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コピーが経済を回す『パクリ経済』

パクリ経済 結論を一言にすると、「イミテーションはイノベーションを加速する」

 模倣が創造を促すといえばその通りだろう。だが、世間一般の通念は違う。音楽や映像、書籍や製薬などの業界を見る限り、著作権や特許権でコピー禁止の「常識」が形作られている。クリエイターの努力が簡単にコピーしていいのなら、誰もわざわざ新しいものを創ろうとしなくなり、最終的にはその産業が壊滅してしまうという懸念が背景にある。

 本書はこの「常識」に異議申し立てをするものだ。ファッション、アメフト、料理、金融、音楽といった分野に目を向け、コピーがイノベーションを促進しているだけでなく、成長の鍵となっている証拠を次々と指摘する。この事例が面白い。単なる反証ではなく、それぞれの歴史的経緯を踏まえながら、どのように折り合いをつけてきたかを解き明かす。

 たとえばファッション。メジャーブランドが新作を発表すると、すぐさま模造品が出回るが、そうしたコピーが、ファッション・サイクルを加速し、デザイナーに新たなイノベーションを強いる動機付けとなる。料理やコメディは、支持者の「評判」がコミュニティ内で一定の強制力になり、法律ではサポートしきれない網の目の役割を果たしている。それと同時に、オリジネーターたちの切磋琢磨のモチベーションにもなるという仕掛けだ。

 そして、最終章ではパクリ経済の最古参かつ最先端の「音楽」に焦点を当て、それまでに得られた知見を総動員して、音楽産業に取り入れられる戦略を検討する。いくつか既に導入されている施策もあるが、その成功事例として本書を振り返ることもできる。鍵となるコンセプトをいくつか記しておくので、具体例は本書で確かめて欲しい。これは、音楽産業に限らず、破壊的イノベーションが現在進行で遂行されいてる書籍業界にも適用できる。

  1. 著作権侵害のパラドクス
  2. 製品ではなく、体験やパフォーマンスを提供する(原価2ドルのドリンクを15ドルで買っているのではなく、金を払ってバーの椅子を借りているのだ)
  3. ソーシャル・ネットワークとしての音楽(≒音楽とはコミュニティである)
  4. オープンソース方式(Encarta と Wikipedia)
  5. 先行者利益とライフサイクル
  6. コピーはブランドの宣伝になる(なぜなら、消費者たちの行動に基づいているから

 漫然と読んでいるならば、これらグッドプラクティスの事例集にすぎぬ。だが、いったん著者の仕掛けに乗るならば、これらのアイディアを「コピー」することができる。というのも、本書そのものが自分のコピーを誘っているからだ。つまり、読み手の経験とここに出てくる「パクリ」を合体させて、さらなるイノベーションを引き出すことができる。

 たとえば、音楽のカバーについて。録音された音楽のコピーには厳しい制限がかかるが、音楽作品そのものについては、別のルールがある。もちろん、原作元には一定額の支払いが必要だが、曲をカバーし、解釈・改変するのに許諾はいらない。理由はこうだ。100年前に大流行した、プレイヤーピアノ(ピアノ自動演奏装置)を売るために、あらゆる音楽作曲が「強制許諾」になるよう義務づけられたからだ。プレイヤーピアノは消えたが、この例外は残ったというわけ。

 著者は、プレイヤーピアノの大手エオリアン社の暗躍を紹介し、「グロリア」をカバーしたブルース・スプリングスティーン、デヴィッド・ボウイ、AC/DCの例を引きながら、改変が米国の音楽文化を豊かにしていったという。本書はここで終わっているが、そこからボーカロイド「初音ミク」を連想する。

 つまり、「彼女」を一種の楽器だと考えるなら、(キャラクターライセンスという問題は残るものの)現代のプレイヤーピアノだといえる。ちょい舌足らずな高音域は、彼女特有の声質として耳に残るが、これはいくらでも可変だろう。だが、他の唄を異なる声質で"再現"するならば、(そして録音の再生でないならば)カバーソングとして認められるのだろうか? おそらく認められるだろう。

 そして、死者たちの声で現代の音楽が"再生"される時代がやってくる。ナット・キング・コールの声質で、「君のひとみは10000ボルト」が聞けたり、松山千春の唄をデヴィッド・ボウイが"歌う"ことが可能になる。なにをもって「コピー」とみなすかで、いくらでも妄想を拡大縮小することができる。これが本書の醍醐味なり。

 著者の姿勢が面白いのは、パクリ(原題でknockoff)の射程感覚なのだ。もともと、模造品、まがい物といった意味合いなのだが、コピーの度合いが様々であるにもかかわらず、厳密な定義をせず、同じ土俵で扱おうとする。最初は目くじら立てて読んでいたが、途中で読み方を変えた。これは、コピーについてのわたしの常識を揺らめかせる作戦なのだと。デジタルの完全コピーから始まって、

  • サンプリング(引用)
  • カバー(代行)
  • リメイク(改訂)
  • リファクタリング(改変)
  • インスパイア(触発)
  • オマージュ(尊敬)
  • トリビュート(賞賛)

 剽窃から賞賛まで、これだけ沢山の言葉があるということは、それだけ様々な「コピー」のやり方がある。知的活動全体からすると、こうした「コピー」がグラデーションを成し、モザイク状で存在しているのが実情だろう。そして、それぞれの段階で「コピー」をクリアするための手立ては異なってくる。また、どこまでがグレーで、どこからが違反なのか、歴史性や地域性によっても異なってくる。その場その時に応じて、落としどころを見つけ、利益確保と創造性の余地の両方を残していくことが、現実的な解なのだろう。単純に、コピーを善悪いずれかに倒せないのだ。

 この、落としどころを見つける模索こそが、その分野を発展させる原動力となっている。アイディアに「正解」はない。だが、その時点での流行、モード、チャンピオン、ベストセラーに乗っかって、そこから逸脱しすぎないようにズラしたり、カウンターを狙ったり、ドラスティックな(でも外さないように計算された)見せ方を工夫する、絶え間ない改善行為こそが、イノベーションなのだろう。

アルブキウス 「コピー」に対する固定概念からフリーになると、古代ローマの作家・アルブキウスが引き出されてきた。そこでは、「作家」というとオリジナルの物語を書く人ではなかったという。プロットは共有され、様々な語り手が自由に作品をつくりあげていた。同じ筋立てから、いかに魅力的なストーリーが仕立てられるか、どれだけ説得力のある修辞技法が扱われているか、競い合っていたという。

 そうした中で、上手に物騙る人が集まって、とあるひとつの名前で発表していたのではないか、と想像する。つまり、「ホメロス」や「シェイクスピア」というのは一種のブランドで、実在する人物がいたかもしれないが、その一人がすべてを担っていたわけではないのでは……と思えてくる。それは、おもしろい物語を約束するパッケージであり、品質を保証する一種のレーベルのようなもの(なんなら、「モーツァルト」も「レンブラント」を足してもいい)。著作権という縛りがなくても───むしろそんな独占権などないオープンな土壌のほうが───より優れた作品が集まりやすいのかもしれない。

 イミテーションは、イノベーションの、インセンティブとなる。そう確信させる一冊。

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