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神経に、直接障るアンソロジー『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』

リテラリーゴシック・イン・ジャパン 暗黒で残酷な「文学的ゴシック」なるものを提唱し、読み人を不穏にさせる名品を集めた一冊。

 ラインナップが奇妙かつ絶妙なり。乱歩や澁澤といった定番もある一方で、小川洋子、三島由紀夫、伊藤計劃、宮沢賢治といった、従来のゴシック観を塗り替えてしまう作品が挙がっている。

 それもそのはず、いわゆる「ゴシック小説」や「ゴシックロマンス」「ゴスロリ」ではない。そういう、狭いフォーマットを狙って書かれた類型的作品ではなく、人の持つ暗黒面だとか、身体への過度の執着あるいは嫌悪、さらにはひたすらに美しさを追及した死体がモチーフになる。時代も背景も道具立ても様式も自由なので、「この作家がゴシック?」という疑問をいったん飲み込んで読み込むと、和風ゴシック(和ゴシ)の可能性の広がりを感じ取ることができる。

 たとえば、三島由紀夫『月澹荘綺譚』が拘っているのは“視線”だと炙り出される。これ単品で読んだなら気づかないだろう。景色や女人の、ビジュアルとして美を嘗め回すように書き出す筆致は、そのまま月澹荘の主の異様な行動を裏づけし、彼の運命につながる。見ることに貪欲でありながら嫌悪していることが伝わってくる。あるいは、桜庭一樹『ジャングリン・パパの愛撫の手』で、おおきな胸をまさぐり、やさしく秘部をかき分け、愛を導くのは“両手”だ。なぜ本人のものではない両手が、そうした行動をとるに至ったかは作品に任せるとして、腕フェチ大満足の頽廃エロスだろう。

 これほど自由な和ゴシなら、「なぜこれがない?」と疑問も出る。腕フェチズムなら川端康成『片腕』だろうし、三島の残酷耽美の究極といえば『憂国』を挙げたい。漱石『夢十夜』も浮かんでくる(編者も同じことを考えたはずだ)。おそらく、「リテラリーゴシックとは何か」に具体的に応えるため、できるだけ数多くの短い作品を集めたかったのだろう。

 だから、どれも紙数が少なく、あっという間に読めてしまう。だが、どのページを開いても、そこには、終末と頽廃、異形と猟奇、人外と耽美が詰まっている。いや、それしか埋まっていないと言っていい。ゴシックを狙って書いた作品ではなく、描かれたテーマや主題に、ゴシックハートが宿ってしまっているのだ。

 もちろん定番もある。澁澤龍彦『幼児殺戮者』では、青髭伝説のモデルとなったジル・ド・レエを挙げて、犯罪者の本質的なエキジビショニズム(誇示癖)を語る。犠牲者の腹を割き、手足をばらばらにし、どろどろした臓腑に浸りながら、断末魔の苦悶と痙攣を恍惚として眺め、瀕死の肉体の上に精液を射出したが、彼が何よりも望んでいたのは、性的な快楽よりもむしろ殺すことの喜び、血を見ることの喜びであったという。これは戦争行為の代替であり、同時に公開処刑への無意識の欲求が潜んでいると指摘する。人間の暗黒面をずばり引きずり出してくるので、読み手によっては皮膚を剥かれる思いをするかもしれない。

 この、「読めば分かる」といわんばかりのラインナップ。悪食の和ゴシの醍醐味を堪能せよ。

北原白秋  『夜』
泉鏡花   『絵本の春』
宮沢賢治  『毒もみのすきな署長さん』
江戸川乱歩 『残虐への郷愁』
横溝正史  『かいやぐら物語』
小栗虫太郎 『失楽園殺人事件』
三島由紀夫 『月澹荘綺譚』
倉橋由美子 『醜魔たち』
塚本邦雄  『僧帽筋』
塚本邦雄  三十三首
高橋睦郎  『第九の欠落を含む十の詩篇』
吉岡実   『僧侶』
中井英夫  『薔薇の縛め』
澁澤龍彦  『幼児殺戮者』
須永朝彦  『就眠儀式』
金井美恵子 『兎』
葛原妙子  三十三首
高柳重信  十一句
吉田知子  『大広間』
竹内健   『紫色の丘』
赤江瀑   『花曝れ首』
藤原月彦  三十三句
山尾悠子  『傳説』
古井由吉  『眉雨』
皆川博子  『春の滅び』
久世光彦  『人攫いの午後』
乙一    『暗黒系 goth』
伊藤計劃  『セカイ、蛮族、ぼく。』
桜庭一樹  『ジャングリン・パパの愛撫の手』
京極夏彦  『逃げよう』
小川洋子  『老婆J』
大槻ケンヂ 『ステーシー異聞 再殺部隊隊長の回想』
倉阪鬼一郎 『老年』
金原ひとみ 『ミンク』
木下古栗  『デーモン日暮』
藤野可織  『今日の心霊』
中里友香  『人魚の肉』
川口晴美  『壁』
高原英理  『グレー・グレー』


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