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自炊の味方『小林カツ代のお料理入門』

小林カツ代のお料理入門 料理をおいしくするコツが、やさしく伝わる一冊。

 我が家で最も信頼されているレシピ本は、小林カツ代シリーズになる。料理一年生ではないけれど、味付けの勘所だとか、おいしくなるひと工夫を、ピンポイントで教えてくれるから。3~4人ぐらいだと、彼女のレシピが一番いい。

 ところが本書は、趣が違う。わたし+誰かのための料理ではなく、わたしだけの美味、ひとりごはんを目指してるところ。いつもの家族向けというより、一人暮らしの自炊の味方となっている。ひとりだと、節約+満腹に目が行きがちだが、彼女のポリシーだと、「ひとりのご飯こそ贅沢においしく」になる。結果、料理のラインナップは、かなりユニークだ。

 たとえば一品目、すき焼き。ひとりすき焼き!? 鍋物って大人数で囲むイメージが崩れさる。しかも、ポイントがシンプルだ。すき焼きで大事なのは、「葱は必ず焼きつける」だそうな。一本以上、斜めに切って、びっしり鍋底に敷きつめて、焼きつけなさいと。

 一切「炒める」なしのカレー、「ヒラヒラカレー」が面白い。切った野菜+水を煮て、ルウを溶かす(この時点で肉は入れない、野菜も炒めない)。フツフツ煮立ってきてから、ようやく「肉の薄切り、豚でも牛でも好きなほうを、一枚ずつ、ヒラ~リ、ヒラ~リ」と入れていく。普通に炒めて煮込むと、肉はダシがらになってしまいおいしくない。だから後入れなんだって。カレーしゃぶしゃぶみたいだね。

 焼き魚はフライパンで(秋刀魚なら二つに切って)すれば、ロースターの掃除しなくていいとか、一人でちょろっと呑むときは、オーブントースターで手羽焼きがちょうどいいとか、おもわず口元がほころぶレシピを紹介してくれる。家族のためだと、どうしても「焼きたてのパリパリ」にありつくのは難しいし、オーブントースターでは量が足りないからね。

 野菜の買い方もひとり向けになっている。下ごしらえがほとんどいらない、貝割れ大根、ピーマン、オクラ、シシトウ、ブロッコリーがお薦めとのこと。確かに買ってきてすぐ使えるし、(一人だと)多すぎてもてあますこともなさそう。卵は1パック4~6個だと、使いきれるか悩む前になくなるというアドバイスは、実践的かも。

 やさしい語り口で教えてくれる勘所は、たいへんありがたい。「ほうれんそうを炒めるなら、塩が先(炒めてから塩すると水が出る)」とか、「料理は、火をつけることと同じくらい、火を止めることが大事」など、おいしくするひと手間がさらりと語られる。

 なかでも、「玉葱うどん」にはわが意を得たり! だった。玉葱を水からコトコト煮るだけ、それに麺つゆを入れるだけなのだが、まさにこれを作ったとき、「めずらしい」と腐されたことを思い出して苦笑い。ありだよね、「玉葱うどん」。

 ひとりだからこそ、贅沢においしく。そのヒントが詰まっている。ただし、完全初心者本ではない。ステップ・バイ・ステップの手取り足取りを求めているならば向いてないのでご注意を。これ、ずっと家族のために作ってきたけれど、子の自立や別離によって、独りに戻った人のための、ごほうびご飯なのかもしれない……なんて考えると、少し寂しい。だけど、だからこそ、できたてアツアツを誰はばかることなくほおばりたい。そんな気にさせる一冊。


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精神去勢された男どもに贈る爆弾『ファイト・クラブ』

ファイト・クラブ 男は黙って読め(命令形)

 生きてる実感が湧かないなら、自分が何なのか見失ったら、そしてあなたが男なら、強力に切実にこれを薦める。長いこと絶版状態だったのだが、ようやく新版が出た。やっと安心して言える、読め、とね。

 わたしは、「良い子」から「良い大人」になるように育てられてきた。受験もスポーツも就職も、周囲の期待に応えることばかりに費やされてきた。両親や教師、ひいては上司の期待に応えるために、「わたし」そのものを費やしてきた。良い子、良い社会人、良い夫、良い父、理想のパラメタとの FIT/GAP を埋めるための努力だけが、「努力」だと思い込んできた。そこには「わたし」なんてない。パラメタ化された外側だけしかない。

 この主人公「ぼく」がそうだ。生きている気がせず、不眠症の頭を抱え、ずっと宙吊り状態の人生に嫌気がさしている。そんなぼくと出会ったタイラーはこう言う、「おれを力いっぱい殴ってくれ」。そしてファイト・クラブで殴り合うことで、命の痛みを確かめる。

 最初から最後まで、名前を持たない「ぼく」は、読み手自身を重ね合わせ、注ぎ込むための器だ。そして、「ぼく」を殴るタイラーは、剥き出しの欲望そのものだ。これは、「わたし」だ、精神的に去勢された「わたしの物語」なのだ。この器に注ぎ込まれたアドレナリンは、読み干すそばから体内で沸々と滾っていることに気づくだろう。

 小説を読んでいると、えげつなかったり嫌悪したり、新しさに息を呑んだりする"もの"を見せつけられる。でも、それは私自身の中にずっと前から居たものを、作者が抉りだして、ホラ、これが君の中に隠れてたやつだよ、と示してくれたにすぎない。

 この小説ではタイラーだ。自信と力とセックスに満ちあふれ、知性と人望に恵まれている、USAの中二病の権化だ。わたしの裡に潜んでいた"もの"を、タイラーに置き換えてたんだ気づいたとき、喜びと恐れと震えが、とまらなくなった。読後、"タイラーなるもの"は、感応式爆弾のように胸に埋め込まれる。

 大事なことだからもう一度、男は黙って読め(命令形)。人生の持ち時間がゼロになる前に、読め。

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