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人生は予習だ『医者とホンネでつきあって、明るく最期を迎える方法』

医者とホンネで がんを宣告されたとき、やってはいけない最たるものは、「検索」だろう。

 不安な気持ちで薬剤や療法を検索すると、高確率で「特効」に行き当たる。「医師に殺される」「医者にかかわるな」という煽り文句で副作用をあげつらわれると、不安が不審に変わる。そして、揺らいだ心に寄り添うように、「がんが消える」と謳われると、疑う動機が小さくなる。

 厄介なのは、「がんが消える」と謳っている人が、れっきとした医師だということだ。「医者の言うことだから」「100%治ると断言しているから」と思考停止になり、信じてしまうかもしれない。こういう、リテラシーが残念な人は、世の中に数多くいる。おかげで患者を食いものにして肥え太る者がいる。そんな連中は、バカは死ななきゃ治らない『「ニセ医学」に騙されないために』で予習した。

 だが、もし自分が大きな病気になったとき、バカにならない自信はない。なぜなら「安心」が人質にされているから。そして、わたしだけでなく、家族の「安心」も人質だから。だからこそ、これで予習する。わたしは、未だ宣告されていないものの、統計的に見る限り、がんで死ぬ可能性が高い。もしそうなったら、病気と治療については標準医療を信頼し、それでも(必ず)出てくる心配は、緩和ケアに頼ろう。著者のまっすぐな気持ちが、そんな気にさせてくれる。

 『医者とホンネでつきあって、明るく最期を迎える方法』のメッセージは、シンプルだ。命を脅かすほどの重い病に侵されても、医療を上手に利用することで、ほとんどの人は大往生できる。だから、大いに頼れ。そして、緩和ケアにまつわる様々な誤解―――終末期だけでなく、あらゆる段階の医療だとか、多くの場合、健康保険が使えるとか、苦痛だけでなく精神的な不安も取り除く医療だとか―――を、やさしく説明する。

 おそらく、そういう人をたくさん見てきたからだろう、こんな言葉が飛び出てくる。

「自分にとって得か損か」の判断基準で生きてきて人は、病気になると、「自分が損をした」気分になってしまうようです

 そして、治ることにこだわりすぎるあまり、「治らない」と分かったとき、敗北者のような気分になってしまう人がいるという。命に終わりが来るのは当然のことなのに、それを「負け」と判定してしまうと、全ての人間が最終的には敗北者になってしまう―――人生を負け戦にさせないために、うまく折り合いをつけようと提案する。

 たしかにそうだ、もともと人生は期限付きだったし、その期限が明示的になったにすぎぬ。ならばそこに至るまで、なるべく好きなように生きたいもの。その手立てのうち、エビデンスに則ったコースが標準医療なら、喜んで利用させてもらおう。その際、「検索」もちょっとはするかもしれない。が、それは担当スタッフの説明を理解し、互いの信頼を深めるため。残りのリソースを医療への憎悪やニセ医学へのお布施につぎ込まないようにしよう。

 いざというとき、あわてないための一冊。

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