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科学+教養+エンタメ『お皿の上の生物学』

お皿の上の生物学 料理と食材と人体で語る、教養科学エンターテイメント。

 味、色、香り、温度など、「食」にまつわる様々な要素が、生物学というフィルターを通じてクローズ・アップされる。調理しながら、料理を食べながら、「鍋の中で起きていること」「口腔内で起きていること」を分子レベルで解説してくれる。

 「料理したものを食べる」という日常的な活動の中に、感覚器官の精巧なメカニズムや、生き延びるための生体的なデザインが仕込まれていることを学ぶ。つくづく、料理とは実験なんだと痛感する。キッチンという、こんなに身近な場所で驚くべき科学体験ができることを知って、わくわくする。

 たとえば、「味」は脳が決めているという。人の目の原色のような「原味」に応答する細胞の話を始める。味蕾の構造から始まって、味細胞がどのように反応するかを解説する。それだけでなく、「ミラクル・フルーツ」を使って脳を騙す実験を始める。

 普通なら「酸っぱい」はずのレモン汁が、ミラクル・フルーツを舐めた後だと酸っぱくなくなる。ミラクル・フルーツにある「ミラクリン」というタンパク質がなせる技だという。ミラクリンが甘味受容細胞の表面にある甘味センサー分子と結合し、そこに酸がくるとミラクリン自身の構造が変わる。「酸」そのものの性質は変えないが、ミラクリンが甘味センサーを活性化させてしまうため、脳は糖がきたと解釈せざるを得なくなる。つまり、酸を「甘く」感じてしまうのだ。

 さらに、「味」の向こうにあるものを考察する。たとえば、アミノ酸やヌクレオチドが「旨い」と感じるのはなぜかと問う。すなわち、動物がこれらの物質を必要とするから。言い換えるなら、動物は必要とするものを「旨い」と感じることによって摂取を促し、生き残ってきたという。「旨い」と感じなければ、栄養失調になって死に絶えていたから。

 ・旨味(タンパク質、つまり構成源)
 ・甘味(糖類、つまりエネルギー源)
 ・塩味(塩類、つまりイオン源)
 ・酸味(腐敗物の味)
 ・苦味(アルカロイド、毒物の味)

 最初の3つは、快楽とセックスの関係を思い出す。そして後の2つは、避けるべき警告信号だろう。これは、幼い子供が嫌う味として、そして様々な料理を食べることで慣れてゆく味として扱われている。ちなみに薀蓄もたっぷりで、トウガラシやマスタードの「辛味」は「味」というより痛覚であるという話や、第六の原味として「脂肪酸味」が発表された話(2015.5 米国バデュース大学)も盛り込んである。

 次の「香り」の話も興味深い。「味覚と嗅覚、なぜ二種類のセンサーがあるのか?」という素朴な問いへの解説に唸らされた。教科書的に言うならば、味と匂いは以下の違いになる。単純にセンサーの位置の違いでしかないのに、なぜ二つもあるのか?

  味覚:化学物質が口腔の受容器と接触して生じる感覚
  嗅覚:化学物質が鼻腔の受容器と接触して生じる感覚

 著者は、味と匂いは、化学物質やセンサーで分けるのではなく、「生物がその情報を何に使うのか」で区別したほうが正解に近いという。味覚は、対象に接近して口に入れ、そこで初めて得られる情報になる。栄養があるかないか、毒か毒でないか、要するに、個体維持のため、「そいつを取り込んでいいかどうか」を判断する近距離情報が「味」だ。

 いっぽう嗅覚は、離れた対象の性質に関する情報を引き出す。敵やライバルがいないか、生殖活動が可能か、餌の多寡や生存に適した環境か、要するに、種の保存のため「近づくべきか遠ざかるべきか」を判断する遠距離情報が「匂い」になる。

 食性が決まっていて栄養の多寡や腐敗、毒さえ識別できれば生存には十分だから、味覚の受容体の数が限られている。反面、敵、味方、配偶相手、環境など、多種多様の匂いを嗅ぎ分けなければ、自身と種の存亡にかかわるから、多種多様の嗅覚受容体があるという説明に納得する。わたしの直感に反して、人体のデザイン的には、嗅覚>味覚>視覚の順に優先されている。嗅覚は、より身体知に近いところにあるんだね。

 タイトルの『お皿の上の生物学』には二つの意味が込められているという。一つは、お皿の上の料理についての生物学。もう一つは、生物学自体を料理して、大学新入生に動機付けすること。科学の「美味しいところ」を召し上がれ。

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投稿: inmovigia | 2015.10.16 17:57

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