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男子は女子に絶対勝てない『からかい上手の高木さん』

 辛いことも、恥ずかしいことも、過ぎてしまえばいい思い出になるというが、あれは嘘だ。未熟ゆえの失敗、若いからと言い訳できない態度、許されない/許せない言葉など、重石をつけて封印してある。今でも触れるだけで血を流す思い出は、アニメや小説で育てた偽の記憶で上書きする。

 これが、何かのはずみでうっかり思い出してしまうと、大変なことになる。恥ずかしさと甘酸っぱさにもみくちゃにされ、いたたまれなくなる。後悔に殺されるとはこういうこと。

からかい上手の高木さん 『からかい上手の高木さん』は不意打ちだった。タイトル通り、好きな子にちょっかいを出すというラブコミなのだが、これが無限にニヤニヤできる。高木さんの「からかい」の手管が絶妙で、隣の席の「からかわれ」るほうの西片くんは掌のナントカ状態となっている。

 「放課後ふたりで腕ずもう」とか「体操服を交換する」、「缶ジュースまわし飲み」「なんでもないことを手紙で伝えてくる(しかもハートのシールの封をして)」など、悶絶必至のエピソードでもってニヤつかせる。ふつうの思春期男子ならハートを撃ち抜かれるイタズラでも、そこは作者の妙、いい感じで西片くんがニブい。「ひょっとしてボクのこと好きなんじゃ……いやいや、違ってたらどうしよう」とためらう自信のなさに、若さと懐かしさを感じる。

 そんなイタズラの中で、「授業中、居眠りしている隙に本を並べてブービートラップを仕掛ける」という話がある。他愛ないやつだが、これと同じことされたのを思い出す。本編はホンワカ・ドキドキの展開だが、わたしの場合は違ってた。寝起きで機嫌が悪かったのと気恥ずかしさのあまり、本気で怒ってしまったのだ(以後、仕掛けた女子を避けるようになった)。

 あの子は実は……だったのか、と思うと、返す返すも口惜しい、もったいない、過去のわたしを殴りたい。高木さんの小悪魔っぷりもさることながら、西片くんの「からかわれ上手」のおかげで、実は危うい二人の関係のバランスが取れているのだと思う。

チェーホフ短編集 そういう、あったかもしれない未来と重ねつつ、ドキドキをシンクロさせる。そういえばこの感覚、チェーホフの短編にあったな。『いたずら』というタイトルで、そり遊びする少年と少女を描いた掌編なり。立場が『高木さん』とは逆転しており、少年から少女へ、「いたずら」が仕掛けられる。

 それは、滑走する風の音にまぎれて愛の言葉をささやくといういたずら。上手に少年にあしらわれつつ、幻聴なのか願望なのか確かめるため、少女は何度もそりを滑らせる―――このシーンが甘酸っぱさを刺激する。ユーモアとペーソスの両方に心を揺らされ、解説で暴かれる「そり」のエロチックな隠喩に愕然とさせられる。

 『高木さん』の二人が中学生か高校生で"青春"のニュアンスが違ってくるだろうなぁと勘ぐるのだが、会話や雰囲気は中学生なのに、教科書は「数IA」と高校生になっている。他にも、西片くんの内心がサトラレ状態なのは、フキダシがモノローグになってるだけで、実は口に出しているんじゃないかとか、「照れたら負け」とはいうものの、恋心をさらりと伝える高木さんに、ちゃんとテレマーク(///)が入ってるじゃないかなど、再読するほどニヤつきが止まらない。

 封印したはずの地雷を踏み抜くか、誰もいない壁に向かってドンするか、選べるかどうかは分からない。だが、読んだら身悶え保証する、良いか悪いか別として。

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