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精神去勢された男どもに贈る爆弾『ファイト・クラブ』

ファイト・クラブ 男は黙って読め(命令形)

 生きてる実感が湧かないなら、自分が何なのか見失ったら、そしてあなたが男なら、強力に切実にこれを薦める。長いこと絶版状態だったのだが、ようやく新版が出た。やっと安心して言える、読め、とね。

 わたしは、「良い子」から「良い大人」になるように育てられてきた。受験もスポーツも就職も、周囲の期待に応えることばかりに費やされてきた。両親や教師、ひいては上司の期待に応えるために、「わたし」そのものを費やしてきた。良い子、良い社会人、良い夫、良い父、理想のパラメタとの FIT/GAP を埋めるための努力だけが、「努力」だと思い込んできた。そこには「わたし」なんてない。パラメタ化された外側だけしかない。

 この主人公「ぼく」がそうだ。生きている気がせず、不眠症の頭を抱え、ずっと宙吊り状態の人生に嫌気がさしている。そんなぼくと出会ったタイラーはこう言う、「おれを力いっぱい殴ってくれ」。そしてファイト・クラブで殴り合うことで、命の痛みを確かめる。

 最初から最後まで、名前を持たない「ぼく」は、読み手自身を重ね合わせ、注ぎ込むための器だ。そして、「ぼく」を殴るタイラーは、剥き出しの欲望そのものだ。これは、「わたし」だ、精神的に去勢された「わたしの物語」なのだ。この器に注ぎ込まれたアドレナリンは、読み干すそばから体内で沸々と滾っていることに気づくだろう。

 小説を読んでいると、えげつなかったり嫌悪したり、新しさに息を呑んだりする"もの"を見せつけられる。でも、それは私自身の中にずっと前から居たものを、作者が抉りだして、ホラ、これが君の中に隠れてたやつだよ、と示してくれたにすぎない。

 この小説ではタイラーだ。自信と力とセックスに満ちあふれ、知性と人望に恵まれている、USAの中二病の権化だ。わたしの裡に潜んでいた"もの"を、タイラーに置き換えてたんだ気づいたとき、喜びと恐れと震えが、とまらなくなった。読後、"タイラーなるもの"は、感応式爆弾のように胸に埋め込まれる。

 大事なことだからもう一度、男は黙って読め(命令形)。人生の持ち時間がゼロになる前に、読め。

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