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貧乏人は早く死ねというのか『老後破産』

お皿の上の生物学 まだ暑い盛り「お年寄り、クーラーつけず熱中症、救急搬送8000円」というニュースを目にした。

 省エネなのか冷や水か、場合によっては生命維持装置でもあるスイッチを切るなんて。こまめにON・OFFしても、浮く電気代はわずかなものらしい。電気代ケチって病院代かかるなんてギャグかと思っていたら、事情は違うようだ。その差ですら惜しむような、さらには電気代すら払えない高齢者の現実を、本書で知った。

 本書では、年金だけでギリギリの生活をしている状況を、「老後破産」と位置づけ、必要な医療も受けられず、十分な食事もとれない高齢者たちの実態を報告する。元はNHKスペシャル『老人漂流社会 "老後破産"の現実』(2014.9.28放送)をベースに、番組では紹介しきれなかった事例も併せて書き直している。番組は見逃していたが、報われない老後の現実が痛々しく、他人事とは思えない。

 たとえば、港区の築50年のアパートに住む80代男性。ゴミが散乱し、布団も敷きっぱなしの中で、ただ生きている毎日。月10万円の年金は、家賃と光熱費と保険料を支払うと、2万円しか残らない。500円/日にまで食費を切り詰め、たまの贅沢は大学生協の400円ランチ定食だという。「こんなはずじゃなかった」「生きていることが辛い」という言葉が刺さる。

 「明るい老後」が冗談に見えるサブタイトル「長寿と言う悪夢」の通りの悲惨な現実が、これでもかと突きつけられる。介護も医療もカネの切れ目がサービスの切れ目、「結局、貧乏人は早く死ねということなのか?」という問いかけが重い。明日はわが身か、未来の自分を見ているようで真っ暗な気分になる。

 その一方で、拭えない違和感が迫ってくる。男性のアパートは、港区の高級住宅街の一角にある。地価が高いから家賃も高い(6万)、生活費も高くつく。引越しで解決するのではと思うのだが、取材者が先回りして質問してくれる。その答えがこれだ。

「毎月の生活に追われているので、引越し代なんてあるわけがないじゃないですか」

 自嘲気味に答えているが、おそらく一気にこのような状況になったのではないのだろう。ゆで蛙の喩えのように、長い時間をかけて、少しずつ切り詰めていって、「きょうを生きのびること」に全精力を使い果たし、先のことなんて考えなくなってしまった状況が怖い。

 また、切り詰めポイントに違和感を感じる。この男性に限らず、食費にしわ寄せがくると述べているが、自炊しないのだろうか? インスタントやレトルトではなく、ご飯と汁物と一品なら、同じ値段で栄養価の高いものが沢山食べられるだろうに。「100円のおにぎりで我慢する」といわれると、我慢するところが違うんじゃないかと思えてくる。500円/日を「食材」と見ると、ずいぶん変わってくるかと。また、タバコやアルコールなどの嗜好品についての記述が見当たらないが、いわずもがななのだろうか。「財布には小銭しかない」というが、CR機にお札が吸われた結果でないことを祈る。

 本書の随所で感じる、「わたしならこうするのに」というツッコミや、「わたしはこうはならないぞ」という戒めは、次の一言で砕かれる。周囲のゴミに無頓着な様子について、こう自嘲する件だ。

「この歳になるとね、ちらかっていると分かっていても億劫になって片付けようという気力も体力もなくなってしまったんですよ」

 おそらくその通りなのだろう。片付けて、洗って、自炊して、計画的に暮らすことで、生活の質を向上させることは分かっている。でもそんな気になれない、「おっくう」なのだ。そうやって放置して放棄していくうちに、ひたひたと貧困が迫ってくる。同じ状況になったとき、わたしは「おっくう」がらずにやれる自信がない。どうすればよいか? 本書には書いてない。

 本書は、あくまでもルポルタージュ。自己責任、世代間格差、制度破綻など、キーワードを散らかして、「現場からは以上です」で終わっている。ここでデカい主語にして嘆くのがBLOGOS界隈だが、主語は「わたし」に留めよう。自分がそうならないためには、生計や蓄えだけでなく、社会的なネットワークが重要かと。つまり、親族、地域社会、仕事がらみ、ネット越しで今ある社会的関係を定期的にメンテナンスしていく必要がある。きっかけは経済的なものかもしれないが、プライドや遠慮から孤立を深め、社会的に滑り落ちてしまうパターンなのだから。

 そして、「ちょうどいい」タイミングで死ぬほうが、わたしにとっても周囲にとっても「好い」ことなのかもしれぬ。生きることに「おっくう」になる前に、そしてそうできる間に、するりと去るのが、わたしにとって、好ましい人生なのかも。ただし、「ちょうどいい」がいつなのかは神のみぞ知るのだが……須原一秀『自死という生き方』を読んでみる。


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科学+教養+エンタメ『お皿の上の生物学』

お皿の上の生物学 料理と食材と人体で語る、教養科学エンターテイメント。

 味、色、香り、温度など、「食」にまつわる様々な要素が、生物学というフィルターを通じてクローズ・アップされる。調理しながら、料理を食べながら、「鍋の中で起きていること」「口腔内で起きていること」を分子レベルで解説してくれる。

 「料理したものを食べる」という日常的な活動の中に、感覚器官の精巧なメカニズムや、生き延びるための生体的なデザインが仕込まれていることを学ぶ。つくづく、料理とは実験なんだと痛感する。キッチンという、こんなに身近な場所で驚くべき科学体験ができることを知って、わくわくする。

 たとえば、「味」は脳が決めているという。人の目の原色のような「原味」に応答する細胞の話を始める。味蕾の構造から始まって、味細胞がどのように反応するかを解説する。それだけでなく、「ミラクル・フルーツ」を使って脳を騙す実験を始める。

 普通なら「酸っぱい」はずのレモン汁が、ミラクル・フルーツを舐めた後だと酸っぱくなくなる。ミラクル・フルーツにある「ミラクリン」というタンパク質がなせる技だという。ミラクリンが甘味受容細胞の表面にある甘味センサー分子と結合し、そこに酸がくるとミラクリン自身の構造が変わる。「酸」そのものの性質は変えないが、ミラクリンが甘味センサーを活性化させてしまうため、脳は糖がきたと解釈せざるを得なくなる。つまり、酸を「甘く」感じてしまうのだ。

 さらに、「味」の向こうにあるものを考察する。たとえば、アミノ酸やヌクレオチドが「旨い」と感じるのはなぜかと問う。すなわち、動物がこれらの物質を必要とするから。言い換えるなら、動物は必要とするものを「旨い」と感じることによって摂取を促し、生き残ってきたという。「旨い」と感じなければ、栄養失調になって死に絶えていたから。

 ・旨味(タンパク質、つまり構成源)
 ・甘味(糖類、つまりエネルギー源)
 ・塩味(塩類、つまりイオン源)
 ・酸味(腐敗物の味)
 ・苦味(アルカロイド、毒物の味)

 最初の3つは、快楽とセックスの関係を思い出す。そして後の2つは、避けるべき警告信号だろう。これは、幼い子供が嫌う味として、そして様々な料理を食べることで慣れてゆく味として扱われている。ちなみに薀蓄もたっぷりで、トウガラシやマスタードの「辛味」は「味」というより痛覚であるという話や、第六の原味として「脂肪酸味」が発表された話(2015.5 米国バデュース大学)も盛り込んである。

 次の「香り」の話も興味深い。「味覚と嗅覚、なぜ二種類のセンサーがあるのか?」という素朴な問いへの解説に唸らされた。教科書的に言うならば、味と匂いは以下の違いになる。単純にセンサーの位置の違いでしかないのに、なぜ二つもあるのか?

  味覚:化学物質が口腔の受容器と接触して生じる感覚
  嗅覚:化学物質が鼻腔の受容器と接触して生じる感覚

 著者は、味と匂いは、化学物質やセンサーで分けるのではなく、「生物がその情報を何に使うのか」で区別したほうが正解に近いという。味覚は、対象に接近して口に入れ、そこで初めて得られる情報になる。栄養があるかないか、毒か毒でないか、要するに、個体維持のため、「そいつを取り込んでいいかどうか」を判断する近距離情報が「味」だ。

 いっぽう嗅覚は、離れた対象の性質に関する情報を引き出す。敵やライバルがいないか、生殖活動が可能か、餌の多寡や生存に適した環境か、要するに、種の保存のため「近づくべきか遠ざかるべきか」を判断する遠距離情報が「匂い」になる。

 食性が決まっていて栄養の多寡や腐敗、毒さえ識別できれば生存には十分だから、味覚の受容体の数が限られている。反面、敵、味方、配偶相手、環境など、多種多様の匂いを嗅ぎ分けなければ、自身と種の存亡にかかわるから、多種多様の嗅覚受容体があるという説明に納得する。わたしの直感に反して、人体のデザイン的には、嗅覚>味覚>視覚の順に優先されている。嗅覚は、より身体知に近いところにあるんだね。

 タイトルの『お皿の上の生物学』には二つの意味が込められているという。一つは、お皿の上の料理についての生物学。もう一つは、生物学自体を料理して、大学新入生に動機付けすること。科学の「美味しいところ」を召し上がれ。

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アキラ効果を確認する『知的トレーニングの技術』

知的トレーニングの技術 読むだけで知的に強くなる「読書猿」の種本だと聞いて、光の速さで買ったのがこれ。そもそも、読書猿ブログはこの一冊から始まったのだと勧められたら、読むしかない。

 「志を立てる」から始まって、「知的空間のつくりかた」「本の探索・蒐集術」「知的工具のそろえかた」「発想・発問トレーニング」「最後まで書き尽くす方法」など、知的生産が捗るテクニックが紹介されている。著者一流の求道的な言い回しが面白く、くじけそうなときに読み返して励ましてもらえる効果もある。たとえばこうだ。

書棚は記憶の貯蔵庫である。記憶が頭脳の飽和に達した分を、モノ(本)のかたちで外化しておく。頭脳それ自体は一種のインデックス(索引)となり、書斎空間がむしろ思考する身体にしてかつ主体、ということになる。それゆえ、思考するとは、まさしく本棚の前を「歩く」という身体的行為のことなのだ。

 わたしの場合、書斎はおろか自分の本棚さえないので、改めて妻と交渉する勇気を奮い立たせてくれる。「書斎は、知的能力の拡張空間だ」という指摘は正しい。なぜなら、読了した本を思い返すとき、家のあちこちに分散して置いてある「場所」や、なじみの書店や行きつけの図書館の書棚の「並び」を頭の中で巡らせているから。自分で整理したブックマークやデスクトップのショートカット、あるいはアプリの「場所」から芋づるで引き出す感覚だ。場所と対応づける暗記術があるが、そいつを拡張した場所に覚えてもらうやつ。

 紹介されるテクニックは、王道モノで激しく頷くものばかり。既視感を強く感じるのは、それもそのはず、30年以上も前に書かれたものだから。そして、本書自身が、ニーチェやボルヘス、フッサールといった巨人たちの手法をエッセンスのように取り込んでいるから。この一冊の背後に沢山の本があることが、よく分かる。本書の「種」があちこちに蒔かれ、そこからさまざまな知的活動が発生し、一定の成果を上げ、後進のためにとノウハウ本(今風ならライフハック)が書かれ……といったサイクルの中で、どこかでわたしも読んだのだろう。陳腐に見えてしまうのは、「大友克洋の何が凄いのか全然わからない」と同じ構造かと。

 これを密かに、アキラ効果と呼んでいる。エヴァでもシェイクスピア効果でもいい。いまシェイクスピアを読んだら、あまりの陳腐な言い回しに辟易するだろう。が、その「どこかで聞いたことのある感」のオリジンと向かい合っている。本書のどこを読んでも、そんな既読感に迫られる。

 なかでも膝ポンしたのが「外在的読書」と「内在的読書」。外在的読書とは、読書の目的が本の外部にあるもので、情報源としてのメディアにすぎないと割り切ったやつ。自分というものがカチッと定まっていて、何を読んでも「知った」以外の変化は生じず、「本なんて情報にすぎない」というタイプやね。反対に、内在的読書は「その本を読むこと自体」が目的のもの。楽しむため、自己変革のため、著者の思想と一体化するための読書だ。小説や自己啓発書「しか」読まず、他人の世界に浸ってるうちに一生終えるようなもの。バランスが大事やね。

 気になったのは、「独り」に頑ななところ。師を探すというテーマに一節を割いているものの、引用と一般論を展開していることから、実践していないノウハウだと分かる。教授や助手、大学図書館、司書、ゼミ、公開学習など、もっとアカデミズムを使えばいいのに、と歯がゆくなる。せっかく通れる路(≠レール)を拓いてもらい、道案内や同行人さえいるのに、それを棄て、勉強「法」のために多大な努力を費やしてきたように見える。

 また、PCやネットを用いた技術が無いのも残念なり。書かれた時代からして仕方のないものの、今でも知的活動を行っているのなら、一言どころかたっぷりと追加したくなるはずなのでは。あとがきにて、「問いそのものの不在」から、ネットの宇宙に限界があることを指摘している。問いであれ答えであれ、ネット「の中」だけを探すのなら、その通りだろう。だが、ネット「の向こう」の人に到達する手段に気づかないのだろうか。ボルヘスのバベルの図書館モドキと見なすなら、ネットは確かに不十分だ。だが、生きている人であれ過去の人であれ、「人」にアクセスする手段ととらえるなら、ネットはいつでもいくらでも、ダイナミックに応えてくれる。

 積もる不満は、「読書猿」で解消する。ブログは本書の増補改訂版らしいが、その種は大きく花開いている。実践に裏付けられ、ツールとウェブサービスを縦横に使ったノウハウは、どこを読んでもタメになる。まさか知らない人はいないとは思うが、その「まさか」な人のために、まずは[ここ]を覗いてみるといい。初めてなら、質量ともにクラクラするだろう。そんな人にとって、『知的トレーニングの技術』は格好の入門書になる。ブックマークして満足せず、何度も読み直そう。

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