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痛みの科学『痛覚のふしぎ』

 ディズニー映画『ベイマックス』の好きなセリフに、「今の痛みを1から10段階で言うと、どれくらいですか」がある。

 主人公ヒロの「痛い!」という言葉に反応し、スキャンして体温や脈拍など定量的な数値から健康状態を把握するのに、「痛み」だけは自己申告してもらうしかないところが面白い。ベイマックスがロボットだからではなく、痛みは主観的なものだから。

 だが、分子生物学の進歩に伴い、痛覚に関連する機能分子や遺伝子の構造が明らかになってきている。また、fMRIを始めとする脳のイメージング技術の進展により、脳の活動部位や神経回路網を可視化することで、脳における認知の理解が急速に進みつつある。

 その結果、「外部の刺激がなぜ痛みを引き起こすのか」「刺激がどのように脳に伝えられて"痛み"として認識されるのか」といった痛覚のメカニズムが分子レベルで電気生理学的に説明できるようになっている。興味深いことに、「痛み」が熱さ・冷たさ、味覚と密接に結びついているが、これは哺乳類の進化の過程での最近の出来事らしい。

 さらに、単純な「刺激→認知」の直線的な構造ではなく、情動的・感情的要因に「痛み」が影響を受けていることも明らかになっている。外部刺激がない慢性痛が、「痛み」として脳で処理される仕組みを見ると、著者の「痛みとは記憶である」主張に頷きたくなる。ヒロが負った心の傷の「痛み」は、思い出から来るものだから。

 最も興味深く感じたのは、トウガラシの"辛さ"を感じるカプサイシン受容体を解析して明らかになった、痛みとは熱であり味であるという研究だ。カプサイシン受容体は「熱」の侵害受容器でもあり、カプサイシンそのものだけでなく、熱の侵害刺激でもTRPイオンチャンネルが開き、電気信号が脳に伝えられ、「熱い」と感じる。TRPイオンチャンネルは、その構造から複数の刺激に対応しているという。

 受容体  活性化する温度   刺激例
――――――――――――――――――――――――
 TRPA1    15℃      大根、生姜、ワサビ
 TRPM8    12℃      ハッカ
 TRPV3    30℃      樟脳
 TRPV1    43℃      トウガラシ
 TRPV2    52℃      炎

 つまり、熱くて「痛い」と感じる刺激も、冷たくて「痛い」と感じる刺激も、共通の基本構造は同じであり、その刺激は脳の共通の入り口である"視床"を通って大脳で知覚・記憶される。痛みとは熱であり味に結びついた経験なのである。

 痛いとき、痛みに注意が行くと強まり、気がそれると弱まることはないだろうか。虫歯の治療中に、歯科助手から柔らかいものを当ててもらい、痛みが和らいだことがあった(後に、それはクッションだと知った)。あるいは、憂鬱なときに、より「痛み」を強く感じることはないだろうか。この主観的な痛みは、中脳における水道周囲灰白質(PAG)という細胞集団の働きだという。

 PAGは、侵害情報を脳に伝える門番の役割を担っており、主観的な痛みをもたらす痛みの司令塔ともいえる存在らしい。そして、PAGを中心として視床に分布している受容体こそが、モルヒネの受容体になる。つまり、モルヒネは主観的な痛みそのものに効くからこそ、強力な鎮痛作用があるといえる。

 そして、痛みとストレスは密接な関係があるという。大事な面接や分娩時といったストレスがかかるとき、体内でβエンドルフィンと副腎皮質刺激ホルモンが産出される。前者はモルヒネ受容体と結びつき、鎮痛作用があり、後者はストレスを和らげる作用がある。この産出が不十分だと、ストレス耐性が低下するのみならず、痛みへの感受性が上がることが予想される。

 つまり、外的な刺激を「痛み」として認知するには、記憶や気分にされる。この性質を利用して、痛みの記憶を「上書き」することで和らげたり、手術ができない膵臓がんの患者に対し除痛することで延命するといった研究が紹介されている。

 痛みの科学の最新成果を眺めているうちに、主観的な「痛み」のメカニズムも見えてくる。未来のロボットは、「今の刺激は5ですが、あなたの痛みは7ですね」と答えてくれるようになるかもしれない。

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