« 日本SF傑作選『さよならの儀式』 | トップページ | 知覚を生み出す脳の戦略『音のイリュージョン』 »

名著『思考する機械 コンピュータ』

思考する機械 コンピュータの原理から、思考するコンピュータへの可能性まで、わずか250頁に圧縮されている。古いのに古びない名著。

 コンピュータの技術はあっという間に陳腐化するが、本書は無縁だ。なぜなら、これはコンピュータサイエンスの原理や概念を取り上げ、なぜそのような概念が必要なのかを解き明かすから。著者は、コンピュータの本質を、誰でも分かる言葉で書きたかったのだ。コンピュータを構成する物質―――トランジスタやシリコンチップといったテクノロジーが時代遅れになり、他の物質に置き代わったとしても、そのまま正しい考察として通用する原則を書きたかったのだ。

 本書は、コンピュータの基礎から始め、チューリングマシンや状態遷移、論理演算やアルゴリズム、並列処理、量子コンピュータから人工知能まで、一気通貫に駆け抜ける。子どもの頃に棒と糸でコンピュータを作った話や、講演会で「ドアにコンピュータが付く時代になるんだって!?」と馬鹿にされたエピソード、人に勝つチェスマシンのレシピを織り交ぜながら、興味深く解説してくれる。高校の情報処理の教科書にぴったり。他の本で回り道しながら苦労したわたしからすれば、本書が「最初の一冊」の人は羨ましいかぎり。

 だから、わたしは哲学書として読んだ。「脳は一種のコンピュータであり、人間の思考は複雑な演算にすぎない」と断定する著者に、違和感を抱きながら。たしかに、コンピュータは、思考プロセスを加速したり、拡大したりできるマシンだ。人の想像力を高め、創造力をアシストし、人間だけではとうてい到達できない世界にまで思考を広げてくれる。

 しかし、コンピュータがやっていることは、「思考」なのか。今そうでなく、未来そうなるというのであれば、コンピュータがやっていることの延長上に、「思考」が存在するのだろうか。チューリングテストに合格したら、「思考している」といえるのか。あるいは、長いこと「中国語の部屋」に居たなら、(中国語を解さないままだとしても)「思考している」といえるのか。さまざまな質問をぶつけながら読む。

 仮に、人の思考が論理に置換可能で、ブール代数(本書で丁寧に説明される)で演算・体系化できるのであれば、著者は正しい。どんなに複雑であっても、AND,OR,NOTなどの部品を組み合わせ、論理式を記述したり操作することが「思考」であるならば、「思考する機械=コンピュータ」は正しい。コンピュータは、人の「論理」の代行者となる。

 このコンピュータ、人のフリは上手にできるようになるだろうし、事実、人間以上にそれらしい。だが、そっくりに振舞える何かは、「思考」しているのか。声や文字列などの刺激に、うまく反応することを「思考」と定義するのであれば、そう言える。だが、「思考」の定義はそうだったっけ?精神活動や心身問題といった曖昧な概念が混ざり込まないだろうか。

 脳の研究が進んだとしても、「どのように」そうなっているのかが探究できたにすぎない。「なぜ」そうなっているのかは、人ならできるが、人でないものには不可能だと考える。なぜなら、そこに判断が加わるから。判断は、前提と基準にもとづいて下される。前提を解釈する際、どの基準を選ぶのかを吟味する際に、その人の価値観が加わるから。

 もちろん解釈も吟味もシミュレートできる。価値観すら、でかいマトリクスを用意すれば真似できる。「最も合理的な理由」「最適化された判断」は、その言葉通り、100回くりかえしても同じ結果に行き着く。だが、人に委ねられた際、その判断を下すタイミングや状況によって、何らかのゆらぎが生じる。そのゆらぎはランダムネスか?違う。なぜなら、そのゆらぎを指摘されたとき、人は説明しようとするから(たとえランダムなものであったとしても)。この自己正当化は、AIはプログラムされた真似以上のことは、できない。だが人はできる。「自分は正しい」ことを証明しようとするとき、人はその創造性を最も発揮するのだから。

 つまり、コンピュータにとっての「正しさ」は外から与えられる、必ずだ。どういうふるまいが「良い」とされ、どんな一手が「正解」に近いとされるかは、データの形であれプロセスの形であれ、あるいはアルゴリズムになったとしても、人が(己が正しさの信念に従って)予め準備しておくもの。ユークリッド幾何学なのか、非~なのかによって、プロセスもアルゴリズムも、正解も違う。ディスカバリー(発見)号の乗組員の一員なら、カバー(隠す)ことは矛盾する。無理に秘密を守らせようとするならば、「殺せば合理」と判断してしまう。「最適」「合理」は何にとって、誰にとってそうなのかを、知っておく必要がある。

 コンピュータの本質は、人の論理に則っている。ただし、どの論理を是とするかは、人に委ねられている。これが、コンピュータ(=論理)の限界であり、「語りえぬもの」の境界なのだと考える。

 本書は、小飼弾さん書評[石の模様 - 書評 - 思考する機械コンピュータ]で手にした。弾さん、ありがとうございます。良い刺激になりました。

|

« 日本SF傑作選『さよならの儀式』 | トップページ | 知覚を生み出す脳の戦略『音のイリュージョン』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18285/59986427

この記事へのトラックバック一覧です: 名著『思考する機械 コンピュータ』:

« 日本SF傑作選『さよならの儀式』 | トップページ | 知覚を生み出す脳の戦略『音のイリュージョン』 »