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結果から原因を探る数学『逆問題の考え方』

逆問題の考え方 わたしが知ってる数学は、“半分”でしかなかった。もう半分は、生々しく、荒々しい。同時に、数学の「正しさ」について強制的に考えさせられる。

 わたしの知ってる数学は、「原因→結果」に従う。すなわち、原因を既知として法則に沿って計算する。万有引力から食塩水の濃度まで、自然界を則るルールの理解や予測に役立つ。本書によると、これは「順問題」と呼ぶ。

 一方で、「結果→原因」を求める数学がある。現象の原因を観測結果から、逆のパスを通して決定・推定する問題だ。これが「逆問題」だ。逆問題を意識しないとき、「順問題」は、単に「問題」と呼ばれる。わたしが数学の全てだと信じてきた問題の大半は、これだったのだ。

 たとえば、放射性物質で汚染された水を入れる貯水槽の問題がある。

【順問題】

ある貯水槽に放射性物質で汚染された水が流れ込み、混ぜ合わされ、流れ出ている。ある日、貯水槽の放射性物質濃度は、1Lあたり24.0ベクレルだった。このとき、n日後の貯水槽の放射性物質濃度を求めよ。(L:リットル、kL:キロリットル)

貯水槽の容量 10,000 kL
流入する汚染水の放射性物質濃度 120ベクレル/L
流入する汚染水 200 kL(同量が流出する)

 これは分かる。原理はあれだ、食塩水を混ぜ合わせるやつ。中学でやったけれど、その一般化したもので、数列を学んだ高校生なら解ける。

【逆問題】

貯水槽の容量は順問題と同じ。xとyを求めよ。

ある日の貯水槽の放射性物質の濃度 24.0ベクレル
1日後の貯水槽の放射性物質の濃度 25.9ベクレル
2日後の貯水槽の放射性物質の濃度 27.6ベクレル
汚染水の放射性物質濃度 1Lあたり x ベクレル
流入する汚染水 y kL(同量が流出する)

 順問題と逆問題は、与えられる値と求める値が、そっくり入れ替わっている。こっちの方が、より生々しい。流入する水の汚染度や量なんて正確に測れるはずもなく、せいぜい貯水槽に溜まった汚染水を遠隔から測定するぐらいだろう。ピンポイントで得られた現象から、原理を捻出する。これが逆問題だ。

 当然、これまで慣れ親しんだやり方で解を導くことはできない。順問題で立てた式のx,yを消すように変形していくのだが、これがアクロバティックで面白い。さらに面白いのは、得られる解が一意でないところ。つまり、測った濃度がちょっとでも違うと、x,yの値が大きく変動する。解は安定していないし、そもそも一つとは限らない。ひょっとすると「解が存在する」という保証すらないのだ。

 たくさん数式が出てくるが、著者がガイドしてくれるのでありがたい。ともすると誤差のせいで解が暴れ出し、離散するのを抑制し、“ねじふせる”テクニックが凄い。ときにエレガントに、ときにアグレッシブに式を変形する豪腕と、清涼剤のつもりか頻出するオヤジギャグとの落差が激しい。

 だが、一気に加速する。汚染水の濃度ぐらいなら追いかけられるが、プランクのエネルギー量子発見のアプローチ、隕石衝突による恐竜絶滅説の裏付け、シュレディンガー方程式による量子化になると、ついていくのがやっとになる。チホノフの正則化、ムーア・ペンローズ逆行列や、ハイゼンベルクのS行列のあたりになると白旗を上げるしかない。

 それでも、「逆問題の考え方」なるものがどういうアプローチを経ているか伝わってくる。帰納や演繹といった既知のルートで数式を扱うオペレーションとしての数学ではなく、いわばアブダクションを実践する数学なんだね。ニュートンもアインシュタインも逆問題を解いてきた。その答え合わせとして多くの順問題が生み出され、解かれてきた。逆問題こそが、パラダイムシフトを加速させる。

 必死になって数式を追いかけていくうち、解とは何か、何をもって「解いた」と言えるのかという、根源的な問いを突きつけられていることに気づく。数学自身の役割への問いかけは、ゲーデルがやった仕事に近似して、人間の認識の領域に立ち入ることになる。

 人間が現象の理解することに対し、数学は決定的な役割を果たしてきた。それは、「数学が実在として自然に組み込まれているから」だという。だとするなら、人間の認識領域の限界は、数学が決めていることになる(数学で分かる範囲でしか世界を認識できない)。ほんとうだろうか? 統計とコンピュータをフル活用することで、「人が(まだ)理解できない数学」を生み出すことはできないだろうか。この課題は、レイコフを経由した後で戻るとしよう。

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» 学問としての数学と道具としての数学 [今日も8時間睡眠]
これを読んだ。 結果から原因を探る数学『逆問題の考え方』: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる 紹介されてる本は読んでないけど、この記事を読む限り、「理学部の数学と工学部の数学の違い」のことを話しているように感じた。もう少しいうと、数学を学問として見るのか、道具として見るのかの違いだ。 世間で使われる数学においては、「道具」としての使い方が重要だ。しかし、それは「学問としての数学」とは一致しない。道具として使うときには「学問としての数学」において導かれた結果を応用することにはなるんだ... [続きを読む]

受信: 2015.02.11 08:10

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