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読書猿『アイデア大全』はスゴ本

 アイデアとは、新しい世界の見方である

 既知から離れて/組み替えて/類推して/拡張して、異なる認識のやり直しをする、それがアイデアを生み出すということだ。だから、アイデアを創出する新しいツールを手に入れるということは、いわば新しい目を手に入れることだ。

 『アイデア大全』には、創造力とブレイクスルーを生み出す42のツールが紹介されている。本書を読むことで、いわば42の新しい目を手に入れることになる。本書が類書と違うのは、「アイデアの求められ方」によってツールを使い分けている点にある。

 すなわち、「0を1にする」プロセスと、「1をnにする」プロセスを分けている。更地の、何もないところから生み出す方法と、所与のコアから展開していくやり方と、明確に分けて構成されている。おかげで、抱えている問題について、どれくらい把握しているかによって、アプローチを切り替えることができる。アイデアツールは沢山あるが、闇雲に試行錯誤するより、ずっといい。

 さらに面白いのは、アイデアを生むノウハウだけでなく、その基底にある心理プロセスや思想的な背景にまで踏み込んでいるところ。認知科学からの裏づけや歴史的経緯を説明することで、「新しい目」の(科学的・歴史的)位置づけと方向性が見えてくる。

 つまり、いま抱えている問題について、「どうすべきか」という答えだけでなく、答えを導くアプローチを通じて、どう位置づけられ、「どうあるべきか」までを省みさせる目論見を垣間見ることができる。役立つだけでなく、ものすごく志の高いガイドブックなのだ

 いちばん嬉しかったのは、自分がやってきたことに「名前」があることを教えてもらったこと。

 たとえば、インキュベーションの仕込みとして「獺祭」という手法が紹介される。かわうそが捕まえた魚を自分の周囲に並べるのを、ちょうど神に供えているように見えるとして「獺祭魚」と呼び、転じて詩文を作るときに書を広げ散らかしながら想を練ることを「獺祭」というそうな。

 わたし自身、畳の上に座り込み、自分を中心にぐるりと資料を並べ、あれこれ入れ替えてるうちに想を得ることが多くある。散らかした資料の上を、物理的に転げ回ることで、アイデアがつながる。ディスプレイ上ではなく、手と目を動かしてまみれるこの手法は、ちゃんと謂れがあったのだと思うと嬉しい。純米大吟醸だけじゃなかったんだね。

 あるいは、人生の師匠/メンターを決めておき、行き詰まったときに召喚する「ルビッチならどうする?」がある。映画監督ルビー・ワイルダーにとっての師匠エルンスト・ルビッチから命名された手法である。凄いのは、そこから孟子にとっての師匠「孔子ならどうする?」につなげ、「私淑」の具体的な方法論に展開しているところ。

 いま、ワイルダーと孟子を串刺しで発想できる人は、まずいない。この発想は、本書の第9章「アナロジーで考える」にまとめられているが、それだけ読書猿さんは自家薬籠にしているんだね。

 わたしの場合だと、河井継之助になる。この幕末の越後長岡の風雲児は、司馬遼太郎『峠』で知った。以後、憑かれたように陽明学を漁り、思想を行動で貫く原理を目指したことがある。何を知り何を成すか詰まったとき、「良知」を信じて実行せよと何度も背中を押してもらった。

 「私淑」は仕込みに時間がかかるが、守護霊のように頼りになる。ヒカルの碁にとっての佐為のように、オデュッセウスにとってのアテナのように、強力な守護者となる。本書を利用して、もっと意識的に「私淑」を拡張してみよう。

 まったく知らなかった「新しい目」も沢山得られた。なかでもすぐに役に立ったのが、「コンセプト・ファン」だ。真ん中に問題を書いて、解決策を並べていく手法は何度も使ってきたが、すぐに思いつかなくなるのが悩みの種。

 「コンセプト・ファン」はそこを改良し、最初の問題の左側に「その問題が生じたのはなぜか?」の答えとなる原因や背景を書けというのだ(ステップバック)。そして、ステップバックした問題の右側に、それに応じた解決策を並べていく。これをくり返し、より根源的な視点から解決策を洗い出せるのが利点だ。おかげでレポートテーマの案出しが普段より数多く出せた。

 わたし自身もよく使っている強力なツールも数多く紹介されている。知の充填「抜書き」や、言換えによる模索「シソーラス・パラフレーズ」、問題のドラスティックな構造化「対立解消図」などは、一生モノの技法なり。わたしの場合、「抜書き」については、[本ばかり読んでるとバカになる]、「対立解消図」は、[わたしの7つの「ふりかえり」]の「わたしたち vs 問題」にまとめた。

 特に「わたしたち vs 問題」は仕事だけではなく、夫婦の諍いにも有用である。

 妻が何らかの不満をぶちまけるとき、その「問題」に直接取り組んではいけない。問題を分解し、原因を特定し、「あるべき姿」を提案し、そのギャップを洗い出し……などとお馴染みの手法を駆使しても、効果はないどころか逆効果になる。むしろ、原因特定の際、妻自身のふりかえりが求められ、感情的な展開になるおそれがある。

 このとき、最も避けるべきは「妻vs夫(問題)」の構造である(夫から見ると「夫vs妻(問題)」になるのがミソ)。つまり、「問題」は相手にありとして、互いにそれを証明しあうことになるからだ。しかも理詰めで追い詰めるような馬鹿な真似をする奴は、殺されても仕方なかろう。

 このとき、対立しあう問題の前提に着目し、「それは何のためか?」と問いかけ、両者がともに実現したいものを模索する(抽象度を上げると上手くいく)。ジレンマが成り立っている状況を俯瞰し、より大きな「問題」として示す。

 すると、「妻vs夫」という構造が、「わたしたちvs問題」の形になる(ホワイトボードやノートを使って空中戦にしないことが重要である)。この手法で、「休日はゆっくりしたい」vs「休日は充実させたい」という意見対立を、「休日の朝食だけ別々にする」で解決したことがある。

 このように、普段からわたしが頼りにしているやり方だけでなく、名前すら知らず使ってきた手法、新たに学ぶことができた方法など、物凄い数になる。最初に「42のツール」と言ったが、あれは嘘だ。巻末の索引で数えたら、163個あった。これを42章にまとめているので、本書から得られる世界の見方/新しい目は163あるといっていい。

 『アイデア大全』は、単なるアドホック的なアイデア・フレームワークのまとめに留まらず、計画的に問題解決をクリアしていくことによって、あるべき世界を目指すための、教養そのものだといえる。だから読んで終わりではなく、人生で使ってほしい。学業のため、仕事のため、夫婦和合のため、何よりもよく生きるために。読書猿さん、素晴らしい本を出していただき、ありがとうございます。

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