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ホラー映画から学ぶ『恐怖の作法』

恐怖の作法 本当に怖いものとは何か?ホラー映画の技術を通じて知る、恐怖の本質。後半は、観客や読者を怖がらせるための、恐怖のデザイン・パターン論。

 ホラー映画という確立されたジャンルにおいて、本当に怖いものは稀だ。ゾンビや殺人鬼が出てきても、恐怖(fear)というより驚愕(surprise)の印象が強い。わたし自身、そういうオバケ屋敷的なエグさや嫌悪感は大好物。

 しかし、著者によると、それは「本当に怖いもの=ファンデメンタルな恐怖」ではないという。著者はJホラーの小中千昭。脚本や演出における手の内を惜しみなく晒しながら、「本当の怖さ」とは何かを伝える。恐怖は確かに伝染するが、その伝染の作法は、「驚愕」とは限らないのだ。

 本当に怖いとき、人はどうなるか?映画『リング』の観客が顕著だったという。著者は、映画のスクリーンではなく、「映画を見る人たち」をこっそり観察したのだ。

観客の姿勢は、徐々に腰を前方にずり下げ、頭を極力スクリーンから離そうとする姿勢に、無意識のうちに移行していった

 本当に怖いものと対峙したとき、人は悲鳴をあげたりダッシュで逃げたりしない。見たものを信じられないまま顔を背けながらも視線は釘付けになる。見たくないから手で顔を覆うが、完全に視界を塞ぐと危ない。だから指の間からそっと覗く―――大人になって一作だけ、そんな風に見た映画がある。『女優霊』だ。「いい大人が、夜中にトイレにいけなくなる」評判通りで、夢に何度も出てきた。

 その『女優霊』や『リング』を手がけた高橋洋との対談が収録されている。わたしがなぜあんなに怖かったのかを知る。それは、「リアルではなく、リアリティ」だ。リアルにとっての恐怖とは、「死」そのものだ。この常識に囚われて現実にすり寄るような画では、怖いかどうかなんてジャッジしていないという。

 例えば、『リング』における呪いのビデオで揉めたエピソードが明かされる。ビデオを見た人が死ぬところを、主人公に見せなければダメだという意見が出たそうな。確かに原作にはそういう描写がある。死ぬのを見ることが、主人公にとって一番怖いことだという常識である。確かに、現実はそうだろう。

 だが、そんな現実をフィクションで見せたところで、せいぜい人がウグウグ悶えているだけではないかと斬る。それより、死ぬ場面は伏せておき、主人公には死に顔だけ見せ、どんな死に方だったんだろうと観客にも想像させる。その方が「怖い」と。恐怖とは、プロセスなんだね。

 著者は、「恐怖とは段取りである」という。観客が恐怖というエモーションを抱くまで、段階的な情報を提示していく必要がある。そのプロセスこそが恐怖であって、「バーン!!」とかいう擬音語が似合うシーン(映画用語でショッカー)は、「怖さ」というより「驚き」に過ぎぬという。ショッカーは、「その映画で最も怖かったシーン」として恐怖のアリバイになる。だが、最も怖かったのは、そこへのプロセスなのだ。

 映画やテレビドラマに限らず、2chの連鎖系怪談による「恐怖の伝播」の手法が興味深い。まとめ「シャレにならないほど怖い話」を中心に、匿名前提の、不特定多数が書き込む掲示板だからこそ存在し得た現代怪談群を分析している。

 要するにこれだ、「これから語ることは全て自己責任の上で読んで下さい。その結果、何が起ころうとも当方は関知しません」で始まり、オチは「これを読んでしまったからには、あなたも例外ではありません。実はこういう事情があって、その呪いを減ずるために書き込みをしたのです。犬に噛まれたと思って、別の人に広めてください。あなたへの呪いを減らすために(マウス反転)」で終わるやつ。著作権を鑑みてあらすじ形式になっているけれど、耐性ない人はこの概要だけでも恐くなってくる。リアリティの伝播からくる恐怖だろう。

 「ことりばこ」「くねくね」など、懐かしいものがある一方、調べきれてなかったものを見つける。「牛の首」だ。最も恐ろしい怪談として引き合いに出されるのだが、その内容は恐ろしすぎてとても書けない、つまり実際には存在しないものとして、断定を避けながらも「本体の物語は存在しない」と述べている。ちがうぞ、「牛の首」は、「鮫島」のようなネタではない。

くだんのはは 本体は、これ。小松左京の傑作だと断言する。本作も、リアルではなくリアリティが追求されている。現実の話ではない、それは頭で分かっている。でも、読んでしまうと、いかにも「ありそうな話」として受け止めてしまい、知った自分が呪わしくなる。

 ホラーの愉しみかたを通じて、恐怖の本質に触れる一冊。

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