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ニック・レーン『生命、エネルギー、進化』は難しかった


 本書は、「生きているとはどういうことか?」をエネルギーの観点から解き明かした、大変興味深い生命科学の本なのだが、わたしにはかなり難しかった(3回読んだ)。高校~大学レベルの生物学の知識に加え、化学平衡や高分子化合物について理解していることを前提とする。

 著者は、自らの思考実験について丁寧に説明してくれるものの、そのプロセスに一切の手抜きはない。よくある途中を飛ばして、「要するに」とまとめたりしない。その説明がまだるっこしく、想像ではなく知識を要するため、本書の難度を上げている。前著『生命の跳躍』より数段ハードな読書となった。ビル・ゲイツをはじめ、本書を絶賛している人を尊敬する。

 本書のキモは次の通り。

  1. 生命は電動である
  2. 電動の単位はATP(アデノシン三リン酸)で示される
  3. ATPはエネルギーの貯蔵・供給・運搬を仲介する分子である
  4. ATPは膜を挟んだ電位差で生じる(プロトン駆動力と呼ぶ)
  5. 膜を貫きATPを合成する酵素があり、プロトン(H+)が電位差により酵素を通過する際、物理的にATPを作り出す

 いわゆる水力発電所のタービンのようにATP合成酵素が働き、水圧(化学浸透圧)によりタービンが周り、エネルギー(ATP)が生じる。これは、[ピーター・ミッチェル]によって理論・実証づけられ、これにより彼はノーベル化学賞を受賞している。

 すなわち、物理現象としての「生きていること」の本質は、膜電位があり電子やプロトンが流れ、ATPが絶えず生成されていくプロセスであり、生命は、エネルギーを放出する主反応の副反応なのだという。

 この基本原理を元に、レーンは、熱力学および物理的構造から思考実験を組み上げる。ATPを生成するための物理的最小条件として、岩石と、水と、CO2にまで絞り込む。さらに、「生命がどのようにできたのか」という生物学のブラックホールの中心にある謎を、アルカリ熱水噴出孔に見出す。薄い半導体の膜を挟んだ天然のプロトン勾配があり、有機物の生成を促す、天然の細胞だと仮説づける。

 さらに、このエネルギーの制約から進化を方向付ける統一的なストーリーを展開する。すなわち、真核細胞が複雑な構造をもつのはなぜか? なぜ二つの性がありるのか、なぜ生物は死ぬのか? さらには、宇宙のどこであれ、なぜ生命はそうなっているのか? についての理解を助ける仮説である。宇宙において、岩石と、水と、CO2が珍しくないように、生命も珍しくないことが実感できる。

 化学浸透圧説の基本原理から一歩も飛躍せず、物性物理学、熱力学、分子生物学の成果を用い、こうであるべき、こうでないならこんな制約が生じると行きつ戻りつを繰り返しつつ、仮説を組み上げてゆく。後半は前著『ミトコンドリアが進化を決めた』を基に、最新の研究成果でアップデートしてみせる。

 自論のストーリーに夢中になっている様子が、読んでるこっちにも伝染し、思わず知らず本を持つ手に力が入る。特に、地球外における生命体の可能性と、その生物的メカニズムのあるべき姿を語る件は、わたしにもハッキリと確信を持てるようになり、一緒になってテンションが上がる上がる。

 ただ、この本書を貫くキモの原理が難しい。観察した現象を是として「そうなっているから」と鵜呑みにするのは簡単だ(なんなら比喩で分かった気になってもいい)。だが、レーンは「なぜそうなっているのか」から説明しようとしているのだから、そこまで付きあわねばならぬ。


 このキモについて分かりやすいのが、フォーコウスキー『微生物が地球をつくった』になる。微生物の生命活動がどのような仕組みで働いているのかについて、化学浸透圧説を解説する。レーンの「水力発電のタービン」ではなく、「遊園地のメリーゴーラウンド」で例えるのが面白い。メリーゴーラウンドは膜を横断してシャフトに結びつき、プロトンがシャフトを物理的に回す。シャフトの回転によりメリーゴーラウンドの台が機械的に動き、120度回転するごとにATPを生成させるというのだ。

 そして、微生物の営みというミクロの視点から、地球の「生命のエンジン(Life's Engines)」というマクロの視点まで縦横無尽に駆け巡る。地球全体で見るとき、個々の生命がどうなっているかではなく、電子の流通をスムーズにし、その循環を維持するシステムこそが「生命」になる。微生物は、電子を提供したり(=酸化)電子を受け取る(=還元)ため、ガスなどの物質を交換することで、複合系の電子市場を維持管理しているのだ。

 いっぽう、自説を強調するあまり、他説(原始スープやパンスペルミア説、系統学的アプローチ)へ攻撃的になるレーンの態度が気になった。『生命、エネルギー、進化』の素晴らしいところは、生命をエネルギー論で説明し尽くしている点だ。すなわち、物理学・化学の面で議論したり実験による実証が可能だ。しかるべき条件が整ったら、熱力学的にそのような反応が起こるから必然性があると言えるのだ。

 しかし、「しかるべき条件」は仮説の積み上げであり、どれくらいのもっともらしさがあるのか、わたしには分からない。化学浸透圧説の膜を挟んだプロトン勾配と、熱水噴出孔の天然の膜構造との類似性により、その間を科学的に埋めたことは非常に面白いが、だからといって他説が棄却されることはなかろう。わたしは、熱力学や分子生物学の知識がないが、レーンが積み上げる「こうあるべき」のロジックの弱点を指摘することはできる。

 それは、議論の前提は「あるもの」で始めるという点である。レーンは、ある種の微生物の化石が今まで見つかっていないからといって、その種が「無いもの」とみなし、そこから議論を始めている(p.50連続細胞内共生説への論駁)。「無いこと」の証明は不可能で(悪魔の証明)、DNAレベルで微生物の化石が研究されるようになったのは、ここ数十年のことだろう。しかも、人類が手にする化石の大部分は、地球上の3割しか占めていない地表でしか得られていないのだ。

 つまり、「いま見つかっていない」のか「本当に存在しない」のかは分からない。だから、仮説を立てるなら「あるもの」の上にするべきだ。だが、「無いもの」という条件が挟まっているため、そこが弱く見えてしまう。

 だいたい、数十年前まで熱水噴出孔は生物には不向きとされていた。それが、多様な形態の生物社会の領域だと知られるようになったのは、つい数年前のことだ[熱水噴出孔]。同じ理由で、地下生物圏で完結している独立栄養生物群の世界[生命の起源]も外すことは難しいと考える。「無いもの」が「あるもの」に変わる可能性がある限り、「無いもの」を前提にした議論はどうしても弱くなる。

 本書を面白いと感じつつ、手放しで絶賛できないのは、わたしの知識不足による。生化学を学んでから4回目に挑戦したい。

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