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『見えない巨人 微生物』はスゴ本

小さな巨人 微生物 読めば世界を見る目が変わる、一冊で一変するスゴ本。

 タイトルの「見えない巨人」は絶妙のセンス。肉眼では見えない微生物を、「巨人」と形容するのは変だな? と手に取ったのが運の尽き。「発酵」「病気」「環境」の三つの分野から一気に読ませる面白さと、自分の目を疑う知見にワクワクさせられる。読了したら、きっとタイトルを二度見する。そして大きく納得する。微生物は、生物のなかで最古・最多・最多種で、最速で進化しつづけ、地球生命圏を支え・利用するだけでなく、地球という惑星そのものと共生する、「超個体」の生物だということが、分かる。

 ミクロからマクロまで、自由に視点を動かしながら、地球草創期から未来まで、歴史を自在に駆け巡り、マリアナ海溝から宇宙空間を縦横無尽に行き来する。酒やパンといった身近なものから、宇宙からコレラを監視する技術、耐性菌のメカニズムを借用した最先端の遺伝子工学など、興味深い斬り口がたくさんあるので、いくらでも深く・広く読める。コンパクトなのに濃密で、微小なのに壮大な、知の冒険の世界へようこそ。

 いちばん驚いたのが、抗生物質に耐性をもつ耐性菌が現れるメカニズムだ。抗生物質でほとんどが死滅する中で、突然変異により耐性を持つ菌が生き延びて増殖するのだとばかり思い込んでいたが、それだけでは説明がつかないらしい。著者は1950年代の赤痢菌の治療事例をもってくる。当時は、特効薬としてストレプトマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリンが使われだしたが、6~7年経過した頃には、3薬剤全てに耐性を示す多耐性赤痢菌が大部分になった。いくら抗生物質の選択圧力が強力でも、百万分の一より低い確率で突然変異の積み重ねが起きたと考えるには無理がある。

 その秘密は、「遺伝子の水平伝達」にあるという。ふつう、親から子へ親から子へ「垂直に」伝えられる遺伝子が、菌から菌へ「水平に」伝達された結果なのだと。Rプラスミド(薬剤耐性因子)と呼ばれる環状のDNA分子が、抗生物質への耐性遺伝子を乗せて、接合によって菌から菌へ移動することで実現している。このメカニズムを世界で最初に発見したのは、秋葉朝一郎と落合国太郎で、世界中の研究者たちはなかなか信じなかったそうな。この遺伝子の水平移動、ウィルス対策プログラムが、定義情報を自動アップデートするのにそっくりで笑える。もっとメタファーを拡張して、リチャード・ドーキンスのミーム(meme)学における、物理的な情報と考えると、さらに面白くなる。

 もっと凄いのは、この仕掛けを拝借して、遺伝子組換え技術に利用しているところ。増やしたいDNAの運び屋としてプラスミドを用いることで、本来ならそこに存在しない遺伝子を導入することができる(サントリーが開発した「青いバラ」が有名)。選択圧を超えたスピードで進化する微生物も凄いが、そのメカニズムの上前をはねる人類も凄い。

 カメラをずーーっと引いて、マクロ目線で微生物を捕えるアイディアにも驚く。宇宙からコレラ菌を観測する、新しい試みだ。これまでの調査により、コレラ菌がヒトに感染するまでに経由する動植物プランクトンのメカニズムが明らかになっている。この生態的データをもとに、ベンガル湾における降水量や界面温度、植物プランクトンの量を考慮すると、一定期間後のコレラ患者数との間に相関があることが分かった。

 あとは、地表や海面から輻射される様々な波長の光を、人工衛星に搭載されたセンサーで測定し、これに相関係数を掛けることで、「コレラ流行予報」を立てることができる(その確度はかなり高い)。どの地域でどの程度のコレラ患者が発生するか予測できれば、治療や予防への公的リソースを適切に割り当てることができる。微生物を「見る」のは顕微鏡からだと思いこんでいたが、宇宙から微生物を「捉える」という発想がすごい。

 ヒトとのかかわりだけでなく、雪を降らせる細菌や、微生物による鉱物の精練の紹介に驚く。純粋な水は、氷点下になってもなかなか凍りにくいが、結晶(氷晶)を効率的に引き起こす、タネ(氷核)として働く微生物がいるという。シュードモナス・シリンゲという細菌の一種で、これをとっかかりに、気象学と微生物学の両者をまたがる、「氷核細菌」という新しい研究分野が生まれている。また、バクテリアリーチングという微生物による精錬法は、野外に鉱石を積み上げて水を撒くだけで、そこに住み着いている酸化細菌が銅を融かしだし、堆積の底に張り巡らされたパイプを通って流れてくるという仕掛け。時間はかかるが設備が簡単で排煙も出ないという方法で、世界の銅の25%は微生物精錬法で生産されているという。

 著者の発想がすごいのは、微生物という小さなものを、巨大な目で捉えようとするところだ。たとえば、人体には、皮膚、口腔、腸管などに膨大な種類と数の微生物が常在している。これらを載せて共生している人体を、ひとつの生命圏とみなすことができる。これは、顕微鏡的な見方だ。

 だが著者は、この人体を地球レベルにまで引き上げる。せいぜい100グラムにしかならない微生物が、ヒト一人分の呼吸をすることに着目し、微生物とは、サイズを小さくすることによって、高い代謝活性と増殖能力を手に入れた生き物であると考える。そして、バイオマスの観点から、炭素と窒素という地球の生命に欠かせない二つの元素の循環を担う、最大の生物であることを示す。

 40億年前に誕生して以来、地球という惑星の環境の変化に適応しながら進化する一方で、自らも地球の大気や元素循環に働きかけ、さらに他の生物と共生することによって進化を方向付け・加速してきた存在───それが微生物なのだという結論は、そのままタイトルへとつながる。

 読めば我が身を、そして地球を見る目が変わる一冊。

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