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大学教師が新入生に薦める100冊

 ドカ読み上等!若さに任せて読みふけろ、読むべき本を読み干すべし。

 このリストは、以下の4500冊超の中から、読むべき100冊を選んだもの。だから、「大学新入生に薦める」というより、若かったわたしに読ませたいリストであり、もう若くないわたしが読むべきリストなのだ。しょうもない新刊ばかり追いかけて踊らされているわたしの目を覚まし、叱咤激励するリストなのだ。

 書籍『東大教師が新入生にすすめる本』文藝春秋編
 書籍『東大教師が新入生にすすめる本<2>』文藝春秋編
 書籍『教養のためのブックガイド』小林康夫ほか
 書籍『大学新入生に薦める101冊の本』広島大学101冊の本プロジェクト編
 書籍『大学新入生に薦める101冊の本 新版』広島大学101冊の本委員会編
 書籍『必読書150』柄谷行人ほか
 サイト[東京大学 学科別 分類による推薦図書]
 サイト[本は脳を育てる 北大教員による新入生への推薦図書]
 TV番組[NHKBS 私の1冊日本の100冊]
 雑誌特集「21世紀図書館 必読の教養書200冊」(文藝春秋2008.12)
 雑誌特集「東大教師が新入生にすすめる本」(UP1994-2014)


東大教師が新入生にすすめる本東大教師が新入生にすすめる本2教養のためのブックガイド
広島大学新入生に薦める101冊 広島大学新入生に薦める101冊新版必読書150

 すぐ効く本はすぐ効かなくなる。「即効性のある」とか「教養が身につく」と謳う輩に気をつけよう。下心まるだしで読むのはかまわないが、遅効性で基礎体力よりのリストだと思ってほしい。単に知識を広げるだけなら、ネットを眺めてればいい。単に知見を再確認したいなら、そこらの新刊を漁っていればいい。本におもしろさ「だけ」を求めるのであれば、それが本である必要なし(俺ならネトゲに耽るなぁ)。本で「知的武装」するのは若者の特権だが、今のわたしがやるならば、痴的愚僧ができあがる。そうならぬよう、気をつけよう。人生は短く、読む本は多い。良い本で、良い人生を。

最初の三冊

 まず読むべき三冊。たくさん類書を追いかけるより、これ読んでからにしてほしい。一読したら、似た奴は放っておいてもいいことが分かるから。言い換えると、似たような新刊ばかり読んでいても、いつまで経っても消化不良の不安なまま。今度はその「不安」が次を買う動機になってしまう。買わせるほうも上手なもので、カモの不安を煽って財布を開ける立派なビジネスモデルになっている。学生よ、カモリーマンになる莫れ。

1. 『理科系の作文技術』木下是雄(中央公論社)[レビュー]
2. 『知的複眼思考法』苅谷剛彦(講談社α文庫)[レビュー]
3. 『アイデアのつくり方』ジェームズ・ヤング (TBSブリタニカ)[レビュー]

理科系の作文技術 『理科系の作文技術』は、文系理系関係なし。インプットとアウトプットの双方に有効な、最初に読むべき一冊だ。学生は必ず読め(命令形)。類書は沢山出ているし、「文章の書き方指南」は雑誌やジコケーハツ本でも不動の人気だ。だが、このn番煎じに過ぎない見栄えだけのいい出涸らしだ。ライティングの基本の「あたりまえ」がコンパクトにまとまっている。

 たとえば、「事実と意見は分けて書け」という常識。本書は、そもそも「事実とは何か」から入る。事実とは、「自然に起こる事象や自然法則、過去の事件などの記述で、しかるべきテストや調査によって真偽を客観的に確認できるもの」を指す。そして、「事実の書き方」と「意見の書き方」を指南する。「分けて書け」とは、その記述が事実なのか意見なのか、読み手に分かるように区別して書くことなのだ。

知的複眼思考法 『知的複眼思考法』は、凡百のロジシン本を蹴散らすスゴ本。「ロジカルシンキング」や「クリティカルシンキング」もジコケーハツで人気があるが、セミナーも新刊も無用、まずはこれを読め。問いの立て方と展開の仕方、批判的・創造的読書の手法を、完全に噛み砕き、腹に落ちるまで説明してくれる。MECEやロジックツリーを作るとき、裏でどのように手を動かしているか、どんなやり方で「自分の頭で考えている」のか、デッサンと思考の跡を見ることができる。

 先行研究を元にリサーチクエスチョンを立てる方法は、大学のみならず社会に出てからの方が頼りになる。わたしの場合、学生のうちに読んでおけば、いらぬ苦労をせずに済んだ一冊。これの劣化コピーを漁るより、学生は必ず読め(命令形)

アイデアのつくり方 『アイデアのつくり方』には、一時間で読めて一生役立つアイディアのつくり方が書いてある。シンプル&パワフル&忘れがたい方法なのだが、これを実践している人は、あまり見かけない。「アイディアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と喝破する方法は、マネして→習慣化→血肉化してこそ意味がある。付せん貼ってブックマークして終わりなら、読まなかったことと同義。「いま」「すぐ」動かなければ、タタミの水練以下。実行すれば人生を変える一冊となる。わたしの場合、「yahooメモ帳」(今は「yahooボックス」)にネタ元を保管し、ほぼ日手帳で組み合わせるやり方で実践し続けているぞ。

若さにまかせて読破せよ

 ボリューム満点、歯ごたえ満点であっても、若さがあれば大丈夫。遮二無二読み干してしまえ。そしていったん最後のページにたどり着いたら、必要に応じて再読すればいい。物量に怯んで「そのうちに読もう」と思ったらおしまいだ。「あとで読む」とは、きっと読まないだろうから。

4.『ゲーデル、エッシャー、バッハ』ダグラス・ホフスタッター(白揚社)[レビュー]
5.『ドン・キホーテ』ミゲル・デ・セルバンテス(岩波書店)[レビュー]
6.『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(光文社古典新訳文庫)[レビュー]
7.『ローマ人の物語』塩野七生(新潮社)[レビュー]
8.『オリエンタリズム』エドワード・サイード(平凡社ライブラリー)
9.『野生の思考』レヴィ=ストロース(みすず書房)
10.『レ・ミゼラブル』ヴィクトル・ユゴー(岩波書店)
11.『精神の生態学』グレゴリー・ベイトソン(新思索社)

ゲーデル、エッシャー、バッハ 『ゲーデル、エッシャー、バッハ』は、一生モノの一冊。天才が知を徹底的に遊んだスゴ本。不完全性定理のゲーデル、騙し絵のエッシャー、音楽の父バッハの業績を"自己言及"のキーワードとメタファーで縫い合わせ、数学、アート、音楽、禅、人工知能、認知科学、言語学、分子生物学を横断しつつ、科学と哲学と芸術のエンターテイメントに昇華させている。この一冊を読むための「予習」が偉い大変だった。わたしの失敗は、不完全性定理をこれで学ぼうとしたところ。何度も挑戦しては挫折したのだが、ふと思い立って『数学ガール』で回り道をしたらすんなり行けた(それでも最初に手にしてから8年かかった)。これは柔軟で賢いアタマを持つ若者こそが読むべきだろう。

ドン・キホーテ 『ドン・キホーテ』は、なるべく早いうちに読んでおいたほうが吉。なぜなら、あらゆる物語が持つ感染力への免疫ができるから。これを、騎士道物語(今ならラノベ)に熱中するあまり、自分を伝説の騎士だと思い込んでしまったこじらせ中年の狂気のロードストーリーと読むこともできる。前半分がまさにその通りだから。だが後半になると、物語がメタ化してくる。「ドン・キホーテの物語」が本編に登場し、偽者が登場したり、ファンに付きまとわれたりするのだ。それだけでなく、ドン・キホーテ自身が前編の狂気と整合性を取ろうとし始める。物語がページを乗り越えて、読み手に感染してくるのだ。人によると、これを換骨奪胎して自らの物語として創造しなおすかもしれない。盗める古典の宝の山としておすすめ。

カラマーゾフの兄弟 『カラマーゾフの兄弟』は、小説のラスボスだ。「東大教師が新入生に薦める本」としてランキングしたとき、ダントツで一位だったのが、これなのだ。わたしが小説を読む理由は、そこに欲望が書いてあるから。欲望は様々な形を取る。権力欲、支配欲、愛欲、性欲、意欲、我欲、禁欲、強欲、財欲、色欲、食欲、邪欲、情欲、大欲、知識欲、貪欲、肉欲… 「カラ兄」には、ありとあらゆる「欲望」が書いてある。アリョーシャの、ドミートリーの、イワンの、そしてフョードルの持つ、気高いものから残酷な欲望まで、わたしは、読む行為を通じて彼らの欲望をオーバーライドするのだ。

教養としてのサイエンス

 なぜそれが正しいのか?これを理解できるということは、どこまで裏づけが噛み砕いてあれば、確信が持てるのかにつながる。最新科学に騙される人は、似非科学に騙されるのに似ている。やり方は古典的といってもいい。自ら学ばない人を信じ込ませるだけ。

12.『ご冗談でしょう、ファインマンさん』リチャード・ファインマン(岩波現代文庫)
13.『パワーズ・オブ・テン』フィリップ・モリソン(日経サイエンス)
14.『医学の歴史』梶田昭(講談社学術文庫)
15.『ホーキング、宇宙を語る』スティーヴン・ホーキング(早川書房)
16.『宇宙は何でできているのか』村山斉(幻冬舎新書)
17.『フェルマーの最終定理』サイモン・シン(新潮社)[レビュー]
18.『エレガントな宇宙』ブライアン・グリーン(草思社)
19.『ワンダフル・ライフ』スティーヴン・グールド(早川書房)
20.『植物は何を見ているか』古谷雅樹(岩波ジュニア新書)
21.『磁力と重力の発見』山本義隆(みすず書房)
22.『自然界における左と右』マーチン・ガードナー(紀伊国屋書店)
23.『生命とは何か』エルヴィン・シュレーディンガー(岩波書店)[レビュー]
24.『ヒトは食べられて進化した』ドナ・ハート、R・W・サスマン(化学同人)
25.『物理学とは何だろうか』朝永振一郎(岩波書店)
26.『文系のための生命科学』東京大学生命科学教科書編集委員会編(羊土社)
27.『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス(紀伊国屋書店)[レビュー]

フェルマーの最終定理 『フェルマーの最終定理』は、知的没入感が圧倒的だ。生々しい感情たっぷりの、ゾクゾクずるほど人間くさいドラマだ。多くの数学者をロマンと絶望に叩きこんできた超難問「フェルマーの最終定理」、これに関わる歴史をひもとくことは、人類にとっての数学を振り返ることになる。完全な秘密主義で、たった一人で仕事を進めていったワイルズは、集中力とプレッシャーの中で、精神的にかなり辛い思いをする。この産みの苦しみは、ワイルズと著者と読み手が一体となって味わうといい。そして、「現代の数学と未来へのインスピレーションとの完璧なる統合」とも讃えられる証明に至ったとき、一緒に歓喜の涙を流すことだろう。

生命とは何か 『生命とは何か』は、量子力学の巨人が生命の本質に迫ったスゴ本。表題へのズバリの回答よりも、むしろ「生命体」や「生命活動」とは何かという問い直しへのアプローチが素晴らしい。生きている細胞の営みを物理的に定義しなおした場合、どのようになぞらえることができるか? この疑問について、実にうまく言い表す。「原子はどうしてそんなに小さいのか」という問いを、「(原子と比べて)人はどうしてそんなに大きいのか」に置き換えるのだ。そして、時計仕掛けの生物という「発見」から、染色体は生物機械の歯車になるし、生命活動を遺伝子のパターンの維持と読み替えられる。メタファーの力を利用して、物理学と生物学の両方から手を伸ばして握らせようとしている。

利己的な遺伝子 『利己的な遺伝子』は、読んだふりをしやすく、かつ誤解を招きやすい。タイトルどおり「利己的な遺伝子」なる遺伝子がいて、生物の行動ひいては運命を操っていると言うならば、「まえがき」すら読んでいない可能性大。誤読する人のあまりの多さに、「それは違うぜ」とドーキンス自身がまえがきで憤慨している。

 彼が本当に言いたかったことは、「生物のあり方や行動様式を説明するとき、遺伝子の自己複製というレベルからだと整合的に理解できるよ」になる。自然淘汰の単位を「種」に求めたり、種内の「個体群、集団」と考えたり、あるいは、「個体」を単位とする人もいる。この単位を「遺伝子」とし、淘汰を説明しようとしたのが本書なのだ。ただし、あたかもこの「遺伝子」が意志を持ち、自分の遺伝子を最大化するように個体を操っているかのような書き方をしているのも事実だ。だから、彼の憤慨も自ら招いたようなものだろう。

あなたを拡張するフィクション

 自分を縛る日常であれ観念であれ、いったん脇において置けるのがフィクションのいいところ。「わたし」の範囲を拡張できるのだ。他人の人生を生きるリスクを犯すことで、自分のリアルのリスクを回避できる。いわば、昨日までの日常を新しい目で見るのだ。人生が旅なら、本当の旅の発見とは新しい風景を見ることではなく、新しい目を持つことだから。

28.『一九八四年』ジョージ・オーウェル(ハヤカワ文庫)
29.『アンナ・カレーニナ』レフ・トルストイ(光文社古典新訳文庫)[レビュー]
30.『イワン・デニーソヴィチの一日』ソルジェニーツィン(新潮文庫)[レビュー]
31.『ワイルド・スワン』ユン・チアン(講談社文庫)
32.『ガリヴァー旅行記』ジョナサン・スウィフト(岩波文庫)
33.『塩狩峠』三浦綾子(新潮文庫)
34.『こころ』夏目漱石(新潮社)
35.『外套』ゴーゴリ(岩波文庫)
36.『モモ』ミヒャエル・エンデ(岩波書店)
37.『もやしもん-TALESOFAGRICULTURE-』石川雅之(講談社)
38.『三国志』吉川英治(講談社)
39.『山月記・李陵』中島敦(岩波文庫)
40.『大聖堂』ケン・フォレット(新潮社)[レビュー]
41.『蒼穹の昴』浅田次郎(講談社)
42.『高野聖』泉鏡花(新潮文庫)
43.『春の戴冠』辻邦生(新潮社)
44.『夕凪の街桜の国』こうの史代(双葉社)
45.『幼年期の終わり』アーサー・C・クラーク(早川書房)[レビュー]
46.『竜馬がゆく』司馬遼太郎(文藝春秋)
47.『魔の山』トーマス・マン(新潮社)
48.『西部戦線異状なし』エーリヒ・マリア・レマルク(新潮社)
49.『百年の孤独』ガルシア=マルケス(新潮社)

アンナ・カレーニナ 人生を滅ぼした女から、何を学ぶか?『アンナ・カレーニナ』は、結婚が捗るぞ。「女とは愛すべき存在であって、理解するためにあるものではない」といったのはオスカー・ワイルド。これは、夫婦喧嘩という名のサンドバック状態になってるとき、かならず頭をよぎる。論理的に分かろうとした時点で負け、相手の感情に寄り添えるならば、まだランディングの余地はある。しかし、アンナの夫と不倫相手は、そこが分かっていなかった。体裁を繕うことに全力を費やしたり、売り言葉に買い言葉で応じたり。優越感ゲームや記憶の改変、詭弁術の駆け引きは目を覆いたくなるが、それはわたしの結婚でもくり返されてきたことの醜い拡大図なのだ。結婚前のわたしに読ませたかった、そして結婚後のわたしには涙なしには読めないスゴ本なり。

イワン・デニーソヴィチの一日 『イワン・デニーソヴィチの一日』は、平凡な極限が淡々と描かれる。スターリン時代の強制収容所における極めて特殊な状況なのに、出てくる人物像はどこまでも普遍的だ。「人間ってやつは、どこまで行っても、人間なんだ」と思えてくる。密告、裏切り、処罰、労働……苛酷な状況下で、人の心が折れようとするとき、イワン・デニーソヴィチはそれでも生き延びようとする。どう見ても地獄の毎日の中で、どうやって幸せを感じるのか?その方法は、「いま」「ここ」の「わたし」と、これっぽっちも変わらないことがよく分かる。どんな世の中であっても、生きている「かもしれない」、確信めいたものを受け取れる一冊。

若さ=未熟

 四十にして惑わずというが、迷わないくらい自分がしっかりしている意味ではない。年とってくると、やれることが限られてきてしまう。要するに、「めぼしい選択肢がなくなりました」という意味なのだ。そのくせ、未熟だった部分は熟さないまま腐っている。厭な部分は頑固に堅く、大切なところは腐り、やりたいこと/やれることは限定される……これが、老いなのだ。そうなる前に、これで経験を積め。

50.『愛するということ』エーリッヒ・フロム/鈴木晶訳(紀伊國屋書店)[レビュー]
51.『君たちはどう生きるか』吉野源三郎(岩波文庫)
52.『自分の中に毒を持て』岡本太郎(青春出版社)
53.『生きがいについて』神谷美恵子(みすず書房)
54.『自分のなかに歴史をよむ』阿部謹也(ちくま文庫)
55.『人間臨終図巻』山田風太郎(徳間書店)
56.『高校生のための東大授業ライブ』東京大学教養学部編(東京大学出版会)
57.『夜の果てへの旅』ルイ・フェルディナン・セリーヌ(中央公論新社)

 好きな本を持ち寄って、まったり熱く語り合うオフ会で、「恋愛」についてブックトークをしたことがある[スゴ本オフ:LOVE]。そこでダントツで集まったのが、この『愛するということ』だ。お薦めの恋愛本を紹介する目的なのに、だんだん話が「恋愛とは何か?」にシフトしていくのが面白かった。なぜその本がオススメなのか?についての説明が、そのまま「自分にとって"恋愛"とはこういうもの」に換えられる。

愛するということ そこでの最大公約数的な一冊が、これになる。フロムはこう言い切る―――「愛は技術だ」とね。愛とは、人が自らの孤独を癒そうとする営みであり、愛するとは、幸福に生きるための「技術」なのだという。ただし、よくあるハウツー本と受け取ってしまうと失敗する。この「愛」とは、(私が相手から)愛される技術ではなく、(私が相手を)愛する技術なのだ。読み手は、自分の中での「愛」の定義が逆転していくことに気づくだろう。

この古典を読め

 迷ったら古典。時空にフィルタリングされても、読む対象としてあるのなら、それだけで手にする理由になる。全ての新刊がダメだというつもりはない。ただ多すぎて玉石混交すぎて拾いきれないのだ。しかもオススメ屋たちが寄って集って持ち上げるので、誘惑に流されないために多大な精神力を要する。新しい本に手を出す前に、この古典と比べてみよう(これは、わたし自身への戒めでもある)。

58.『国家』プラトン(岩波書店)[レビュー]
59.『詩学』アリストテレス(岩波文庫)[レビュー]
60.『戦史』トゥキュディデス(岩波書店)
61.『神曲』ダンテ・アリギエーリ(集英社)
62.『職業としての学問』マックス・ヴェーバー(岩波書店)
63.『雇用・利子および貨幣の一般理論』ジョン・メイナード・ケインズ(岩波文庫)[レビュー]
64.『君主論』マキアヴェッリ(岩波書店)
65.『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー(岩波書店)
66.『エセー』ミシェル・ド・モンテーニュ(中央公論新社)
67.『方法序説』ルネ・デカルト(岩波書店)
68.『リア王』シェイクスピア(白水Uブックス)
69.『オデュッセイア』ホメロス(岩波書店)[レビュー]
70.『ファウスト』ゲーテ(新潮社)[レビュー]
71.『リヴァイアサン』トマス・ホッブズ(岩波書店)

国家 『国家』を読めば、ソクラテスは死刑になって当然だということが分かる。質問には質問で返す。詭弁術を駆使し、言葉尻をとらえて後出しジャンケンする。「無知の知」とは、「知らないということを知っている」よりも、「僕は無知だから教えて」と先にジャンケン出させるための方便だ。論敵を排し、取り巻きを並べたら、後はずっと俺のターン。比喩でもって説明した後、その比喩が事実であるという前提で論を重ねる。反論もそう、極端な例外を持ってきて事足れりとみなし、一点突破全否定オッケーとするのは酷すぎる。さらに多重レトリックが汚い。AをBに、BをCに言い換えて、最後のCにだけ噛み付く藁人形のメソッドだ。

 騙されるな、ソクラテスは、とんでもない食わせものだ。太ったソクラテスよりも、痩せたブタのほうがマシだ、ブタは食えるが、ソクラテスは食えない奴だから。レトリカルな口先三寸の言論人は、現代にもいる。そのご先祖様のやり口を確かめるべし。そして、沸々と煮えたぎりながら、こうつぶやくべし。「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

詩学 『詩学』は、創作のデザインパターンだ。小説、シナリオなど、創作にかかわる人は必読。「現代にも通ずる古典」というのではない。二千年以上も前に答えは書かれていて、今に至るまでめんめんとコピーされてきたことに驚いた。本書が古びていないのではなく、新しいものが創られていないんだね。本書によると、恐怖、怒り、憎しみ、嫉妬、喜楽、哀切など、登場人物が抱く感情を観客に伝染させるのは、「おそれとあわれみ」によるという。これを引き起こすことが悲劇の目的であり、その効果的な方法が伝授されている。

 面白いのは、これを読んでいると、今まで観てきた映画、読んできた小説やマンガが次々と思い起こされ、その劇的構造がどんな影響を及ぼしたのか分析してしまう。物語をメタ化するだけでなく、その物語を見せる側と受ける側を含めた、劇場が丸ごと見えてくるのだ。

このルポルタージュを読め

 新しい知識を得るだけでなく、新しい見方を身につけられるルポ、ノンフィクション、論文を集めた。自分の知識や見解を裏付けるような、「自分の世界の本」ばかり読む人がいる。どれを手にしても、自分を確かめるだけの読書になってしまう。いわば、自己承認欲求を満たす読書だ。井の中の蛙の自慰読書に陥る莫れ。知識の面でも観念の上でも、想像を凌駕するノンフィクションを読むべし。世界の遠さや認識の広さ、そして人の業の深さを思い知れ。

72.『ベスト&ブライテスト』D・ハルバースタム(朝日文庫)
73.『アフリカ――苦悩する大陸』ゲスト(東洋経済新報社)[レビュー]
74.『ルワンダ中央銀行総裁日記』服部正也(中公新書)
75.『チベット旅行記』河口慧海(講談社)[レビュー]
76.『深夜特急』沢木耕太郎(新潮社)
77.『エロティシズム』ジョルジュ・バタイユ(二見書房)
78.『沈黙の春』レーチェル・カーソン(新潮文庫)
79.『夜と霧』ヴィクトール・フランクル(みすず書房)[レビュー]
80.『アフォーダンス-新しい認知の理論-』佐々木正人(岩波科学ライブラリー)
81.『誰のためのデザイン?』ドナルド・A.ノーマン(新曜社)
82.『フォークの歯はなぜ四本になったか』ヘンリー・ペトロスキー(平凡社)[レビュー]
83.『言語の脳科学─脳はどのようにことばを生みだすか』酒井邦嘉(中公新書)
84.『統辞構造論』ノーム・チョムスキー(岩波文庫)

アフリカ――苦悩する大陸 『アフリカ――苦悩する大陸』では、「なぜ、アフリカは貧しいままなのか?」の疑問に対し、明快に答える。すなわち、政府が無能で腐敗しているからだという。私腹を肥やす権力者、国民から強奪する警察官、堂々とわいろを要求する官僚――これら腐りきった連中がアフリカを食い物にし、援助や支援が吸い取られる。資源に恵まれた国であっても同様だ。奪い合い→内戦化→国土の荒廃を招くか、あるいは、外資が採掘場所を徹底的に押さえ、オイルダラーが国民まで行き渡らない構造になっているという。

 ただし、その一刀両断っぷりに疑問を感じる。「アフリカ」という一言で多様すぎる大陸を丸めてしまっているところや、為政者さえ良ければ全て解決するという姿勢に疑問を抱く。内戦の火種を煽って兵器を売りつける先進国の武器商人や、その対価を紙幣ではなく資源で求めるグローバル企業の存在がスルーされている。本書を批判的に読むと、次の一冊が見つかる(わたしの場合は、アビジット・V・バナジー『貧乏人の経済学』だった)。

夜と霧 『夜と霧』は、人類必読のホロコーストの記録だ。強制収容所に囚われ、奇蹟的に生還した著者の手記。目を覆いたくなるのは、その姿の痛々しさや残酷さだけではない。そんなことを合理的に効率的に推し進めていったのが、同じ人間だという事実―― このことが、どうしても信じられなかった。旧版、新版の両方を読んでも、まだ信じられぬ。

 極限状態に陥ったとき、目の前の苦悩そのものの意味を問わない。わたしは、そこから逃れようとするだろうし、適わないのなら、次元を変えてでも達成しようとするだろう。つまり、物理的に逃げられないのなら観念の世界へ逃げるとか、外界をシャットアウトするとか。しかし、著者フランクルは違う。ニーチェの言葉「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」を思い出させ、別の結論にたどり着く。「なぜ生きるのか」―――この答えは、あなた自身の目で確かめてほしい(旧版をお薦めする)。

学問のOS

 正しさとは何かを突き詰めてゆくと、正しさの根っこについていかに自分が不勉強かに行き当たる。そのツケを相変わらず支払っているのだが、自分で探さずとも良書は既に紹介されている。あとは読むだけというが、固くなった頭で読みほぐせるか。かえすがえすも、学生さんが羨ましい。

85.『システムの科学』ハーバート・サイモン(パーソナルメディア)
86.『論理哲学論考』ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(光文社古典新訳文庫)[レビュー]
87.『オイラーの贈物』吉田武(ちくま学芸文庫)
88.『無限と連続-現代数学の展望』遠山啓(岩波新書)
89.『論理トレーニング101題』野矢茂樹(産業図書)[レビュー]
90.『科学革命の構造』トーマス・クーン(みすず書房)[レビュー]

論理哲学論考 『論理哲学論考』は、要するに「数学」である。同音異義や様々なニュアンスを含む日常言語を用いて、哲学の問題を論じることはできない。プラトン以来、西洋哲学の歴史は、言語の論理を理解していないことによるナンセンスな言説の積み重ねだという。これを克服して、問題をクリアにすることが、哲学の目的になるという。日常言語からくる混同を回避するために、厳密に論理的なシンタックスに則った記号言語を構築する必要があるといい、実際にそれを成し遂げたのが本書だ。論理的な人工言語を用いて、哲学のするべきことは、考えることのできるものの境界を決めると同時に、考えることのできないものの境界に線引きをするのだ。薄い本なのに、ずっと後回しにしてきたのが悔やまれる。

科学革命の構造 『科学革命の構造』は、科学的な正しさとは、フレームワーク上の定義に過ぎないことが分かる。科学の大発見をしたときの最初の言葉は、「エウレカ!(見つけたぞ)」ではなく、「こりゃおかしい」だ。何と比べて「おかしい」のか?それこそが、その時代・場所での正しさのフレームワーク(=パラダイム)になる。

 これは、「科学とは何か」について本質的なところで答えた名著だ。科学における「進歩」について新たな見方をもうけ、コペルニクスやニュートン、アインシュタインが人類にもたらした「知」を問い直す。ただし、科学を純朴に信仰する人にとっては劇薬級だろう(あるいは、いちゃもんつけて理解を拒むかもしれぬ)。なぜなら、何か統一理論みたいなものがあって、そこへ連続的に進化していくような「科学」について、疑問を投げかけ、揺さぶってくるから。科学を鵜呑む前に、読み干すべし。

リベラルアーツの世界へようこそ

 教養とは何かについて、詠み人知らずのメッセージがある。「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ」―――ずいぶん詩的な言い回しだが、言わんとしていることは分かる。知識をひけらかす人には、「検索早いね」で済む。だがその知識がどのように形になったかは、自分で辿らない限り分からないままだろう。

91.『知の技法』小林康夫(東京大学出版会)
92.『日本人の英語』マーク・ピーターセン(岩波新書)[レビュー]
93.『疾病と世界史』ウィリアム・マクニール(中公文庫)[レビュー]
94.『堕落論』坂口安吾(新潮文庫)
95.『本はどう読むか』清水幾太郎(講談社)
96.『民族という虚構』小坂井敏晶(東京大学出版会)
97.『理系のための研究生活ガイド』坪田一男(講談社)
98.『歴史とは何か』エドワード・ハレット・カー(岩波書店)
99.『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド(草思社)[レビュー]
100.『レトリック感覚』佐藤信夫(講談社)[レビュー]

疫病と世界史 『疫病と世界史』は、感染症から世界史を説きなおしたスゴ本。宿主である人と病原菌の間の均衡に焦点を当てて、歴史を捉えなおす。人類史とは疫病史、ヒトが病気を飼いならす歴史なのだ。「人類の出現以前から存在した感染症は、人類と同じだけ生き続けるに違いない。人類の歴史の基本的なパラメーターであり、決定要因であり続ける」メッセージは、人類が肉体を有する存在である限り有効だろう。

 古い文書から、人に有害な微生物や寄生生物を探り出すことは、ほとんど望み薄だ。だが著者は、この難問に「移動手段の発達」と「疫病の地域性」というツールを使う。当時の移動手段(徒歩、馬、帆船)でどれくらいの人数がどこまで到達できるか、というアプローチをとる。例えば、帆船時代は、海があまりにも広すぎたがため、ペスト菌が拡散するより前に宿主を殺してしまっていた。汽船の出現が船脚と容量を増すことにより、感染が長時間循環できるようになり、海は突然、かつてないほど通過しやすい場所になったという。このような「あぶりだし」のアプローチ手法は、他でも応用が利きそうだ。

銃・病原菌・鉄 『銃・病原菌・鉄』は、「なぜ西欧が世界の覇権たりえたか」という疑問に対し、非常に明快かつ説得力のある形で答えている。著者は、遺伝学、分子生物学、進化生物学、地質学、行動生態学、疫学、言語学、文化人類学、技術史、文字史、政治史、生物地理学と、膨大なアプローチからこの謎に迫る。直接の原因は、西欧が「銃・病原菌(への免疫)・鉄」を持っていたからになる。

 ではなぜ、西欧が「銃・病原菌・鉄」を最初に持ちえたのか?ここからが面白い。歴史を逆に回し、紀元前11,000年から西暦1,500年の間で、何がおこっていたのかを追求し始める。人口稠密、定住化、家畜の存在や余剰食糧、技術発達の下地を説き明かす。そして、適正ある野生種の存在や種の分散の容易性は、東西方向に伸びる陸塊、すなわちユーラシア大陸の形にあったというのだ。つまり、アフリカやアメリカ大陸は南北に長いため、先の要因において西欧に遅れをとったという。シミュレーションゲームのように、初期設定が今を決定付けている理解に達したとき、きっと慄くこと請け負う。

レトリック感覚 『レトリック感覚』は、名著中の名著になる。ことばを扱う全ての人にとって、強力な武器となる一冊。「言葉」という、使い慣れた道具の構造が分かり、より効果的に扱えるようになる。これまでヒューリスティックに馴れていた手段が、一つ一つ狙い撃ちできるようになる。

 レトリックというと、言葉をねじる修飾法とか、議論に勝つ説得術といった印象がある。アリストテレスによって弁論術・詩学として集大成され、ヨーロッパで精錬された修辞学は、言語に説得効果と美的効果を与える技術体系だ。著者に言わせると、科学・実用主義が、技巧に走るレトリックを駆逐してしまったのが現代であり、せっかく手にした道具を自ら捨ててしまったことになる。この、言葉への感覚を取り戻すのが本書になる。見えないところで基礎体力となる一冊。

 100冊リストはこれでおしまい。定期的にリストを見直すと、自分の課題図書が整理されるのでありがたい。わたしの課題は、チョムスキー『統辞構造論』とベイトソン『精神の生態学』、そしてレヴィ=ストロース『野生の思考』を攻めていきたい。そして山を越えたら吉田武『オイラーの贈物』を攻略するんだ……なんて書くと死亡フラグになってしまう。「いつか読む」は、きっと読まない。だから今から読み始めよう。

 「これが入ってないなんて!」気持ちは分かる。100冊に絞るのに幾度となく涙を呑んだ。だから、以下の全リストから選んだ、あなたのオススメを伝えてほしい。なぜなら、「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」のだから。

「2014_大学教師が新入生に薦める本.csv」をダウンロード

 人生は短く、読む本は多い。良い本で、良い人生を。

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『ヒストリエ』を10倍楽しく読む方法

 過去は確定してるから、あらゆる歴史はネタバレである。だが、「なぜそうなったのか」は時代によって違う。あるいは為政者の都合で改変される。

 史家も人の子、自分が生きている時代の風潮というか要請に従い、歴史を書き直す。ネタは割れているのだが、その解釈が変わる。そういう意味では、あらゆる歴史はネタ割れである。ある事実が、それぞれの時代でどのように解釈されてきたかを辿ることにより、その時代が浮き彫りになる。

ヒストリエ

 岩明均『ヒストリエ』は、アレクサンドロス大王を描いた傑作漫画(彼に仕えたエウメネスを主役にしているのがミソ)。未読なら強くオススメする「四の五の言わず、黙って読め」と。ただし、連載ペースがゆっくりしているため、「続きが読みたい病」に罹ること必至。ここでは、そんな患者の方々に、『ヒストリエ』を10倍楽しむための一冊『興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話』をご紹介。

興亡の世界史01 神か魔物か伝説か、毀誉褒貶の激しいアレクサンドロス大王をテーマにした作品は多々あれど、「彼をどのように解釈したか」という視点が面白い。偉業を成し遂げた英雄と評価される一方で、野蛮で無慈悲な殺戮者の側面を持つ。感情的になるあまり○○を殺してしまったというエピソードを知って、思わず『ヒストリエ』6巻~8巻を三度読みする。アンビバレントな行動を、『ヒストリエ』では「一つの身体に二つの人格」として説明し、さらにはそうなるに至った母親との"事件"をおどろおどろしく描く。

 いっぽう本書では、ミニマリズム=最小限評価主義を取る。時代の空気を読んで脚色された、さまざまな着色を取り除き、彼の行動や政策はその時々の状況に応じて個別になされた決断の結果だと見る。目的と手段を冷静に見極める有能な政治家像が浮かぶ反面、英雄的なカリスマ性が剥ぎ取られた等身大の大王が見えてくる。すると、それぞれの時代の為政者を正当化するための歪みが逆照射されるのだ。

 たとえば、『英雄伝』プルタコスは、地中海を統一し「遅れた」異民族に平和と文明の果実をもたらした英雄として、ローマ帝国にふさわしい歴史的意味づけを大王に与えた。「蛮族」を服従させる正当性をもたらすストーリーの主役としての大王像だ。ヘーゲルは『歴史哲学講義』で、「彼のおかげで、成熟した高度な文化が東洋に広がり、占領下のアジアはギリシア的な国土になった」と述べた。東西文明融合の旗手というスローガンは、植民地支配につながる。即ち、文明の進んだヨーロッパは、アジア・アフリカを支配すべしという論調を裏付ける伝説が、アレクサンドロス大王なのだ。

 あるいは、イギリスの学者ターンが提唱した人類同胞観念の先駆者という観点も然り。諸民族の同化・融合政策を進めた大王は、史上初めて民族差別を乗り越えようとしたのだと位置づける。折しも1930年代、英国は支配下の諸民族の要求に応じて自治を与え、イギリス連邦を結成した時代だ。国際協調の「気運」が着色された大王像だ。それぞれの時代衣装をとっかえひっかえ着せられ、ヨーロッパ中心主義の視点を内在化させた大王は、図らずもオリエンタリズム手先となっていたのだろう。この英雄像が、『ヒストリエ』でどう再解釈されるかが楽しみだ。先に挙げた粉飾とは異なるだろうが、あの優しい/禍々しいアレクサンドロスが、どう「化ける」のだろうか。

 このように、巨大な矛盾をはらんだ複雑きわまりない人物だからこそ、傍らから描いた方がドラマティックになる。だから『ヒストリエ』の主役はエウメネスなのだろう。また、周辺の友人や武官たちの運命を辿れば、「書記官」であるほうが好都合だ。読み進めるうち、ネタが割れていくに従って、『ヒストリエ』を読み返すことは必至。あの人が……こんなことになるなんて……と絶句すること請け合う。アレクサンドロスとエウメネス、比べきれない両者は、ブレヒトの戯曲『ガリレイの生涯』がしっくりする。

  アンドレア「英雄のいない国は不幸だ!」
  ガリレイ「違うぞ、英雄を必要とする国が不幸なんだ」

 まず『ヒストリエ』を読むべし。そして『興亡の世界史』を読むべし。

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