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「NEW GAME!」の涼風青葉は何を読んでいるのか?

 「NEW GAME!」いいよね。ゲーム会社で頑張る女の子を描いたコミック&アニメは、痛勤電車と朝残業で消耗したおっさんを癒してくれる。

 主人公は涼風青葉18歳、上司も同僚もかわいい女の子で、画面から男臭を抹消しているサービス精神もいい。本来は「おっさんが作っておっさんが消費する」のだから、男が出てこないファンタジーなのは合点承知だ。しかし、「激務すぎて疲労のあまり、おっさんが互いを美少女としてしか認識できなくなった」説を見かけてしまい、以後そのような目が混じるようになった自分が情けない。そして今回は、それを補強するような記事になってしまって申し訳ない。

 なぜなら、これから彼女たちが何を読んでいるかを紹介するから。青葉の職場はブースによって仕切られており、各人の席には様々な本やオブジェが並んでいる。そういう背景から彼女たちの趣味を想像するのは愉しい。特に好きなのは、仕事上の資料を除いた個人の本に見えるもの。妙に趣味の偏った(?)作品があって、「ボクもこれ好きー」とか脳内会話のネタにもなる。わたしぐらい上級になると、二次元の女の子が好きな本を読むだけで幸せになれる(「長門有希の100冊」を全読しようとした昔が懐かしい)。

 まず涼風青葉。第一話の入社初日、自席に本が無いため、二話以降に見かける本は、基本的に彼女が持ち込んだものと考える。座右にCGの参考書やグラフィックデザインの資料があるが、これはお仕事の本だね。

 青葉から見て右上の書棚に、『ゾウの時間 ネズミの時間』(本川達雄)がある。生物学を「サイズ」の概念からとらえた名著なり。ゾウの寿命は長く、ネズミは短く見えるが、これは人が生み出した「時間」という概念で見ているから。心臓の鼓動で比較すると、ゾウもネズミも同じく、ほぼ20億回になる。つまり、ゾウのようなサイズの大きい動物はゆっくりと鼓動し、ネズミのような小さい動物はせかせかと脈打つ。物理的な時間とは違った生理的時間がそれぞれの動物に流れているという考えは目鱗かも。時間だけでなく、動物の生活圏や活動範囲にもサイズが関連するという指摘は興味深い。一般教養の課題図書にありそうだから、ねねっちに薦められたのかも。

 さらに、『棒がいっぽん』(高野文子)を見つけてちょっと踊った。ただでさえかわいいのに、これで5割増し。ただこれ、オススメする言葉が見つからない。この短編コミック集、「面白い」のは抜群なのだが、その面白さを伝えるのが難しい。カメラワークというかコマのレイアウトというのが独特で、初読は「ゴダール…?」と思った。一話一話、異なる話法を使ってて、話は普通なのに、奇妙な感覚に陥ったり、話がぶっ飛んでているのになぜか懐かしく感じたり。読み返すたびに発見があり、手触りがあり、シュールが加速する、とにかく読んでみて、どんなマンガとも違うから! というしかない作品。

 高野文子つながりだと、ディレクターの遠山りんの本棚に『黄色い本』を見つける。これ好きな人は「だよねーーー!」と握手したい抱きしめたい。これは、『チボー家の人々』という長編小説を読み耽る女子高生を描いたマンガなのだが、「本を読むとはこういうこと」だといいたくなる。ふとしたはずみに登場人物のセリフを耳にするのをはじめ、目の隅や背後にたたずんでいるのを感じたり、最後にはお互いに言葉を交わしたりする。これを妄想と片付けるのは簡単だが、読書とは対話であり、対話を通じて自分を深める行為なのだということが、「視覚的に」分かる。わたし自身、『チボー家の人々』を読んだとき、(彼女ほどにはないにせよ)主人公のジャック・チボーにのめりこんだ経験がある。小説を通じた彼女の追体験を追体験する、珍しい読書になる。

 アニメの背景さんは高野文子ファンなのか、『ドミトリーともきんす』らしき本もあった。これで『るきさん』があったら最高なのだが、未だ発見できていない(ひふみん棚が怪しい)。

 一番叫んだのは、『エンデの遺言』を見つけたとき。青葉の上司、八神コウの書棚にあった。背表紙から察するにNHKブックス版だが、廉価な文庫版が出ている。エンデってあのエンデ? そう、『モモ』や『はてしない物語』をの、あのミヒャエル・エンデだ。元はエンデが遺したテープを元に制作されたドキュメンタリー番組があって、それを書籍化したものになる。『モモ』が「時間に支配された人々」を寓話的に描いているのに対し、『遺言』は、「お金に支配された人々」に真正面から取り組んでいる。読んだのはずいぶん前だが、「腐るお金」「払わされる金利」の概念はユニークだと感じた。後者はマイナス金利の形で目にしているし、本書自身、リーマンショックを予言した書とも呼ばれている。でも八神さん、なぜこれを持っているの? 『鏡のなかの鏡』っぽい本も並んでいるので、エンデのファンなのかも。

 ラインナップを見る限り、八神さん、かなりの濫読家のようだ。右手上段に乱雑に積まれている文庫は、岩波赤(たぶん『やし酒飲み』)、新潮文庫(たぶん『天平の甍』)、ハヤカワ(たぶんエラリー・クイーン)、そして講談社文庫(たぶん『虚無への供物』)、講談社学芸文庫、ちくま文庫(たぶん尾崎翠)と様々。『クレーの日記』はコウさんに似合うかも。さらに図書館のラベルが付いた本が2冊あり、延滞しているんじゃないか……と毎週やきもきしている。

 他にも青葉の棚で確認できたのは、『風の又三郎』、『グールドを聴きながら』(吉野朔実のだよね!? いいね!)、『幸福論』(たぶん新潮文庫のアランの方)、『スープの本』と盛りだくさん。

 これらはおそらく、背景さんの趣味なんだろう。そんなことわかってる。けれども、「これ、青葉ちゃんが読んでた本……」と想像すると、ちょっとドキドキするお得感がある。次回は、女の子だけでなく、その背景にも目を向けてみてはいかが? ひょっとすると、あなたの本棚にある本が見つかるかも。

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目が合ってしまった一冊『砕け散るところを見せてあげる』

 書店で呼び止められることはあるが、これは目が合ってしまった。いにおイラスト強い。

 そして面白いことに、書店で面陳+縦置きだと微笑んでいるように見える女の子が、横向きだと泣いているように見える(玻璃という名前らしい)。なぜ泣いているのか? そして「砕け散る」なんて不穏なキーワードを裏付けるかのような出だしに引っかかりながら読み始める。人は星屑でできているから、「砕け散る」のかと想像するが、酸素や炭素だけでなく思い出の縁になることを指すようだ。

最初に出会ったあの月曜のことが忘れられない
玻璃は、すぐに世界から消えてしまった。そんな結末をも予感させる、あれはあまりにも不穏な出会いだった。

 胸騒ぎはすぐに確信になる、これはいじめの話だ。こういう嫌な予感はよく当たる。語り手の清澄の正義感というかヒーロー感覚が空回りしないように祈りつつ読む。そういう読み手を斟酌してか、孤独の痛みを知りつつ相手との距離感を測りつつ見守る態度が暖かい。

 そうこれは、彼女の秘密を軸にして、ボーイ・ミーツ・ガールを語った体裁を取る。もちろんそれは陰惨で重くてとんでもないものを見せてくれるのだが、むしろそれに向き合う彼の優しさと強さ、そして思いやる気持ちを知るための物語なのかと思う。

 竹宮ゆゆこ作品はいつもそう。ツンドラもしくは不思議ちゃんな彼女と、それを見守る彼の話。その優しさがあちこちに飛び散ってて、いかにもラノベなスピード感と軽妙リアルな会話に紛れがちだが、再読するたびに読み手を温めてくれる。そういう、くりかえしを促す作品なのだ。

 読んだ人向けの答え合わせ。ネタバレ反転表示。UFOとは、背負った罪の意識・運命のこと。「俺」をミスリードさせる叙述トリックは上手いけれど、なぜそうしたかを考えると、語り手の背後の作者の想いが伝わってくる。愛は、物語のあちこちに「砕け散って」おり、再読を促すことで気付いてもらいたがっている。最後の一文は清澄とも清澄の子ともどっちに読んでもいいように仕組んである。普通の叙述トリックだと、バレた後は綺麗に分かれるのだが、本作が珍しいのは、バレた後でもどちらでも(両方でも)読めるところ。つまり本作はループしており、文字通り「愛には終わりがないことを信じている」のだ「最後の一文、その意味を理解したとき、あなたは絶対、涙する」という惹句も、伊坂幸太郎の評もソコを指しているが、ラノベのパッケージに騙されないように。

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