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数学のセンス・オブ・ワンダー『数学の大統一に挑む』

数学の大統一に挑む 美しいものに触れたとき、感動はどうすれば伝わるか。

 満点の星空や、圧倒的な夕陽を一人で見ていたとしよう。もし、愛する人がいたら、この美しさやそのときの気持ちを、どう伝えるだろう? 写真を撮るか、キャンバスに描いてみせるか、やはり言葉で伝えたらいいのか。

 この問いに対し、星野道夫は、すてきな返答を遺している。それは、自分が変わってゆくことだ。その夕陽を見て、感動した自分が変わることによって、それがいかに凄いものであったかが伝わる。アップデートされた自分自身こそが、ビジュアルや言葉を超えたメディアとなる。

 『数学の大統一に挑む』の著者エドワード・フレンケル自身がそうだ。彼の半生を知るにつれ、数学が人を捕え鍛え変えてゆくさまを見て取ることができる。同時に、その一端でも触れることができるならば、世界の見え方が一変するほどの秘密が潜んでいることが分かる。

 その名は、ラングランス・プログラム。代数、幾何学、数論、解析という、異なる数学の領域のあいだに、さらには量子物理学の世界にまで架け橋を設けようとする計画だという。数学のあらゆる領域の基礎構造を成す、いわば数学の「ソースコード」を明らかにする試みだ。

 本書は、このラングランス・プログラムを様々な比喩やエピソードを用いて紹介するパートと、波乱と挑戦に満ちた著者自身の自伝とが撚り合わさってできている。特に、最難関の入試問題を全問正解したにもかかわらず、不合格させるための口頭審問のやりとりがカフカ寓話そのもので印象深い。反ユダヤ主義のソ連時代の圧力にめげず、教育システムのセキュリティホールを衝いてくる実行力がすごい。これはひとえに、数学への愛が成し遂げている。著者は、ガロアの論文を「人類に宛てたラブレター」だと評しているが、本書そのものが数学へ宛てたラブレターだといえる。

 そして数学を語るパート。数学の美しさ、華麗さ、勇壮さを熱っぽく力説するあまり、深く遠いところまで連れて行こうとする。著者曰く、わたしたちが学校で習う数学は、いわば猫のようなものだという。これに対し、ブレード群やガロア群、リーマン面といった現代数学は、トラなんだと。同じネコ科とはいえ、ずっと猫ばかり見せておいて、トラとはこのような生き物だと言ったとしても伝わるものではない。だから、堂々としたトラの姿を見てもらうために書いたという。そのトラの正体は、正直にいうと理解できなかった。

 もちろん、喩え話なら分かりやすい。例えば、「写真は、四次元の影である」という。4つ目の次元が時間を表わしているのなら、時間について「スライス」することは、写真にほかならない。動いている被写体の写真を撮るということは、時間軸でスライスして三次元の断片を作ることに相当するという(その後、三次元のスライスを二次元平面に射影することになる)。たくさん写真を重ねることで、動いている印象を作り出すことはアニメーションそのものだし、マルセル・デュシャン『階段を降りる裸婦像No.2』の例も腑に落ちる。

 だがこれを一般化して、n次元のフラットな空間の点を、n個の数で表すところから怪しくなる。直線や平面が「フラット」なのはいいとして、三次元空間が平べったいとはどういうことだろう? ここから曲率の話やリーマン面に連れて行かれると、理解が追いつかなくなる。それを補うための数式や証明が巻末注にまとめられているが、知っているのならいざしらず、未見のものは(この分量だけでは)噛みきれない。

 けれども、わたしは学んでいる。かつて『ゲーデル、エッシャー、バッハ(G.E.B)』に何度も挑戦し、挫折した経験から知っている。ポイントはこうだ。

 1) 分からないところは、いったんカッコでくくる
 2) その本だけで、学ぼうとしない

 分からない箇所にぶち当たったとき、注釈やネットを渉猟しても、「その理解のための大きなリソースを要する」ことが分かったなら、早々と撤退する。さもないと、先に進めることができなくなる。また、注釈が充実しているから、比喩が分かるからといって、その本だけで学べると思うのも禁物だ。その世界を見てもらおうと、例え話もそこそこにどんどんスピードを上げていくから(不完全性定理を『G.E.B』で理解しようとしたのが敗因)。

 学校の数学と異なる、大人の数学のメリットを生かそう。「数学は、待っていてくれる」のだ。試験や宿題といった制限時間を気にせず、ひたすら好きなだけ潜ればいいし、ダメなら他のルートを吟味すればいい。理解が困難な箇所や、手を動かす必要があるところは、別の入門書からやり直せばいい。

 本書の「トラ」ともう一度まみえるために、群論をやってみよう。対称性をはかる数学から世界がどう見えるか、わたしがどう更新されるか、楽しみだ。ブルーバックスの『群論入門』(芳沢光雄)からスタートするつもりだが、オススメがあったらご教授いただけると有難い。

 おまけ。p.273の正弦関数の値の印刷ミス(?)があった。φ=60度(π/3)なら、√3/2なんだけど、√が「3/2」全体にかかってた。改版時に直っているといいな。

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