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物理学の都市伝説『間違いだらけの物理学』

間違いだらけの物理学

 物理学の都市伝説を斬る一冊。

  • 太陽にゴミを捨てられる
  • ハンマー投げ選手に対し遠心力が働いている
  • 電流のエネルギーは電線の中を流れる
  • 川の蛇行は曲がる内側の流れが遅いから
 これら全て誤りだという。その理由と、物理学的な根拠を分かりやすく解説してくれる。しかも、それだけでなく、これらの俗説がなぜ信じられてしまったかにまで踏み込んでいるのがユニークである。トンデモ物理本かと思いきや、たいへん勉強になった。わたし自身、いかにアナロジーで理解したフリをしていたか思い知った。

 たとえば、「太陽にゴミを捨てられる」について。放射性廃棄物をロケットに乗せて、太陽に向けて打ち上げて、大気圏を突破すれば、あとは太陽の引力により「太陽に落ちる」ことができるかというと―――ミッション・インポシブルだという。課題は3つ。安全性の問題、経済的にペイしないこと、そして物理学的に困難だというのだ。

 シンプルに言うと、地球を出るために10km/s、太陽に落ちるのにさらに30km/s、あわせて40km/s必要になる。第二宇宙速度で地球を脱出しても、太陽から見ると、そのロケットは30km/sで地球と一緒に公転しているだけ。だから、この公転速度を上回るスピードを出せない限り、太陽には落下しない。現在のロケット技術では、それだけの速度を出せないため、(ほぼ)不可能なプロジェクトだというのだ。殺せんせーの最終回は、鉄腕アトムと同じく、「太陽に突っ込む」と予想していたが、物理学的に不可能なんだね。

 このように、俗説を正すやり方で、慣性系と回転系における力の原理や、翼の揚力理論と循環、電場と磁場など、物理学の根っこを解説してくれる。タイトルがミスリード気味なので補足すると、「物理学が間違い」ではなく、「物理学に対する理解が間違っている」というのが趣旨になる。素人だけでなく、専門家と目される人ですら、往々にして俗説を信じ込み、頑固に守ろうとするというのだ。わたしを含め、確かにそういう人、いるね。

 ただし、不思議なことに、「××教授と論争したが、誤りを認めようとしなかった」とか、「航空力学の専門家が書いた本なのに、間違っている」とこき下ろしているにもかかわらず、誰の、どんな本の、どこの箇所なのかが書いてない。なので、確認しようのないのが残念なり。

 たとえば、飛行機が飛ぶ原理について。ベルヌーイの定理を用いて揚力のしくみを解説してくれるまではいい。だが、そもそもベルヌーイの定理が成り立つところで、さまざまな通説を攻撃する。その一つに、「等時間通過説」がある。なぜこの説がダメなのかは本書に委ねるとしても、なぜこの説がまかり通っているかが、気になる。著者の論敵が頑固であればあるほど、そして著者自身が攻撃的であればあるほど、このパラダイムが確定していないのではないか?と疑問に思えてくる。

 仮に、「なぜ飛ぶのか」への根本原理が、科学的に決着しているのであれば、その専門図式に則って教科書が書かれ、教室で伝えられているはず。だが、著者のいう「誤り」が、それほど数多くの専門家の口から出てくるのが本当だとするなら、その見方はまだ過渡的なのではなかろうか。著者の主張が誤っていると言いたいのではない。著者の主張が「科学的な常識」として完全に定着していないのではないか?あるいは、昔の通説を今でもまかり通っているものと勘違いしているのではないか?

 本書の中では個人名や書籍が特定できる注釈はない。だが、本書の元となったエッセイ[飛行機はなぜ飛ぶかのかまだ分からない??]を見ると、昭和50年に出版された『飛行機はなぜ飛ぶか・・・空気力学の眼より』が、等時間通過説であるとして批判されている。昔は通説(の一つ)だったとしても、研究や開発が進むにつれ、そのままでは説明不十分となり、一部を変えたり換えたりすることで改良を重ねる。科学の自然なふるまいである。

 したがって、昭和50年の本を持ち出して、その俗説がまかり通っているように言われると、ちょっと違うのではないかと思える。さもなくば、著者のいう「正しい」物理学が浸透してない状態なので、「現在の」航空力学の教科書からチェックするべきだろう。

 時折でてくる論敵への恨み節を除けば、わたしの無知と無理解を正してくれる、ありがたい一冊。

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コメント

こんばんは

太陽周回軌道に乗ったロケットが太陽に落ちるために必要なのは、公転速度からの更なる加速ではなく「減速」です。加速したら太陽から離れて行ってしまいます。

減速は僅かであっても確実に太陽に向けて落下できるため、エネルギーコストは(所要時間とのトレードオフはあるものの)原理的に非常に低く、その気になれば(すなわち経済性と安全性に目をつぶれば)現在のロケット技術で問題なく可能です。

投稿: hahiho | 2014.09.10 01:47

>>hahihoさん

コメントありがとうございます。ご指摘の通りです。地球を飛び出したばかりのロケットは、地球と一緒に公転しているので、公転している運動の向きとは逆の「減速」が必要になりますね。

そして、「経済性と安全性を無視すれば可能」というご指摘も合っていると思います。太陽を焦点とする楕円軌道を何周もさせて、少しずつ太陽に向かうように出力を繰り返すことで可能でしょう。本書を読みながら、いったん木星に飛ばしてスイングバイで太陽に向かう案を考えましたが、これは著者自身が言及しており[参考]、「完全に不可能ではないが、とてつもなく高い計画になる」とのことです。

[参考]太陽にゴミを捨てる!!??・・・ミッション・インポシブル
http://jein.jp/jifs/scientific-topics/980-topic54.html

上記のように考えると、「物理学的に不可能」というのは言いすぎですね。経済性と安全性を考慮すると、現在の科学技術では現実的な解が無い、くらいでしょう。

投稿: Dain | 2014.09.10 12:24

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