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妻の『The Last of Us』の解釈が秀逸すぎる

 この記事では盛大にネタバレしてるのでご注意を。

TheLastofUs 未プレイの方には、断言する、ハードごと買う価値がある。ここでは、わたしがプレイしている横で見ていた妻の観点が、あまりにも目鱗だったのでまとめた。

 基本、わたしする人、妻みてる人。敵の動線を予測したり、見落としたアイテムを指摘するのが彼女の役目。アクションが好きなわたしと、ギミックやパズルが好きな彼女との役割分担だ。完全に没入して号泣しているわたしと対照的に、冷静に観る彼女からは沢山の気づきと驚きをくれた。「 Bill と Joel でビリー・ジョエル、歌手になりたかったんでしょ」なんて小ネタを教えてくれたのも妻だ。

 そんな妻が、ラストのあの意味深なシーン(エリーの"okey")を観て、こう言った。「タイトルには、二重の意味が隠されているね」

 つまりこうだ。『The Last of Us』は、二つの解釈の仕方がある。一つは、死地をくぐり抜けてきたパートナーとしての「わたしたちの終わり」という意味。「抗体を持った人が沢山見つかった」というジョエルの嘘を見破ったエリーが、二人の絆の終わりを自覚したというのだ。死んだ娘に重ねようとしはじめたジョエルと、かけがえのないパートナーとして見ていたエリーの、「ラスト」。「二人の、決別としての"The Last"と読み取れる。もうジョエルを信頼できない、と悟ったから」だという。

 もう一つは、「人類の終わりとしてのわたしたち」という意味。エリーがジョエルに「誓って」と告げるシーンの直前、こっそり腕の傷を見つめていたことを指摘する。そして、「あの傷痕は、大きくなっている」というのだ。そもそも、抗体を持った人からワクチンを作るために、何も殺す必要はないはず。生体の一部───たとえば血液を採取すればいいはずなのに、彼女の中から「何か」を取り出そうとしていた。

 その「何か」とは、(血液抗体ではなく)一種の寄生菌だとマーリーンは告げる。普通の人が感染すると、数時間で急激に拡大し、脳を乗っ取られてしまう(『寄生獣』のように)。そしてランナーやクリッカーになると、もう同化してしまって取り出すことができなくなる。しかしエリーの場合は、そのスピードが非常にゆっくりしているため、未同化の状態で取り出し、特効薬を作ることができる。もちろん、そのためにはエリーの命を奪うことになるが。ファイアフライたちがあれほど急いだのも、エリーが凶暴化するのではなく、エリーの中のものが同化して役に立たなくなるのを恐れたため。抗体は期限つきであり、それが尽きる"The Last"が、エリーがエリーでいられる時間だという。

 こう考えると、サムとヘンリーのエピソードが効いてくる。サムの「奴らって、意識はあるのかな?」の台詞だ。記憶はまだ残っているのに、そうしたくないのに、肉親や友人を襲ってしまうのではないか?そう考えるサムに、ヘンリーは「魂は天国に行っているのだから」と慰める。そして翌朝、“奴ら”になったサムがエリーを襲う。彼女を助けようとすると、「俺の弟だぞ!」とヘンリーは叫んで───SUMMER編のクライマックスだ。ヘンリーは撃てたが、その撃鉄は、あまりにも重すぎた。そういえば、ビルがこう言ってた「この世の中は、大切なものをもってる奴から死んでいくんだ」。ジョエルが生きのびてきたのは、「大切なもの」を既に喪っていたからだと言える。

 だが、もし、エリーがそうなったら、撃てるか?そして、もし撃ったなら、ジョエルはヘンリーと同じ運命をたどるのか?エリーが噛まれたとき、一緒に噛まれた親友が言ったことも重なってくる。「待ってればいいじゃない? どうせ、最後はみんなおかしくなっちゃうんだからって。あたしはまだ待ってるの」。そして、待っている時間の尽きるときこそが、二人の旅の終わりになる。

 これは、ファイアフライの大義と、変態ロリコン野郎の双方にも効いてくる。人を殺して、ワクチンを得る人と、人を殺して、食肉を得る人と、変わりはしない。どちらも、こういった。「これしか、ほかに方法がない」と。むしろ、変態ロリコン野郎の方が直裁的だ。「殺すから、生きられる。俺は、正直なだけだ。お前も、正直になれよ」と。両者が人類のなれの果てなのであれば、どちらにも与せず、お互いを大切な存在として最期を迎える、"The Last"となる。人類なんか、クソ喰らえってね───というのが、妻の解釈。

 え、あの水力発電所は?弟のトミーは?と驚いて彼女に問う。「もちろん、全滅してる。でなければ、エリーが発症して全滅させる(もちろんジョエルは撃てない)。これだけ溜めてきたのだから、エリーのソウルジェムは、きっと真ッ黒のはず」

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コメント

ウッ…やめてください…
いい話だと思ってたのに…

投稿: あ | 2015.01.05 15:06

>>あさん

すみません、そこに至るまでの旅があまりな過酷なので、「いい話」に落としたくなりますね……でも、どうしてもここに書いたような"The Last"にしか見えないのです。

投稿: Dain | 2015.01.11 07:13

うちの旦那は"Us(私たち)"と"US(United States)"をかけたダブルミーニングだ!と言っていました。足したらトリプルミーニングかな、とおもいました。(ちょっと違う)
私も奥様と全く同じ楽しみ方をしていたんですが、私の感想は逆で、「あのジョエルがエリーと最後を迎えるためにわざわざ嘘をついた」というところに、エリーとジョエルに初めて確固たる絆が生まれたのかな、というふうに見えました。
ボロボロになるまで旅し続けた2人には、平穏にアメリカの終焉を迎えて欲しいなあ…という希望的観測です。
全く関係ないですがBIOSHOCK infiniteについても、2人は別のティアで幸せに暮らしてるに違いない…と考えています。ラスアスと連続でやった(見た)んですがどちらも救われなさすぎてキツかったです。

投稿: | 2015.01.22 18:55

>> 名無しさん@2015.01.22 18:55

United States の発想は目鱗ォ
旦那さん素晴らしい!
他の国でどういうことが起きているか、知りたいですね(他国へ飛び火する『ブラッド・ミュージック』を思い出しました)。

物語が終わっても、その後を思いやるくらい、強いキャラクターなのですね。BIOSHOCKは最初の奴しかやってないのですが、infinite をやりたくなってきたw


投稿: Dain | 2015.01.22 23:59

僕はエリーの最後の「わかった」はジョエルとの訣別を意味してると思いましたね。エリーは死ぬ覚悟が出来ていて世界を救おうとしていたのに、ジョエルにその選択を奪われた不信感が生まれているのはムービーからも明らかですし、わざわざ最後に操作キャラがエリーに変わったのはエリーの自立を表しているのではないでしょうか。ですからthe last of usというのはエリー視点で、ジョエルと私のこれまでの(義理の親子とかパートナーとか)関係の終わりを意味していると思います。

投稿: い | 2015.03.19 16:52

>>いさん

コメントありがとうございます、異存ありません。
ただ、ブログにも書いたとおり、腕の傷痕やライリーとの話を重ね合わせると、もう一つの“読み”ができるのかと。

投稿: Dain | 2015.03.19 23:51

ファイヤーフライの医者が言っていたことが本当なら
「エリーの菌は突然変異種」なわけだから
人殺しも辞さない集団としては
「エリーに誰かを噛ませて突然変異種の増殖」をはかったほうが良いように思えた(予め隔離できるし)
それをしないことは科学者としての興味が先走ったからだと思う

つまり、個人的には「まだ希望はあるさ」ッて感じです
エリーの菌で抗体を作れる人を探せばいいのだから

投稿: loss | 2015.04.27 15:46

>> loss さん

なるほど、その手がありましたか!
ジョエルの気持ちは置いといて、エリーを種主として“飼う”わけですね。むしろ、この実験第一号は、ジョエルが名乗り出る展開になりそう。

投稿: Dain | 2015.04.29 07:01

私も最初傷痕が拡大してると思いましたが、
ノーティドッグが否定していたので拡大してないらしいです。

続編の噂も絶えないのでもしかしたら続編で語られるかもですね!

投稿: | 2015.04.30 19:24

>>名無しさん@2015.04.30 19:24

情報ありがとうございます。いったん世に出した作品の解釈は自由なので、Naughty Dog の見解は参考にさせていただきますね(文学に限らず、ゲームもこの域に達していると思います)
続編は楽しみ半分、不安半分です……

投稿: Dain | 2015.05.01 09:40

楽しく読ませていただきました!
他の考察も読んだのですが、
「エリーは、ジョエルにじぶんの選択を奪われたのが気に入らず、いずれはジョエルの元から離れ自立する。」
と書いてあって、なんだか本当の親子のようだと思いました!!
年頃の女の子の反抗期みたいだと…笑
そういう意味でも、この旅では固い絆が生まれたんじゃないかなぁ?と思います!

投稿: ぽこぺん | 2015.05.19 19:08

>>ぽこぺんさん

コメントありがとうございます。本当の親子よりも堅い絆で結ばれていると思います。ある意味、本当の親子だったなら、旅のどこかで二人とも自滅していると考えます。なぜなら、互いを守ろうとするから。ビルが言ってましたっけ、「この世の中は、大切なものをもってる奴から死んでいくんだ」と。

投稿: Dain | 2015.05.20 22:34

エリーがジョエルを受け入れたからこその、あの終わり方なんじゃないかな

投稿: | 2015.06.08 22:14

最後のムービーでエリーがナイフ持ってるね。あれは何の意味があるんだろう?

投稿: | 2015.06.12 14:21

ラストの水力発電所、よく見ると住人達歩いてるよ。
全滅してない。

投稿: | 2015.07.01 19:25

考察楽しく読ませていただきました。
今まで遊んだゲームで最高のストーリーだと思います。ラストシーンは溜息出まくりでした。

やはりラストは色々な考察ができるところですね。

私自身は、エリーがジョエルの嘘を見抜き、それを受け入れたという受け止め方をしました。
そのうえで、傷は広がっていないとの事ですが、「もしかしたらいつか発症して、ジョエルを襲ってしまうかもしれない」という耐え難い不安をエリーが抱いた、という表情に見えました。

「嘘を誓ったジョエル」と「いつか襲ってしまうかもしれないと考えるエリー」という構図です。

一つだけ個人的な希望としては、終盤ファイアフライの研究施設にて、エリーがジョエルに対して「自分は手術を受ける」という意思表示を行うシーンがあったらもっと良かったのにな~と思っています。

とにもかくにも最高のゲームです!

長文失礼

投稿: ハピ | 2015.07.15 14:34

>>ハピさん

ありがとうございます。「嘘を誓ったジョエル」と「いつか襲ってしまうかもしれないと考えるエリー」という構図は、とても深いと思います。自分の内なるモンスターに自覚的に生きるのは、辛すぎるラストですね。それでも、ジョエルと一緒なら乗り越えていける(いってもらいたい)と願わずにはいられません。

投稿: Dain | 2015.07.15 22:19

>かけがえのないパートナーとして見ていたエリーの、「ラスト」
>もうジョエルを信頼できない、と悟ったから

奥さんがそのような考えに至ったのは、このゲームを通してジョエルが信頼できない人間だと感じたのでしょうね。
もし奥さんがエリーならジョエルと決別するのでしょう。

もし私がエリーならジョエルから去ることなどとても考えられない。
それはゲームを通してジョエルはぶっきらぼうだけど信頼できる人間だと感じたからです。

作品の見方は自由なので私もコメントするつもりはなく斬新な解釈を楽しませてもらうだけのつもりだったのですが、奥さんの解釈にショックを受けておられる方がいたのでコメントを残させてもらうことにしました。
ショックを受けなくても大丈夫。
あなたがジョエルを信頼できると思ったなら、このお話はハッピーエンドですよ。

投稿: db | 2015.07.21 02:59

dbさんの言葉に救われてしまった笑

解釈はそれぞれと頭では知っているんですが心はコントロールできないものですね。

dbさんも人をここで一人救ってくれたわけです。ありがとー

投稿: yoi | 2015.07.23 23:02

開発者によると……というのは書かないでおくとして、自分もダブルミーニングだと思いました。
一つは、ジョエルとエリーの別れという意味。ただし、ジョエルの嘘を見破ったからではありません。
エリーにとって大事だったのは嘘をついたとかつかなかったとかではなく、相手のことを理解しようとする気持ちがあるのか、自分のことを理解してもらおうとする気持ちがあるのか、だったからです。
だからこそ、心の内を明かしたときに返ってきた言葉が、相手のことを大事に思ってはいるけど一方的なものだったときに、ジョエルはどうするかを確認することにした。
嘘をついたことを認めて、そのことを理解してもらおうと求めてくるか、あるいは否か。
その結果は、やはり一方的な言葉。ジョエルの中で完結してしまっていて、エリーとの対話は必要のない言葉。
でも、エリーが別れを決めたのは信頼ができなくなったからではなく、そこに寂しさを感じたからだと自分は思っています。
うまい表現ができないのですが、ジョエルに対して「他人」を感じてしまったといったところです。
しかし、だからといって自分はバッドエンドだと思いませんし、むしろ秀逸なエンドだと思いました。
その理由は、二つ目の意味につながります。
二つ目の意味とは、父親と娘の別れ。
ここでいう父親とはジョエルのことであり、娘とはエリーのことです。
一般的な父親がジョエルのような行動を起こせるかどうかは別として、娘の危機となれば死の淵から蘇ったばかりだろうと鬼神になり、娘の命を優先するためなら世界にとっての死神にもなる。それは、実際にジョエルがとった行動の是非は別として、ある意味、一般的な父親像だと自分は思います。
そうでなければ、ジョエルは世界中のゲーマーから非難を浴びることになっていたでしょう。
一方、そんなジョエルに対してのエリーはというと、やはり一般的な娘像(子供像)に当てはまるのではないかと自分は思い、それが父親と娘の別れと思った理由に繋がっています。
いわゆる、「いつまでも子供扱いしないでほしい」というやつですね。
そして、それが一つ目の意味のところで、バットエンドだとは思わないと書いた理由です。
家族とはいっても大人になったら(いい意味で)他人になる必要があり、それが自立するということ、子離れするということだと思うからです。
その過程で親子関係がうまくいかなくなったり、気持ちが離れてしまうことがあったとしても。
だから自分は、エリーがジョエルと別れてその後再会することがなかったとしても、いつかジョエルの気持ちを理解するのだろうと思っています。
おそらくジョエルも、さらに十年二十年と年齢を重ねたなら、もっと違う言葉の伝え方や接し方があったんじゃないか、ということを考えるのだろうとも。
あと、これは三つ目の意味になってしまうのかもしれないですが、タイトルがどどーんと出てくるタイミングが作中に二つあり、それがサラとの別れのあと、エリーとの別れのあとであることは、やはり何かしらの意味があるのだと思います。
それはエリーとの別れが「娘の別れ」であることを示唆しているのかもしれないですし、あるいは物語のテーマが「父親と娘の別れ」なのかもしれません。
「父親と娘の別れ」というより、「娘との別れを経験した父親が、その後、娘のように大切に思える存在と出会うも、再度の別れを経験することになってしまう物語」というほうが相応しいかもしれませんが。
でも、それだとやはりバッドエンドというか、あまり幸せな感じではなくなってしまいますね(笑)
ですが、エリーはジョエルとの旅で大きく成長したのは間違いないと考えると、ジョエルは父親として立派な役割を果たせたのであり、やはりバッドエンドではないと思います。
……なんか、長々と書きすぎですね(笑)
でも、それほど印象的なゲーム&エンディングでしたし、ラスアスとの出会いは本当に素敵なものだったと思います。
ラスアス2の噂がありますが、変に期待値を上げすぎないようにしながら、楽しみに待ちたいです。
あと、最近ダウンロード専用で発売されたゲームなのですが「Everybody's Gone To The Rapture -幸福な消失-」はプレイしてみる価値のあるゲームだと思います。
人によっては大きく評価が変わるタイプのゲームなのですが、できれば前情報などを仕入れることなくプレイしてみてほしいです。
自分は開始当初は「ん?もしやこれク○ゲーでは……」と思ったものの段々とハマっていき、2周目プレイの際には1周目では気づかなかった発見などがあったこともあり、ラスアスのエンディングを見た後のような気持ちになりました。
誰かと語り合いたい、自分の考察を思いっきりぶちまけたい、他の人はどんな考察をしたのか知りたくて仕方がないってやつです。
でも、「騙された!これ、ク○ゲーじゃないか!」ってなったらごめんなさい(笑)

投稿:   | 2015.08.17 18:44

すみません。
それはエリーとの別れが「娘の別れ」
→それはエリーとの別れが「娘との別れ」
です。
あと、(笑)が多くて不快に感じたなら申し訳ありません。
それと読み返して気がついたのですが、
「娘との別れを経験した父親が、その後、娘のように大切に思える存在と出会うも、再度の別れを経験することになってしまう物語」
と考えると、実はバッドエンドどころかハッピーエンドだったのかもしれません。
実の娘のサラとは死別することになったわけですが、どうしようもなかったとはいえ娘の命を守ることができなかったのは事実ですし、サラが一人の大人として自分のところを巣立っていくところを見れなかったのも事実です。
それが、その行動が世界にどのような運命をもたらすかはともかく娘のように思うエリーの命を救うことができて、彼女が自分のところを巣立っていく姿を見ることができたのですから。

投稿: | 2015.08.17 19:00

すみません。またまた追記です。
他の方のコメントを読んで思い出したのですが、タイトルが出てくるタイミングが一緒ということだけではなく、最初に操作するのはサラ、最後に操作するのはエリー。
というところにも何らかの意味があるように思いますし、それが「それはエリーとの別れが「娘との別れ」であることを示唆しているのかもしれないですし、あるいは物語のテーマが「父親と娘の別れ」なのかもしれません。」と思った理由の一つにもなっています。

投稿: | 2015.08.17 19:19

>>名無しさん@2015.08.17

コメントありがとうございます、プレイしていたときの想いが幾度も呼び覚まされました。ありがとうございます。「父と娘の別れ」からの分析は、確かにその通りだと想います。一番胸にきたコメントはここです。ラスアスの文明が崩壊した状況と、「いまここ」をそのまま比較はできませんが、親子の別離は普遍だと感じました。

>家族とはいっても大人になったら(いい意味で)他人になる必要があり、
>それが自立するということ、子離れするということだと思うからです。
>その過程で親子関係がうまくいかなくなったり、気持ちが離れてしまうことがあったとしても。

最初に操作するのはサラで、最後に操作するのはエリーだというご指摘も、改めて気づかされました。

『幸福な消失』は、Playstation Store で存在を知っていただけです。オススメに応じて、プレイしてみようかと。

投稿: Dain | 2015.08.20 09:03

考察楽しく読ませていただきました。触発されたので意見を書かせてください。
あえてハッピーエンド寄りに解釈すると、
タイトルは彼ら二人の旅の終わりと、
彼らが元に居たそれぞれの世界との区切り(決別)を意味しているのではないでしょうか。
ジョエルもトミーも夜にうなされるという描写が出てきます。
トミーの方はジョエルとしていたハンター時期の罪の意識からくる悪夢で、ジョエルの方は亡き娘の喪失感による悪夢でしょう。
道中、亡き娘との思い出に触れない様にしています。また初期はマーリーンやテスにくらべ信念があるようにはみえません。
エリーは、一人になる恐怖におびえながら親しい人が皆亡くなっていき自分の死を待っている(エンディングの言葉)と言います。
二人とも今まで過ごしていた世界を見つめながら生きています。
病院からの逃走劇を経て、エンディングではジョエルが自ら娘のことを語ります。そして何があっても戦う目的を見つけなきゃダメなんだとエリーを諭します。
エリーはジョエルの覚悟と、今までの待っている生き方からジョエルの言う戦う目的を見つける生き方に対して「わかった」と言ったのだと思います。
二人とも今までの世界との区切りを受け入れたという意味でのラストオブアスというのはいかがでしょうか。

ジョエルにとって「娘と過ごした世界」が「私たちの」
エリーにとって「マーリーンやライリーと過ごした世界」が「私たちの」
とすると、それが終わるのはそれぞれの世界と決別をして、信頼のおける人物と新しい生き方に希望を見いだす。と感じました。

前にコメントされている方が指摘したタイトルが出るタイミングも、
その後に登場人物にとって世界が変わった「区切り」と捉えれば、最後のタイトルは一度目のタイトル以降の悲観的な世界から、希望を見いだす世界へと変わることを示唆している様に思えます。

投稿: | 2015.09.09 21:41

>>名無しさん@2015.09.09 21:41

ありがとうございます!
色々な見方ができますが、名無しさんご指摘の解釈こそ、希望の見える健全なラスト(of us)だと思います。比較すると、わたし(と妻)の暗さというか歪みがよく出ますね。
とはいえ、もとのきっかけは、エリーの掻き傷が大きくなっていること、摘出(?)手術が急がれたことへの気づきです。ただの見間違いに附すのも可能ですが、どうしても、彼女がそのままでいられるとは思えないのです。アンチ・ハッピーエンド主義者の呪詛だと思ってください。

投稿: Dain | 2015.09.10 21:44

いろいろな考察が出来るのは面白いですね。
アンチ・ハッピーエンドに捉えられる描写はいくつもあった様に思います。

エリーの傷。
医者は本当に抗体を作れるのか。
ジョエルが最後に無抵抗で非武装の人間(看護師)を殺すことができる。
エリーがいなくなった後のファイヤーフライはどうなるのか。
ジョエルとエリーの最後の会話があまりかみ合っていない。
猿にも感染する。

エリーの傷は映画インセプションの回る独楽のようなどちらにでも解釈できる描写であると思います。
最後にジョエルが看護師を殺す選択は、プレイヤーに委ねられています。
プレイヤーがエンディングを自由な解釈をできるように取り入れたゲーム性かもしれませんね。

投稿: | 2015.09.11 14:19

>>名無しさん@2015.09.11 14:19

クリアしてずっと後になって知ったのですが、看護婦を「殺さない」という選択があったのですね……(私は、ためらうことなく斃しました、うるさい邪魔モノを取り除くようなつもりで)。ラストに至るまで、「殺さなければ殺される」という理由だったのですが、最後のあの人だけは、ジョエル(=プレイヤー)の良心(?)を試す役でもあったのですね。
「殺さない」選択をしたことはありませんが、仮に殺さなかったとすれば、また別の解釈を促されるような気がします。

『インセプション』、実は未見ですごーく気になっていたのですが、がぜん観たくなりました! "独楽"に注意して観ることにします、ありがとうございます。

投稿: Dain | 2015.09.11 22:11

ハッピーエンドな解釈:娘を失ってから仕事にのみ生きていたジョエルは、自らの昏睡状態の中で、生を強く考えるようになった。その結果としてジョエルはエリーを連れ出した。ジョエルのあの嘘は、結果的に薬ができなくて世界を終わらせることになるかもしれない。(つまりラストオブアスは世界のオワリ)でも、ここでエリーを失うのは、自分が人間として終わってしまう+エリーはまだ終わってはいけない思った。生きる意味だった仕事を放棄したことと、新たに芽生えつつある感情に揺れるジョエル。揺れるジョエルを受け入れて前へ共に進むことを決めたエリーとの信頼が見えたと思う。

投稿: | 2015.10.09 05:41

お前の妻はブローター

投稿: ハピバ | 2015.10.20 09:55

古い記事に今更ですが。
Last of Us ではなく、The Last of Us で、「我々の終わり」のように解釈するのではなく、「我々の今」と読むのではないのかなと。LastとThe Last では違う意味合いもあるので。Theがつく方は「近況」でもあって、つまり現在進行形でまだ続いてるんですね。
娘を失った父親が娘を得て、ひとりぼっちの少女が父親を得る。世界は荒廃していて人々の絆も薄れているけど、私たちは親子として「今、頑張って生きてます」。
と言うタイトルなのでは。
ジョエルとエリーの間には、最初は信頼の欠片もありませんでした。それが次第になくてはならない存在になり、利己的な性格のジョエルは最後まで利己的に「世界よりも娘を選んだ」わけですが、そもそも最初はいがみあってた赤の他人だったわけです。ジョエルにとってエリーはもう本当に娘になっていた。で、お前の為に世界捨てて来ました、と言ったら、賢いエリーのことだから物凄く怒るのではないかと。それで言葉にできたのが精一杯の嘘。もちろん、それも嘘だとバレバレなのも解って言っているはず。
エリーの方も、ジョエルは生き残る為に平気で奪いもするし殺しもする人物なのを見てきているわけで、世界の為に自分(エリー)を見捨てる選択もありえたのに、そうしなかったのを知った。その瞬間、父親なんだなと悟ったのではないかなと。ただ、エリーは父親を得たけれど、その向こうでたぶん、医者たちがどうなったかに勘づいてしまうから、喜ぶに喜べない。だから微妙な顔になる。
最後のやりとりは、あれは言葉の上では別の会話をしてるけれど、「ずっと私の父親なの?」「ずっとお前の父親だ」って言う会話なんだと私は思いました。
よく、一番絶賛されているキリンのシーン。ああいう「生命」を見るシーンなども全部繋がってきて、「二人で生きてますよ」なんだと思いますよ。

投稿: T.N | 2015.11.15 17:24

孤独になることにあれほど怯え、ジョエルと共にいることをあれほど願っていたエリーなので、決別の意味でのlastではないかなーと考えます。それにしてもいろいろな解釈があり得るんですね。

投稿: | 2015.11.17 17:30

>>T.Nさん

なるほど! 「ずっと私の父親なの?」「ずっとお前の父親だ」という会話を、あの問答で代行しているわけですね。確かに、キリンのあのシーンの生命の躍動感とつなげると、そんなラストにも見えます。悲しみを背負ったうえで、それでも互いが互いを選んで生きていく、という結末ですね。ありがとうございます、ずっと暗い"The Last"だったので、こういう力強い見方を教えてもらえると、嬉しいです。

>>名無し@2015.11.17 17:30さん

決別の意味でのlastもありだと思います。ブログに書いて良かったなぁ、と思うのは、こうして沢山の鋭い(温かい)見方を知ることですね。

投稿: Dain | 2015.11.18 21:23

ジョエルとジョエルの弟が馬に乗ってエリーを探しにいくシーンあったかと思います。
そこでエリーがジョエルに、
「みんな私をおいていったけどあんただけは一緒にいてくれた。」と言っていたと思います。なのにラストでエリーの方から決別することは
ないかと思いました。

投稿: ぽんぺ | 2016.02.11 01:37

いろんな考察が生まれるっていうのはええ作品の証拠ですよね〜

上の人が書いてはったけど"the last"が「終わり」と「続き」のダブルミーニング説はかなり有力ですな。

続きがあるなら是非やりたいものです。

投稿: | 2016.02.23 21:48

>>名無しさん@2016.02.23 21:48

はい、さまざまな「読み」の余白を残しているところ、その動機づけをしてくれているのは、傑作の証だと思います。

まさかとは思いますが、続編というか前日譚になる "Left Behind" はご存知ですよね。もし未プレイなら、ぜひ。

投稿: Dain | 2016.02.24 00:01

エリーの傷跡は何も変異してないですよ
ライティングの具合で変わって見えますけど
某掲示板に貼られていた比較画像を拝借してきましたがテクスチャは全く同じです
http://i.imgur.com/t6NiaiV.jpg

本編の後(たしか半年後)の話も舞台化されてたりするので
記事の中の終盤に書いてあるようなことは
いくらか飛躍しすぎな気がします

しかしデイビッドとファイアフライを重ねて考えてるのは中々興味深い解釈だと思いました。

投稿: B | 2016.04.12 20:40

>>B さん

おおお!
テクスチャの比較画像、ありがとうございます。ラストでエリーが見せる傷跡がオレンジ色に変異して大きく見えたのですが、見間違いだったんですね。おかげで、(ある意味で)安心できました。自分が生み出したバッドエンドの呪縛から解放されました。

投稿: Dain | 2016.04.14 00:17

勘違いしてる方たくさんいるけど
傷跡は全く変化してないんですよ…
見比べてみれば一発でわかりますし
何より製作陣が否定してます

投稿: | 2016.04.30 01:14

>>名無しさん@2016.04.30 01:14

コメントありがとうございます。2016.04.12 20:40に画像で示していただいたBさんのおかげで、わたしの見間違いが明らかになりました。

「製作陣が否定」しているところは気になりますね……

投稿: Dain | 2016.05.01 10:06

コメントするには今さらな話ですが、折角なので私も自分の解釈をコメントさせた頂きたいと思います。

私はラストシーンで二点ほど感じ入りました。

まずは最後のセリフの「誓ってよ」という言葉の解釈です。
ここは「本当の事を言って」ではなく「本当の事だと誓って」と言った事に意味を感じました。
ここでエリーが求めたのは、その言葉が真実であるかどうかではなく、その言葉を誓う、つまりその言葉を「嘘であったと翻すことなく守り続ける」という事だったのではないか、つまりエリーを助けた事を、後悔しないかどうかを問いかけた様に思いました。

そして、ムービーシーンでは誓うとジョエルが答えた後、しばらく目を泳がせた後、最後はまっすぐ前をみて「わかった」といったことで、エリーがジョエルの言葉を受け入れ信じて前を向く決意を持ったことを表現したのではないでしょうか。

それを踏まえたうえでの二点め。
最後の操作がエリー視点に変わったときにプレイヤーが最後に行う操作が、「よし、任せろ」と言ったジョエルの手を掴むという動作。

言葉にしづらいですが、ここで手を差し伸べられ、そしてそれをプレイヤーの操作で掴むという動作に互いの思い、特にエリー側のジョエルへの絆の様なものを表現したのではないかと思います。
だからこそ、その絆の最後の確認として、「誓ってよ」という言葉になったのではないかと思います。

さすがに深読みしすぎな気もしてしまいますが、それでもそう考えると、最後のシーンでエリーはジョエルを信じて、共に生きていくと決めたんだとそう感じました。

投稿: 通りすがりの一見 | 2016.05.03 16:01

>>通りすがりの一見さん

コメントありがとうございます。

>ここは「本当の事を言って」ではなく
>「本当の事だと誓って」と言った事に意味を感じました。

なるほど! エリーが求めたのは、真実というよりも、むしろジョエルがどのように向き合おうとしているかなんですね。そして、「プレイヤーが最後に行う操作」がものすごく象徴的ですね。通りすがりの一見さんの見方で深くなりました。ありがとうございます。

投稿: Dain | 2016.05.06 10:02

まず、lastは一連の物事の直近の、という意味での「最後」であって、finalのような完了・終結じゃないですね。

それに、エリーは「ジョエルが言ったことは本当だと誓って」と自らそう望んで願い出てるんです。

嘘でもこの場合には良かれと飲み込んで責任を合わせ持って生きていくことを是としています。

そして、エリーはジョエルの誓いを受け取り、「微妙」(という言葉の本来の意味で)の希望の目をして終幕します。

ちなみに、ジョエルの言うように、自分の運命を自分以外の物事に委ねずに、自己決定することも是とされています。

マーリーンが自身の最後に命乞いをして結局自分の生存第一だと露呈する前後でも、ジョエルは「生殺与奪の運命を決めるのは本人」という考えを一貫させています。

マイケル・サンデルの「正義の話」が取り沙汰されている昨今での、一アメリカ人の考え方が提示されています。

あと、ジョエルは「何十人も免疫を持っていて、治療法の開発をやめた」と言っています。

これは何も100%の虚構じゃないです。

現にエリーは免疫を持っていて、彼女の幸せを願い守っていく決意をしているジョエルが努めて生きていくことで、いずれエリーも良き伴侶を得て、免疫を期待できる子孫を残していく、希望は生き残っているわけです、ロジックとしても。

割とシンプルです。少なくとも作者のアメリカ人らしい一般的な発想の第一としては。

投稿: | 2016.06.19 04:12

>>名無しさん@2016.06.19 04:12

この発想は考えてもみませんでした→「いずれエリーも良き伴侶を得て、免疫を期待できる子孫を残していく」

確かにそう考えると、100%嘘というわけでもなく、確かに希望は残っていますね。そして、ご指摘の通りいかにもアメリカ人らしい発想だと思います。

希望が見えない私の考えた未来よりも、ずっと素晴らしいラストです。教えていただき、ありがとうございます!

投稿: Dain | 2016.06.19 10:26

今更ながらドラマのWalking Deadを観てラストオブアスを思い出し、考察を拝読いたしました。
私の英語力は海外で何とか意志疎通できる程度のレベルですが、
この作品においての「The Last」は「そこに至るまで」という意味に捉えるのが妥当かと思います。
1年を通してストーリーが描かれているので、エンディング(もしくはプレイした人が想像する未来)に至るまでの経緯であって、「最後」という意味合いは含まれないように思います。
この点は十年以上海外で働いている元同僚がこのゲームをプレイしていれば明確な回答を得られると思いますので、確認してみたいと思います。
エンディングの解釈に関しては、もちろん各人に委ねる作りではありますが、ノーティドッグは希望を持たせる作品を提供する会社であると私は思います。
私自身アニメーション制作会社に勤めていますが、私の会社は視聴率だけを求めた作品は作っていません。
もちろんスポンサーを得るために譲らざるを得ない部分等ありますが、視聴者に希望を失わせるような作品は作っていないつもりでいます。
ラストオブアス、アンチャーテッドをプレイして、ノーティからも同様の姿勢を感じています。
奥様の視点は私の持ち合わせていないものとして尊敬の念もありますが、ノーティはそのような作品は作らないと私は信じています。
未プレイですが、もし、アンチャ4が希望を持てないようなエンディングなのだとしたら、私がノーティに対して抱いているものは間違であると認めなければなりません。
脈絡もない文章のうえ、気を悪くされたら申し訳ありません。
ただ、エンタテインメントに携わっている者として書かずにはいられませんでした。

投稿: crase | 2016.07.11 01:08

>>craseさん

こんな昔のエントリを読んでいただき、さらに希望の持てるコメントをいただき、ありがとうございます。「The Last」は、その後の「US」を「United States」と読んだり「わたしたち」と捉えることで色々な解釈ができそうです。わたしの場合、イディオム「at last」に引きずられて、「結局」から「最後の」という意味にとってしまったのだと思います。

ノーティドッグの他の作品をプレイしていないので、作風や姿勢について分からないのですが、craseさんのように希望があると言っていただけると、とても嬉しいです。

この記事で述べた解釈は、(書いたわたしが言うのも何ですが)あまりにも無残で、生々しく、絶望に満ちています。なぜこのような解釈をしたのかというと、思い当たることがあります。

ファイヤフライの手術室からエリーを救い出すとき、医師と看護婦がいたことを覚えているでしょうか。その部屋に入るまでは、撃ってくる相手を排除しないと先に進めませんでしたが、医師と看護婦はただ怯えているだけでした(「撃たないで!」と両手を挙げていたかも)。

わたしは撃ちました。問答無用で。怒りに我を忘れていたのかもしれません。わたしは(おそらく)笑っていたと思います。無抵抗な相手を撃つのは、(最初の「殺してくれ」と懇願した人を除き)これが最初で最後だと思います。

エリーのためとはいえ、無抵抗な人を、笑いながら撃つ。あまりにも無残で、生々しく、絶望に満ちています。わたしは、この瞬間から、希望を投げ捨てたのだと思っています。

だから、craseさんの言う「希望が見える解釈」は、とてもありがたいのです。「たかがゲーム」という人もいるかもしれませんが、ゲームの中での判断と行動は「わたし」そのものです。絶望的なラストに行こうとするわたしを引き戻してくださっているようで、嬉しいのです。

アニメは大好物なので、ひょっとするとcraseさんの作品を見ているかもしれません。「SHIROBAKO」からタイト&ハードなお仕事だとうかがいます。無理なさらずよう、頑張ってくださいね。

投稿: Dain | 2016.07.11 22:01

ノーティがコメント出してたかガセかは忘れたけど、あのラストのやりとりでエリーはジョエルとの溝を感じて袂を別つ要因になるってあったと思う。

実際にコミックの収集のラストは「真実を口に出すことができるか?」なのでエリーは期待していたはず、ジョエルから真実を聞いて一人の人間としての信頼を得ることに。

それはエリーがラスト、ジョエルに話しかけるとき躊躇しながらも左手の薬指を触ってる事からも「子供、娘の代替ではなく、1人の人間として扱って欲しい」という意思表示で、それに対してジョエルは最初から娘のサラの話をして、ラストのエリーの問いかけにも娘から貰った腕時計を擦ってから応えている。この時点でお互いの相手に対する感覚が違うとエリーは感付き、「誓う」という海外では重い言葉で最後の判断をする。

一瞬躊躇するジョエルだけど「誓うよ」と返された時エリーが目を泳がせたのは「それならいいか」というよりは「諦め」と「仕方ない」って意味合いが強いと思う。
娘のことがトラウマになってたジョエルにとってただの荷物とガキというエリーが、トラウマと向き合う事で「娘のようになってしまった」ことが大きい。
エリーが戦闘に加わりたがったのも子供ながらの好奇心というより「荷物でもガキでもない、パートナーでありたい」って意思があったように思うが、ジョエルには伝わらなかった。

ラスアス2でも触れられるかもしれないけど、中年オヤジのジョエルとしてはごく普通の思考だろうけどね。10代そこそこで大人びている考えを持つエリーだけどやはりそこは子供だから、そこら辺のジョエルの気持ちは読み取れないかな?とは思った。お互いにね。

久しぶりにラスアスやってみたけど景色綺麗だわw

投稿: T | 2016.07.16 15:53

読んでいるかわかりませんが補足で。
主さん夫婦の解釈は凄く理にかなった解釈だと思う。
このゲームをする時にエリーとジョエルをペアで見るか、エリーとジョエルを分けて見るかで変わってきます。
というのもプレイヤーはほぼ完全にジョエルです。
ジョエルの視点から見ればサラを亡くした痛みを受け入れ、エリーと共に弟の住む町で大団円。

しかし、エリーにとっては親友を亡くした感染者を防ぐ希望の人間というものを無くし、これからも感染と共に生き戦わなくてはいけない。
ジョエルにとってlastでもエリーは質の悪いジョークみたいなものでlostしたものが多い終わりになってる。
ジョエルの「戦う理由を」ってのはある意味エリーからしたら「戦う必要のなくなった人の言葉」になってしまってる。
多分ラストのエリー操作で思った人も多いと思うけど「ジョエルがよく喋る」「エリーの様子を見るわけでもなく先へと進む」違和感。これってプレイヤーがジョエル操作するとやらないことですよね。

ラスアスの醍醐味であるエリーとの交流。敵のいない場所では基本的にエリーに気をかけるプレイヤーは多いはず。ところがエリーをプレイヤーとして見た時のジョエルは手を貸す程度しかしない。

ノーティがゲーム作品で一番時間をかけた作品で表情もフェイシャルではなく手作業、日本語版声優の山寺宏一さんが「声優人生で一番難しい要求を受けた」とあるほどの作り込み、希望あるエンディングであるように見える反面、世界が残酷であるという現実。見方はいろいろあって面白いですね

投稿: T | 2016.07.18 03:47

>>Tさん

コメントありがとうございます。「誓うよ」という返事に、目を泳がせたエリーの心の内や、ラストのエリー操作中のジョエルの態度の違和感など、ホントその通りだと思います。特に最後。エリーを(わざわざ)操作させているのが不思議だったのですが、Tさんのコメントのおかげで、劇中のジョエルとエリー(=プレイヤー)との距離感が表れていると思うようになりました。ありがとうございます。

これだけの地獄をくぐり抜けてきたのだから、大団円にしたいと願うプレイヤーの思惑が、(いい意味で)裏切られているシーンだと思います。

……もっとも、そんな裏読みなどしないほうが、ある意味、幸せなのかもしれません。

投稿: Dain | 2016.07.18 10:19

エリーの傷が広がってるという点ですが、
それは公式が否定しましたよ

投稿: | 2016.07.21 15:31

なんかDainさんの返信見てたらわかりますが
ちょっと自分の書きこんだ考察を過信しすぎじゃないですか?
裏読みしないほうが幸せとか
いい話で終わらせたかったですねとか
公式が言ってるわけじゃないのにちょっと馬鹿みたいです

投稿: | 2016.07.21 15:34

>>名無しさん@2016.07.21 15:34

ご指摘ありがとうございます、確かに「馬鹿みたい」だと思います。公式云々はどうでもいいです。素晴らしい作品に出合った時、(クリエイターの伝えたいことを受けとめたうえで)どうしたらもっと面白くなれるかを嬲るのが、受け手の役割なのです(解釈とかテクストとか言われてます)。

この辺り、もっと一緒に楽しめるといいですね

投稿: Dain | 2016.07.22 00:32

Dain様

お返事いただき嬉しく思います。
改めて私の書き込みを見返すと、断定した言い回しになっている部分もあり、反省すべき内容でした。

私はエンタテインメントの役割は、エンドユーザーが成長するための助力になるものと思っています。
誹謗中傷でない議論や意見交換は重要な要素だと思います。
自己満足のための書き込みで気分を害することもあると思いますが、無理せず続けてください。

ちなみに私の会社のメイン作品は男性ならほぼ100%知っていると思いますw
私は営業なのでスタジオのような大変さはありませんw
お気遣いありがとうございます。

投稿: crease | 2016.07.25 11:52

>>crease様

ありがとうございます。「物語をいかに解釈するか」についてはルール無用・断定上等・楽しんだもの勝ちだと思っていますので、問題ありません。だから、わざわざコメントをいただいて恐縮しております。

「男性ならほぼ100%知っている」はヒントというより答えですね。秋の2期目は正座して首長くして楽しみにしています。

投稿: Dain | 2016.07.26 21:38

解釈やテクストというのはとても大切な事だと思いますですが確かに過信しすぎという印象を受けます
もう少し謙虚であれば先の名無しさんのようなコメントもなかったでしょう

少なくとも収集品でエリーの傷は全く進行してないと言われているので、確かにぱっと見はそう見えなくはないのですが腕の傷云々は全部違いますね
また、水力発電所やトミーの話はさすがに雑すぎますね
エリーの傷が進行してない以上エリーが殺すことはないでしょうし

最後のokeyについては「嘘に付き合う」ということを決意したという解釈もありますがここがこのブログの解釈のようにthe last of usなのか違うのかはあまり重要ではないかもしれません

これだけ色々文句を付けましたが、大筋の感染者もファイアフライも軍も全部やばいっていう大筋の解釈には同意です
これについては多くの人がそう解釈しているのでそう目新しい事もありませんが、タイトルに合ったよい解釈だと思います

投稿: | 2016.08.10 22:43

コメント欄も含め、この記事は本当に面白かったです。有難うございました。
ノーティさんに送りたいくらいですね。
続編の情報が少し出ていますが、ここに書かれていた「US」=「United States」の解釈が活きそうなサブタイトルですね。「the last of united states:American daughters」でわりと綺麗に意味が繋がります。もちろんダブルミーニングやトリプルミーニングのうちの一つとしてですが。

投稿: | 2016.08.14 16:24

>>名無しさん@2016.08.14 16:24

情報ありがとう ございます、「American daughters」は穏やかならぬイラストを見つけて驚いているところです(ガスマスク付けた少女がどう見ても妊娠しているやつ……エリー?)。作り手を離れた作品は様々な解釈を生み、それがフィードバックされるという流れになると面白いかもしれませんね。

投稿: Dain | 2016.08.14 20:38

でもなー、「ジョエルは嘘をついた、もう信用できない」なんて、エリーはそんなメンヘラ女じゃないような。終始、芯が強くて相手の思いを汲み取れる子という印象。ジョエルの嘘には気づいていたけど、困惑しつつも逆恨みなんてしないのがエリー。

投稿: 通りすがり | 2016.08.22 18:37

>>通りすがりさん

「芯が強くて相手の思いを汲み取れる子」←すごくわかります、だから嘘をついたジョエルごと飲み込んでしまっているのかもしれません(続編がすごく気になる……)

投稿: Dain | 2016.08.23 22:50

未だにコメントが絶えないというのは素晴らしい…。考察が鋭いことと、この作品が傑作という証拠ですね。
私は「考察なんかいらんのんじゃ!この二人にはずっといて欲しいんじゃ!」とあえて考えることをやめました。
ただこの記事の考察、解釈は納得させられましたし、読むのも楽しかったです。

投稿: ない | 2016.08.29 10:14

>> ないさん

コメントありがとうございます。ご指摘の通り、再解釈はマスターピースの証拠だと思います。もう一度記憶をクリアして、向き合いたいですね。

投稿: Dain | 2016.08.29 21:43

デビッドの家族写真を見つけたときが一番泣けた。エリーと出会ったとき、彼はロリコンではなく、「愛娘」として映ったのかもしれない。このとき、すでに人体解体(飢えをしのぐためとはいえ)で完全におかしくなっていたデビッド。行く先は狂牛病ならずの「狂人病」といったところか・・・それがデビッドのラストオブアス。
こんな絶望すぎる世界観だからこそ、せめてジョエルとエリーのラストオブアスはハッピーエンドに考えたい。

投稿: ロリコンのラストオブアス | 2016.08.30 08:28

>>ロリコンのラストオブアスさん

なるほど……なるほど!! ゲス野郎としか見えなかったのですが、そう考えると泣けてきます(狂人病になってしまったという意味においても)。ありがとうございます。

投稿: Dain | 2016.09.01 00:02

んーと……まぁ、最後の傷が酷くなってる描写、ぶっちゃけ最後だけ適当に描いたんだと現実的に見てました。ただ、最後エリーが何かを決意した顔になってたのは分かる。
自分は、ジョエルからの独り立ち(逃避行)かと思ってました。

投稿: | 2016.09.28 03:08

USがUnited Statesを指す、というのは公式が否定しています。
私も最初ダブルミーニングだと思っていました。

投稿: | 2016.09.28 10:01

>>名無しさん@2016.09.28 03:08
>>名無しさん@2016.09.28 10:01

エリーの傷跡を調べていただいた方がいて、それを見る限り大きくはなっていないようです。ただ、わたしがプレイしたときには(光の加減からか)広がっているように見えたのが、このエントリを書くきっかけになっています。

※リンク先は大きめの画像なので注意
http://i.imgur.com/t6NiaiV.jpg

ゲームに限らず、優れた作品は様々な解釈を含む余白を残します。その作品を受け取った人にとって、どこに強く反応したか、どう解釈したかを掘り下げることで、その人をより深く知ることができます。

時代や文化の差異によって「面白ポイント」が違う点に目を向けることで、その時代性や価値観が現れることもあります(古典の解釈なんてまさにそうですね)。

なので、「公式がそう発表したから」「作者がそう言ってたから」といって、解釈を切断するのは、もったいないですね。牽強付会上等! もっと面白がりましょう。

投稿: Dain | 2016.09.30 10:25

ジョエルが最後エリーのためとはいえ善良な市民を殺しまくったところに狂気を感じました。
己の正義のためにジョエルが人を殺し最後嘘をついた。そんなところを見限ったのかと思いました。

ただ、個人的にはゲームなのであまり意味深さはもとめず、とくにゾンビゲームなのでスカッと終わりたかったです。

もしかしたら続編があるようなので、続編でどのような形にも変化できるように意味深に終わらせて、制作者自身もどういう心境になったのか分かってないのが本当のところだと思います。

投稿: あ | 2016.10.08 18:32

先日ノーティーの日本スタッフが言っていましたが、アメリカでは少人数招待制のイベント(サントラ演奏などがあったそうです)で、ノーティー現地スタッフによる後日談が語られていたそうです。

投稿: | 2016.10.09 21:29

>>あさん
>>名無しさん@2016.10.09 21:29

コメントありがとうございます! 情報ありがとうございます。ゾンビゲームのフォーマットに様々な絆のありようを落とし込んだのが、たくさんの人を熱くさせた理由の一つだと思います。

ノーティーの「中の人」の見解は、いちおう公式として受け止めるとして、ゲームから得られる解釈は、それをプレイする人が何を大切に思っているかが反映されたものだと思います(そして、それでいい、それがいいのです)。

投稿: Dain | 2016.10.10 10:26

入り込んでますねw
すっげー楽しんでるね!

投稿: usus | 2016.10.10 22:00

別に目から鱗でもなんでもない内容で逆にビックリ
最後に見せるエリーの傷は、照明も角度も違い。
ちゃんと見るほど変わってるのかわからない様にしている。
傷跡に関しては「広がっているかわからない」そして「治っていない」以上の回答は示されてない
なのに間違いなく広がってるとか、さも正しいかのような自信の根拠がわかない
エリーの「待っている」も感染のみに向けた言葉なのかマーリーンの言葉の意味もかもハッキリはしていない
さも作品の真実の様に個人の解釈を風潮するべきではない
だいたい町に帰ってエリーが全滅させるなんてつまらない考えの発想で想像力の程度が知れてるけど
エリーが発症したとしても、なんで全滅まで脈絡なく繋がるのか、、、
B級映画脳すぎませんか?
エリーは間違いなく殺されるだろうけど、ジョエルはどうなるか町の被害がどの程度かはそれこそわからないでしょう

投稿: | 2016.11.28 23:41

ラスアス2公式発表されましたね〜
エリーとジョエルは健在ですね〜

投稿: | 2016.12.04 12:13

死体の前でギターを弾くエリーが意味深ですね。

投稿: | 2016.12.04 14:10

>>名無しさん@2016.12.04 12:13
>>名無しさん@2016.12.04 14:10

情報ありがとうございます、↓で確認しました。
http://doope.jp/2016/1260424.html

PART2ということで、まとめて一つの大きな物語にするみたいですが、楽しみですね。

投稿: Dain | 2016.12.04 18:03

ラスアス2のトレーラー発表されましたね。
エリーの「残らず殺す」というセリフからもある通り、テーマは「前作は愛、今作は憎悪」だそうで。エリーをプレイすることによってエリーと同じようにプレイヤーも憎しみを募らせるように仕組むようです。
舞台設定は5年後でエリーの手の震えも物語のキーになりそう。
発表ではエリーが主人公だけど前作のジョエルのようにはしない、とのこと。

まだまだ発表段階ですから憶測ですけど、面白いのには変わらないと思います。

投稿: T | 2016.12.09 04:37

今更ですが、偶然にここに辿り着いた者です。
なかなか面白い考察で楽しめました!
続編が発表された現在、若干解釈が合わない部分も出てきていますが、まぁ作品単体でも完結してますし問題ないですねw

前のコメントに『幸福な消失』が書かれているのを見て、思い出したのですが、同じスタジオの前作である『Dear Esther』もおすすめです。というよりこの作品の数々の実績のお陰で『幸福な消失』が作られた様なものですので。
PCのみで日本語版はPlayismしかありませんが、丁寧なローカライズをされているのでおすすめです。
後半、TLoU関係なくてすみませんw
それと小島監督のデスストランディングもなかなか考察捗りますよ。

投稿: 平沢進の馬の骨 | 2016.12.14 20:48

>>Tさん
>>平沢進の馬の骨さん

コメントありがとうございます。続編の噂がチラホラしだしてから、この記事に訪れる方が増えてきて嬉しいです(私自身、続編の存在をいち早くここへのコメントで知りました。ありがたいです)。

特上の映画や傑作小説を味わうように、腰を据えてプレイしたいですね。

投稿: Dain | 2016.12.15 23:39

奥さんの解釈ひねくれ過ぎだろ

投稿: | 2017.01.04 07:14

公式の見解が正義かなと思います。前提がないとすべての考察に説得力がなくなってしまいます。その前提があってはじめて妄想するのは自由、貴方の感想ですよね的なものが語れるものだと思います。ラストオブアスのラストの真相はラスアス2のストーリーのついでに公式が確定してくるのではないかと思います。
とりあえず5年後のエリーは自立はしてそうですがジョエルとは訣別はしてなさそうですね。楽しみですね!

投稿: | 2017.01.17 10:19

>>名無しさん@2017.01.17 10:19

コメントありがとうございます。確かに公式が「正」だと思います、作者ですからね。ただ、文学の場合の話ですが、放たれた作品をどう解釈するかは、受け手に委ねられています。これをゲームに適用してもよいのなら、この記事は面白く読んでいただけるのかと思います。
次作について、この記事とつながる部分が見えていませんが、それを探しながら遊べたらな……と思います。

投稿: Dain | 2017.01.18 21:55

受け手の解釈に委ねられる部分は文学でもそうですがあくまで確定していない部分曖昧な部分だけです。ラスアスのエリーとかの場合旅のはじまりと終わりの心境は公式がほぼ確定してしまっているので解釈が委ねられてる自由の部分があるとしたらその心境にいきついた過程の部分だけかと思います。

投稿: | 2017.01.23 13:13

奥様に2のこと話してあげてくださいね。
2人とも5年後も一緒にいてピンピンしてると。、

投稿: | 2017.01.29 03:40

>>名無しさん@2017.01.29 03:40

ありがとうございます! トレーラーは見ていないようですが、2の存在は知っているようです。どうなるかは期待と不安が半分半分ですね。

投稿: Dain | 2017.01.29 09:53

秀逸というから気になって呼んだけど、トトロの都市伝説みたいな、とりあえずバッドエンドにしたいだけみたいに感じる。続編も発表されてるのに、随分頑固だねw

投稿: | 2017.02.01 18:11

2の発表(及びトレーラー等)によって
・少なくともジョエルとエリーは生きている
・少なくともエリーの抗体は未だ有効
・少なくともジョエルとエリーの協力関係は続いている
・その関係も「恐らくは」あれからずっと保持されている
 ⇒ジョエル「いつまで続けるんだ」等から

以上は、固定されてしまったのが残念ですよね
まぁ、シリーズ物になった場合の宿命ですが

とは言うものの、
1の時点での公式見解も
「エリー自身の選択によって選ばれた選択肢を
 奪ったジョエルをエリーは怒っていて
 それが元で二人は徐々に離れていく」
だった筈なので、「2」のトレーラーとは
微妙に矛盾してるんですよね(笑)

なので公式に拘る人を
余り気にしなくて良いかと思います。

私は1の時点では、
公式を知った後も自分的解釈では

「Last」は「us」の関係のうち
「保護者」「被保護者」の関係の終わり。
まぁ、自分が奥様と同じく女性なので
「父親:娘」という共生関係は一般に
父:息子や母:息子よりも早く終わりますしね
母:娘も共生と言うよりは友達に近いのかな・・
そう思っていました。

それは・・・
・「命を助けたんだからちょっとは感謝してよ」の発言とか
・あるいは【冬】逆にエリーがジョエルを助ける
あたりで徐々に明確化して
あのラストでまさに「Last」になったと。

そんな風に思ってました。

なのでラストのOKは
「仕方ないなぁ(パパは)・・・もういいわ」的な(笑)
私の中では、エリーのあの瞬間が
最初で最後の真に「パパ」と認めた瞬間なのかと。

投稿: | 2017.03.04 11:34

>>名無しさん@2017.03.04 11:34

コメントありがとうございます。
確かに、公式コメントに拘る人を気にする必要はありませんね。一部、そういう方がいらっしゃいますが、もったいなくて残念だなぁと思っています。

> なのでラストのOKは
> 「仕方ないなぁ(パパは)・・・もういいわ」的な(笑)
> 私の中では、エリーのあの瞬間が
>最初で最後の真に「パパ」と認めた瞬間なのかと。

おお! そういう「OK」もいいですね。
そして、その上で(続編を面白く予想するなら)、父娘の共生関係から、男女の関係になるのもありかと。ちょっとインモラルな感じですが、エリーを守るための闘いから、エリーのお腹の子を護るためのサバイバルという物語です。

投稿: Dain | 2017.03.05 10:36

こんにちは
僕もほぼ同じ解釈でした
エリーが傷を見たのは物思いに耽っているのを演出してるだけで、多分変わってないなと思いましたが確かに一見すると悪化してるように見えますよね
病院での展開も一般論では人類を裏切るようなことしてますし、そのせいで物語が全て悪い方向に進んでるような感じもしましたし

エンディング面白いですよね!開発者のブルースもクリアした人が別々の解釈で対話出来るようなエンディングを作った、と言ってましたからね
公式見解って書いてる人が大勢いますが、これも開発者のニールが『自身の見解』として、エリーが嘘を見破りジョエルの元を離れると言っただけなので、いくらでも考察の余地はあります
まあ2が発表されたので、結局プレイヤーの考えは固定される訳ですが笑
ともあれ楽しみですね!

投稿: | 2017.04.08 13:04

>>名無しさん@2017.04.08 13:04

コメントありがとうございます。生み出された作品に対し、さまざまな解釈や考察を膨らませるのは楽しいものですね。そこに「2」を重ねると、もっと面白くなると思います。期待を膨らませて待ちましょう。

投稿: Dain | 2017.04.09 08:24

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