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女は尻だ。異論は認めない『FRaU 2014/3』

 女は尻だ。異論は認めない。
 女は尻だ。異論は認めない。

FRaU すべては尻であり、尻にある。美しさ、強さ、優しさを兼ね備えた、あらゆる魅力と本質の表象であり、かつ全人類の故郷であり桃源郷であり、世界でいちばん穏やかで不滅で争いのない場所である。君に、おっぱい山頂への征服欲があることは理解できる。だが、そこは四足から二足へ移行する際、成熟のバロメーターとして採用された代替品だ。山頂を踏破したら清水で潤すべく、谷へ降り蟻の門渡りを目指せ。お尻を賛美することは、おっぱいを否定することにならない(逆もまた然り)。

 この真理に全力を注いでいるのが、『FRaU』3月号だ。「おしりは女のバロメーター!おしりが上がると人生が上がる!」とばかりに、みんなの大好きな魅惑のお尻たちをビシバシ紹介する。尻爛漫の春なのだ。それだけでなく、お尻はダイエットの勘所であり、美尻を目指すトレーニングがキレイにも痩せにもつながることを力説する。

 ラメで彩られたラティーナの「誘うおしり」には、はちきれんばかりの生命力が詰まっている。ボリュームあるヒップは人生を自ら切り開く逞しさに満ちあふれている。年収10億円を叩き出すヴィクトリアズシークレットエンジェルズの「稼ぐおしり」はぷりぷりっとした香しい果実そのものだが、過酷なダイエットとの等価交換だという。

 アスリートのお尻も凄い。浅田真央やキム・ヨナのきゅっと締まった「躍動するおしり」に、ストイックに鍛えた神々しさを垣間見る。そして、マッチョで引き締まったシャラポワの「闘うおしり」は、完全美とは何たるかという命題に対する一つの具体的な解であろう。

 さらに、大屋夏南の360°美尻が加速する。単にどこから観ても凄いお尻を披露するだけでなく、どうやったらそんなヒップになるのか、ランジェリーからボディオイル、朝ご飯からワークアウトまで一挙公開している。炭水化物とお通じとストレッチの賜物なのだ、この尻は。他にも、菜々緖、TOMOMI、秋山莉奈といった“ビジリスト”たちのご自慢ヒップの秘訣を披露する。「美尻は美脚に通じる」けだし名言なり。魅惑のお尻に陶酔せよ。

 しかし、酔ってばかりもいられない。偽乳ならぬ偽尻を実現するリーサルウェポンも紹介されている。いわゆる補整下着だ。薄手で伸びが良く、アウターに響かないガードルをショーツとして使いなさいと提言する。メリハリをつけ、スタイリッシュなお尻を実現するガードルが実用例と共に示されると、騙されたままの方が幸せなのかもしれないと思えてくる。美尻とは鑑賞するべき存在であり、干渉するべきではないのだ。オシリスキーどもはこれで研鑽せよ。

 お尻といえばotsuneである。別におおつね氏が尻を晒しているのではなく、otsune.tumblrの尻画像が見事なのだ。世の中には尻愛好家が実に沢山いるのだが、中でも彼がrblgする画像は群を抜いて洗練されている。数ではなく、質なのだ。質だけでなく、美なのだという気迫が透けて見える(私的にはもっと生々しいのが良いのだが…)。

FRaU また、すべてのオシリーナ愛好家のために『HIPS 球体抄』をオススメする。やわらかな午後の日差しで、伴田良輔が撮った、極上の果実たち。暗がりに沈めた白磁が丸みと白みをもたらし、うっすら霞がかった産毛がエキゾチックな匂いを放つ。光と、お尻と、わたしだけの世界に遊ぶ。

 よく観察すると、完璧と思われる曲線美に、尾てい骨のふくらみや、ほくろ・ニキビ跡がアクセントを添えている。鳥肌のみずみずしい質感の柔らかさを証明するかのように、パンスト、ジーンズが響いた跡は、そこはかとないエロスを醸しだす。性的な色合いを外すため、わかめやひじきを処理し、お尻そのものの完全性を追及する姿勢は大いに評価したい。

 同時にここは、わたしの還る場所なのだという思いに駆られる。生まれた河を俎上する鮭のように、わたしは尻を目指す。「釈迦も達磨もひょいひょいと産む」世界の入り口でもあると同時に出口にもなっているワンダーランド、そこが尻だ。つるんとしたお尻に顔を乗っけてまったりすることこそ、人生の至福である。この満ち足りた気分のまま、お尻のあいだに埋め殺して欲しい。腹上死ではなく、尻下死。この上なく安らかな死顔になると確信する。

 お尻が美しいのは、中に海を湛えているから。ある王子さまが言った「砂漠が美しいのは、どこかに井戸が隠れているからさ」、これと同じだ。大切なものは目には見えない。大事なことだから、何度も言うよ、残さず言うよ、尻を愛してる。say hip 迷わずにー

 say butt.

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人類は飛行をどのように理解したか『飛行機技術の歴史』『飛行機物語』

 最近知って、驚いた事実。

“オーヴィル・ライト(ライト兄弟の弟)が死んだとき、ニール・アームストロング(月面着陸した人類初の宇宙飛行士)は、すでに17歳だった”

 ライトフライヤーからアポロ11号まで、飛行技術の革新性は、スピードというより跳躍だ。だが、この時代だけが凄いのではない。「飛ぶとは何か」は、常に想像され、試され、実証されてきた。「飛行機は、なぜ飛べるのか」をトートロジーに陥らずに振り返ると、人類が飛行を理解した歴史になる。

飛行機技術の歴史 『飛行機技術の歴史』は、ライトフライヤー以前と以後の二つに分けている。前者は、ダ・ヴィンチの羽ばたき機から始まって、ニュートンの科学革命、空中蒸気車、グライダーの試行錯誤とデータの積み重ねの歴史になる。「なぜ飛べるのか」に対し、具体的に跳ぼうとした人々のドラマが描かれている。ライト兄弟は、こうした既存技術を適用した結果に過ぎないという。もちろん飛行制御を考慮した設計は特筆すべきだが、飛行技術への新たな貢献は修辞的な意味しかないというのだ。

 ライトフライヤー以後は、戦争道具としての歴史になる。もちろん、見世物としての曲芸飛行や旅客機による大量輸送も出てくるが、あくまでも戦略・戦術兵器としての役割が、その開発を推し進めたことは否定できない。フランスのSPAD複葉機からロッキードのステルス戦闘機まで、大量にある図版、写真の大部分は戦うための道具を示している。だがどうだろう、モノコックのずんぐりした流線型や、ジェラルミンで覆われた爆撃機を眺めていると、そこにある種の必然的な美しさを見ることができる。棍棒が日本刀になる過程を目の当たりにしているような気分になる。

 外見の変遷だけでなく、木や皮から鉄やジェラルミン、チタンといった素材の変化、プロペラからジェットエンジンへの推進技術の移り変わりは、それぞれのターニングポイントとなった事故、実験、人物に焦点が当てられている。構成物の信頼性や音速の壁という課題を解決するため、飛行機をリデザインしていく様は、「飛行」への理解を深めるというよりも、むしろ「飛行」そのものを再定義してきた歴史になる。

 著者の専門である空気力学からのアプローチが興味深い。飛行中の翼に“まとわりつく”空気を説明する境界層概念が面白かった。断面図から観察すると、翼が“粘りながら”進む様子が分かる。逆に、迎え角が大きすぎた場合の失速時は、この粘り気が翼から離れてしまっていることも見えてくる。揚力の概念は想像できるが、空気の粘性という発想は目鱗だった。音速に近づくにつれ、空気の振る舞いはドラスティックに変化する。揚力を得るための味方だった空気が、文字通り壁になる。空気力学、推進工学、構造力学、材料工学にとって、このブレイクスルーは、最初の飛翔に匹敵するくらいの革新性を持つという。

 航空技術の歴史を俯瞰したものだが、トリビアもてんこ盛りとなっている。最新鋭戦闘機の主翼を構成する炭素繊維複合材料は、東レ、帝人、三菱ケミカルの3社が世界市場の70%を占めているという。日本企業なかりせば、戦闘機が飛べないというのも歴史の皮肉だ。また、アルフォンス・ペノーが1876年に出願した大型飛行機の特許図が、どう見ても『未来少年コナン』のギガンドだったり、1925年に行われたスピードレースの優勝機・カーチスR3C-2が『紅の豚』を彷彿としてしまうなど、記憶の別のスイッチが刺激されて愉快だ。

飛行機物語 『飛行機物語』は、「飛ぶ」原理の観点から、飛行機が作り上げられる科学と技術の歴史をまとめている。揚力の問題を手始めに、「エンジンはどのように開発されたのか」「飛行機はいつから金属製に変わったのか「ジェット・エンジンはどのように生まれたのか」といったテーマに対し、飛行機の発展を時系列に解説する。「飛行機とは、飛ぶ機械であるもの」ことを当たり前のように受け入れてしまっているが、この100年間は、飛行機を飛行機たらしめるために湧き出る問題と解決の歴史であることが分かる。

 もちろん本書でもライト兄弟に紙数を割いているが、目を引いたのは図書館(博物館)の存在だ。ウィルバー・ライトは、スミソニアン協会に手紙を書き、航空に関する資料を送ってもらうよう依頼した。ラングレー『空気力学の実験』(1891)、シャヌート『飛行器機の進歩』(1894)、リリエンタール『飛行の問題と飛行に関する実用的実験』が送られたという。これらの資料を検討することで、ライト兄弟は当時の航空工学の全容を知ることができたのだ。航空技術の知識や実験データが、共有できる形でまとめられていたことは大きい。データに誤りがあり、自分で追試することもあったが、こうした「まとめ」があったからこそ、膨大な時間と危険とコストを回避し、最終的に飛ぶことに至ったのだ。

 「飛ぶ」メカニズムの解説が興味深い。ニュートンやベルヌーイ、オイラーの数式を単純に紹介するだけでなく、現実に当てはめてゆくことで、「飛ぶ」実感レベルにまで落とし込んでくれる(空気の“重さ”を実感させる件もある)。グライダーの揚力と抵抗の比(揚抗比)と経路角の関係や、構成材料の座屈現象の解析する数式、さらに非粘性流体の方程式を見ていると、飛行を支えている数学が見えてくる。まさに、飛行機は数学で飛んでいるのだ

 日本の視点があるのも嬉しい。明治時代に飛行機の原理を研究し、独自の構想で「飛行器」を考案した奇才・二宮忠八の生涯が面白い。そのアイデアの素晴らしさに反比例した上長の頭の堅さに憤ることだろう。また、第二次世界大戦中、ドイツから送られてきた1枚の断面図から、日本初のジェットエンジン「ネ20」を開発し、ジェット機「橘花」の初飛行に成功したエピソードはプロジェクトほにゃららを観ているようだ。日本人は、制約が課せられるほど変態的な能力を発揮することがよく分かる。

 huyukiitoichiさんがズバリ、「飛行機を創りあげる歴史は飛行機が飛ぶ理屈をひとつひとつ探り当てる歴史でもある」と言い切る(言い得て妙!)。翼の形態、機体の素材と構造、推進機構のそれぞれの「理屈」を知的興奮と共に追体験すべし。

 歴史を振り返ることで、飛行を理解するための二冊。

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