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文学の魔道書『偏愛蔵書室』

偏愛蔵書室 いい本を書く人は、いい本を読んでいる。

 いわばGIGO(garbage in garbage out)の対偶だね。開高健や池澤夏樹、ナボコフやモームから知った経験則でもあるのだが、これに諏訪哲史を入れるべき。

 なぜなら、この『偏愛蔵書室』そのものが魅惑的な書評集であり、見知った本から察するに、惑溺を誘う文学ばかりだから。流行に背を向け、公序良俗クソ喰らえな態度が好きだ。傑作も怪作も分け隔てなく、ペダンチックに喜々として語る、挑戦的な口調も大好きだ。

 厳選された100冊が凄まじく偏っていていい。東西、硬軟幅広く、文学の森の奥深くまで分け入って、戻ってこれなくなっている。正直、これらが並んでいる書棚は近寄りたくない。帰り途が分からなくなること請け合い。

 硬質で強靭な梶井基次郎やリルケを経由して、どろり濃厚ゲルルンジュースの丸尾末広、バーカーの沼に浸る。ラヴクラフトやボルヘスの悪夢を徹夜で視て、サドや澁澤龍彦の鮮血と純潔を渉猟し、埴谷雄高やプルースト山脈を踏破する。女性作家が少ないのは、著者の趣味が如実に出ておりニヤリとする。

 さらに、紹介の仕方がいい。あらすじ(物語)よりも文体(詩)、文体よりも批評を重視し、「どんなお話か(what)」よりも、「どのように(how)/なぜ(why)語られたか」に焦点を当てる。ひたすら技法や構成の妙を取り上げて、それが自身にどのような影響を及ぼしたかを語り尽くす。この書評自体が小説論であり、自叙伝であり、言語芸術入門になっているのだ。

 一冊につき三ページ、一作家一作品という"縛り"があるので、ズバリ穿って踏み込むのがいい。澁澤龍彦『少女コレクション序説』から、「少女」とは男が発明した観念だと言い出したり、三島由紀夫『憂国』に命がけのオナニズムを見出す件に激しく頷く。最高の小説であるプルーストの巨編『失われた時を求めて』に拮抗するのが、梶井基次郎『檸檬』だと言い切ったのにはブッ飛んだ。

 ただし、何かを誉めるために他を貶めるのはフェアじゃない。「小説とはこうあるべき」を掲げるのはかまわない。小説は好きに書いて読めばいいものだから。だが、そぐわないものを否定して、ノスタルジックに「昔は良かった」するのは、やめたほうが吉。いかなる偏愛であれ、そのストライク球を見逃してしまうから。

 たとえば、大衆小説だからスルーしているのだろうが、エログロ超絶技巧なら、野坂昭如『骨餓身峠死人葛』や友成純一『狂鬼降臨』あたりがお薦めだ。少女の残虐美なら丸尾末広を随一とする前に、氏賀Y太や早見純を読みなされといいたい。傑作と売行きを相反するかのように嘆息するなら、高野文子『黄色い本』や、こうの史代『夕凪の街 桜の国』をそっと差し出そう。コマと絵とセリフの超絶技巧に舌を何回転もさせるだろう。

 また、著者一流の文学論が可笑しい。文体の技巧や、韻律的な響きを重視し、物語なんて文学の一部に過ぎぬと言ってはばからないワリに、海外モノを「翻訳」で済ませているのはこれいかに。プルースト『失われた時を求めて』は、鈴木訳と井上訳の順に読んで震撼せよという件には茶を噴いた。原文原理主義になるつもりはないが、翻訳において真っ先に犠牲になるのは、まさに著者が主張する「詩」の部分だろうに。文学を生業とする方の、あまりに無邪気な矛盾が微笑ましい。

 求道的に文学の森を探索するのはいい。だが、そのストイシズムを外へ向け、現代の小説を商業主義で軽薄な小説もどきと斬るのいただけない。小説は自由だ。小説は芸術であり商品だ。小説はいつだって風俗を映してきた。「小説とは○○だ」と好きなだけ言うがいい。だが、「これは小説ではない」と言った瞬間、衒学が匂いから臭いに変わる。この臭いに辟易しなければ、文学の森のこの上もなくたの(も)しい未知案内となる。文学は、ここまで拗らせることができるのだ。

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