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『人喰いの大鷲トリコ』と人工知能について

 ゆっくり時間をかけて『人喰いの大鷲トリコ』をクリアした。これ、控えめにいってゲーム史に残る大傑作で、PS4あるなら是非ともプレイしてほしい。人を喰らうという巨獣「トリコ」と、少年が紡ぐ、新たな神話を目にしてほしい。

 廃墟となった古代遺跡の中を、少年と大鷲が謎を解きながら探索するのだが、プレイヤーが操作できるのは少年だけ。身体の小ささで狭い穴をくぐったり細い柱を渡ることはできるが、いかんせん非力だ。「敵」が現れても倒すこともできず、捕まったら連れて行かれる(『ICO』の白い少女を思い出す)。

 いっぽう大鷲は、強く、巨大で、賢い。一撃で「敵」を薙ぎ払い、軽々と絶壁を飛び越え、少年の言うことに耳を傾ける。犬のような顔つきに、羽毛で覆われた身体、そして猛禽類の翼と肢を持ち、猫のようにしなやかだ。少年は、大鷲にしがみつきよじ登ることで、単独で行けない場所に行けたり、ギミックを動かせるようになる(『ワンダと巨像』を思い出す)。

 そして、大鷲との絆が深まるにつれ、少年はして欲しいことを伝えられるようになるのだが、これがなかなか難しい。行きたい方向やアクションを「伝える」まではできるが、トリコがその通りに解釈してくれるとは限らない。「跳ぶんじゃない!」「そっちじゃない」と何度叫んだことか。これ、意図的に不自由に作っているのだろう。少年が斜めにしか走れないことや、トリコに指示してからのレスポンスが一呼吸要するとか。意思疎通に慣れるまでの「もどかしさ」が肝となっている。

 だが、あるとき気付いた。トリコに指示を出すとき、少年(=私)から見える状況ではなく、「トリコがどう捉えているか」を基準に考えるようになった。例えば、高い所にある狭い隙間の場合、トリコの巨体では抜けられない。この場合、トリコに「進め」と指示しても分からないだろう。だが、ある操作をして隙間を広げることで「進め」を理解してもらえる。

 実際、隙間が広がるギミックが発動する際、トリコは反応し、あたりをうかがい、状況が変わったことを認識する。目の輝きと大きさ、耳や口が示す表情、緊張している様子が羽毛の逆立ちやその下に隠れている筋肉の動きで分かる。もちろんプログラムされた動きであることは百も承知なのだが、環境の変化に伴い次々と判断を下し行動を変えていく様子は、その異様な姿にもかかわらず、いかにも生き物くさく見える。

 『人工知能の作り方』(三宅陽一郎)によると、これは「知覚空間」と「作用空間」が重なり合う世界だという。動物は、世界からの情報を単純に知覚しているだけでなく、世界に対して行動(作用)するために無数の取捨選択をしているというのだ。すなわち、カメラのレンズのように入ってくる光線をすべて受容しているのではなく、「食べる」「逃げる」などの意思決定をするための情報の要求を行っているのである。そして、ユクスキュル『生物から見た世界』における環世界の概念を引きながら、「知覚空間」と「作用空間」が重なり合う世界を「視る」ことの本質を指し示す。

 トリコは、周囲を見回したり、匂いを嗅いだり、爪で触ったりすることで、「食べられる」「回せる」「乗れる」「入れる」など、様々な意味を見出す(ときにそれはヒントとなる)。この、環境から「意味」を見出そうとする行動は、いかにも知能を持っているかのように見える。

 この、環境が動物に対して与える意味のことを、アフォーダンス(affordance)と呼ぶ。『人工知能の作り方』によると、アフォーダンスは、オブジェクト(樽やギミック)に行動のリストとして埋め込まれたり、ゲームステージそのものに行動の可能性として表現されているという。そして、アフォーダンスは自分との関係性において成り立ち、身体性と不可分な存在になる。

 大鷲の場合は、その巨大な身体と長い尻尾がカギとなる。高い場所や遠いところ、脆くて崩れやすい箇所、強い力を要するものなど、「少年+大鷲」で世界を視なおすようになる。そして尻尾! あの尻尾が超重要だ。幾度となく助けられるだけでなく、詰まったとき、尻尾込みで考え直すことで活路を開くこともあった。このゲームは、最初は少年で始め、大鷲と心を通わすうちに一体感を醸成し、古代遺跡から得られるアフォーダンスと応答するゲームなんだね。

 大鷲とは何なのか? なぜ少年は遺跡にいるのか? どこに向かっているのか、大樽や鎧兵とは何か? そもそもこの遺跡は何なのか? さまざまな謎が明かされるとき、思わず声を上げ、体じゅうをかきむしり、涙が止まらなくなった。と同時に、少年とトリコは私自身となり、心の中で分かちがたく結びつくこととなった。

 大事なことなので、もう一度。『人喰いの大鷲トリコ』は、控えめにいってゲーム史に残る大傑作で、是非プレイしてほしい。人を喰らうという巨獣と少年が紡ぐ、新たな神話を目にしてほしい。そしてプレイしたら、『人工知能の作り方』を読んで欲しい。いかに緻密で巧妙に「人工知能としてのトリコ」が作られているかを知って、驚いて欲しい。

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コメント

少年は敵を倒せますよ。

投稿: | 2017.01.04 23:24

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