意思決定が導けるかを、徹底的に考え抜く。深くて濃くて、ユニークな一冊。

 象徴的とはいえ、「ヴァンパイアになる」は言いえて妙だ。あなたの友人の何人かは既にヴァンパイアになっていて、その生活形態や価値観について、色々と教えてくれる。人ではとても理解できない仕方で、この世界を理解することができるという。ただ、ヴァンパイアとしての理解を、人に説明することは、とてもできない。この充足感と万能感は、文字通り人知を越えており、それがどんなものであるかを知るには、ヴァンパイアになるしかない。

 問題はここからだ。この状況で、あなたは一体、どうやって十分な情報に基づいた選択を行えるのか、ということだ。ヴァンパイアになるまでは、ヴァンパイアであることがどういうことかは分からない。そのため、「ヴァンパイアである」ことから生じる実際の経験と、今の「人である」ことから生じる実際の経験を、比較することができないのだ。

 さらに、ヴァンパイアの友人の証言だけに頼って、未来を選ぶことも怪しい。なぜなら、もはや彼らは人間をやめた以上、彼らの選考はヴァンパイアとしての選考であって、人としての選考ではないからだ。

 「ヴァンパイアになる」に限らず、「結婚をする」「子どもをもつ」「大きな手術を受ける」「軍隊に入る」など、人生において、重大な決断を迫られることがある。その選択をすることで、あらたな経験をすることになる。その経験は、人生を(人性を)決定的に変えてしまう。

 しかし、そうした、変容的な経験をする/しないの決断をしなければならないのに、実際に経験をしないことには、「その経験をする」ことが何なのかが、分からないのだ。著者は、フランク・ジャクソンの思考実験「メアリーと白黒の部屋」を例示しながら、経験と意思決定を深堀りする。

 認識論について考えるなら、「メアリーと白黒の部屋」はたいへん興味深い。つまりこうだ、生まれたときから白黒の部屋で過ごしてきたメアリーがいる。彼女は、色というものを目にしたことがないものの、視覚の神経生理学について世界一の専門知識を持っている。光の特性、眼球の構造、視神経のつながりや、どんな場合に人は「赤い」「青い」というのかを、知っている。さて、メアリーが部屋を出て、初めて色を目にするとき、メアリーは何か新しいものを学ぶだろうか? という思考実験だ。

 これは、クオリアや唯物論、哲学的ゾンビの話につながっていくが、本書ではさらに捻っていて面白い。著者は、あくまで個人的な経験という立場から分析しようとする。メアリーが、自分の主観的な色の経験をするときのありようを想像の中で示すためには、それに先立って、関連する経験をしていなくてはならないというのだ。

 すなわち、「色を見る」ことを実際に経験しな限り、「色を見る」ことの知識をどんなに積み上げても、「色を見る」ことがどういう経験なのか、学ぶことはできない。他のどんなものにも還元されない、そんな経験があるというのだ。

 「メアリーの部屋」はシンプルな思考実験だが、「ヴァンパイアになる」も「結婚する」も同じだ。それに関する知識をどんなに積み上げても、実際に経験しないことには、「経験した」ときの主観的なありようを示すことができない。認識や経験が個人に属する以上、そして世界線を辿れない以上、避けることができない問題なのだ。

 古典的なら、標準的な意思決定論のモデルがある。選択により得られる価値と、実現する確率から導かれる期待値の大小によって、決断する方法だ。しかし、可能性のメリット/デメリットは経験により変容する「前」の評価軸であり、変容「後」とは別物である。主観的な価値が前例のない仕方で変わってしまうから、選べない。価値が不確実なのではなく、選択以前の自分では価値を割り当てられないからだ。

 あるいは、個人的な価値から離れ、三人称的な視座から判断する、という方法もある。つまり、科学や宗教や他の誰かの規範に沿った選択をするのだ。規範的で合理的な選択だけに固執するのは魅力がないという。なぜならそれは、自分の価値から自身を断ち切ることになり、他人の人生を生きることになるから。選択を通じて自分が何者になりたいかを実感することこそが、意味ある人生を生きることだから。「意思決定」と言うなら、誰の「意思」なのかという話やね

 合理的な判断も、客観的な決断もできない。ではどうするか?

 本書では、メタ的に視点を上げたモデルを提案する。著者は、全く新しい経験をして、認識を変容することを「啓示」と呼び、啓示込みで、それを選ぶかという議論にする。ヴァンパイアになること、結婚をすること、子をもつこと、それが主観的にはどういう経験なのかは分からない。だが、その経験により変化する自分を込みで、選びたいかと考えるのだ。どうあがいても合理的な意思決定ができない以上、啓示を受けて変わった自分も含めた合理的な判断をすべし、というモデルになる。

 わたしの知る限り、ほとんどの場合、「ヴァンパイアになる」かどうかは、本人の意思如何にかかわらず不可抗力のものである。唯二の例外として、『ダレン・シャン』の第一巻と、『ジョジョの奇妙な冒険』の第一巻だな……と思っていたら、まさに訳者あとがきで「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーーーーーッッッ!!」が紹介されてて笑った。

 悔いなく生きたいという願いを、どう実践するか。分析実存哲学からの応答は、これだ。

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