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ウンベルト・エーコ『異世界の書』がスゴい

異世界の書 汝の名は冒険者か? ならば我を求めよ!

 知の巨人が、また奇ッ怪な本を出した。それは古今東西の「実在しない場所」を紹介したもので、ギリシャ古典から現代ベストセラーまで大量の文献を渉猟し、エーコ一流の案内と膨大な引用からなる幻想領国地誌集成だ。面白いのは、いわゆる「虚構の場所」を扱っていないところ。アトランティスやシャンバラ、ユートピアやフウイヌムなど、多くの人がどこかに実在する、もしくは実在したと本気で信じ、その信念が幻想を生み出した場所が、本書の俎上に上っている。

 読み進むにつれ、この「伝説と虚構」の境界が揺らぎはじめて愉しい。想像力をどこまで信じられるかというテーマになるからだ。現実の世界は一つかもしれない。だが現実と並行して、先人たちの幻想が生み出す無数の可能世界を巡るうち、想像は現実の一部であることを、まざまざと思い知らされる。この幻想のもつリアリティこそが、本書を貫くテーマになる。

 エーコの焦点の当て方も面白い。普通なら時系列に語ってしまうテーマを、「伝説の土地」というピンで留めたために、時空を超越して語ることが可能となるからだ。

 たとえば、理想社会としての「ユートピア」なら、プラトン『国家』やガリヴァーの「フウイヌム国」を挙げてきて、この新語を作り上げたトマス・モアを引きあいにする。曰く、ユートピアには両義性がある。場所を意味する"topia"に否定辞の"u-"を付けた、「どこにもない場所」である"utopia"がひとつ。いっぽう"u-"の代わりに"eu-"をつけて"eutopia"とし、「良い場所」や「素晴らしい場所」とする解釈がある。つまり、ユートピアとは、存在しない理想社会なのだ。

 そして、ハクスリーやオーウェルやディックを引きながら、行過ぎた理想社会はディストピアの形をとって負の社会を物語ることを指摘する。爆笑させられたのは、ユートピアが可視化された都市としてパルマノーヴァ見取図を出してくるところ。壁と濠に囲まれた九芒星の城塞都市なのだが、フーコー『監獄の誕生』に出てくるパノプティコンそっくりだ。これは、むりやり天国を作るなら、たいてい地獄ができあがる実例だろう。行過ぎた理想はどの時代も相似するのかもしれぬ。

 他にも、「場所」をキーにした読み解きが面白い。ルブラン『奇岩城』の舞台となったエトルタの針岩はノルマンディに実在するが、その地域に古くからあるレンヌ・ル・シャトーの神話を読めば、虚構の人物ルパンがカソリックのメシア的な「大王」として見ることができるという。

 さらにそこからダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』が引き出される。この世界的ベストセラーの種本は、空想歴史小説『聖血と聖杯』(邦題:レンヌ・ルー・シャトー)だというのだ。もっと凄いことに、ダン・ブラウンはこの種本のネタを正真正銘信じていると暴露する。いわゆる「この話は実在する資料に基づいて書かれた」という作話上の常套手段ではなく、このネタを広める意図を持ったパンフレットが、『ダ・ヴィンチ・コード』なんだって。

 現実は、想像力の数だけある。場所は実在するが、そこに何を幻視するかによって様々な現実が表れる。本書によると、今でも6月16日にダブリンのエクルズ通りを彷徨う『ユリシーズ』の熱狂的な読者が後を絶たないという。わかるよ、昔わたしも横浜の元町を歩いたことがあるから。赤いカチューシャを持って繁華街を散策し、タイヤキを買って食べたから。

 さすがにギャルゲは扱っていないが、本書は、そうした芸術上の聖地巡礼者にとって宝の地図となるだろう。これは架空の旅行記であり伝説の案内図でもある、オールカラー図版でいっぱいの「冒険の書」そのものなのだ。

 汝の名は冒険者か? 危険という名の滝を潜り抜けその奥に伝説の正体を求める者か? ならば本書を求めよ!

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