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呪われる傑作『魔術師』(ジョン・ファウルズ)

 「呪う」とは、読者のアタマに消えない謎を植えつけること。

 面白がって一気に読んでしまった後、傷口がぱっくり開いたままになっていることに気づく。これ一生治らないし、じくじくと痛み続け時折フラッシュバックのように閃いて、わたしを苦しめることだろう。何らかの批評で結論づけてしまえれば、この呪いから解放されるが、この物語は読み手の解釈を拒絶する。時をおいて再読することで、もう一度謎と向き合う他ない。そのとき、この傷口からは豊穣な血液が、ワインのごとく滴る……と願いたい。

 これは、二転三転するオカルトじみた心理サスペンスであり、実存の哲学にまみれたリドルストーリーであり、こじらせ男女の恋愛譚であり、ギリシアとイギリスを舞台にした壮大すぎる劇中劇中劇になる。J.キャンベルが説いた英雄伝説(セパレーション/イニシエーション/リターン)の心理戦としてもいい。オックスフォード出の、教養あるイケメン(ただしレイシストで女をモノ扱いする)ニコラスが主人公。腐れ縁になりつつある女から逃れるため、ギリシアの小さな島に教師として赴任する。そこで出会った老富豪・コンヒスに惹かれ交際を始めるのだが―――わたしの予想をことごとく外してくれる展開が楽しい。

 なおかつ説明しないという潔さがイイ。動機は語らせるからオマエラで解けよ、ただし話者自身をどこまで信じるかもオマエラで測れよ、という態度が透け見える。どこまでが"ふり"で何を茶番とするかによって、この物語はいかようにも捉えなおせる。主人公の心理的変化をダシに青臭いナルシズムを愚弄する話にしてもいいし、ナチスの狂気が伝染した老人の二律背反劇にしてもいい。人生ゲームにおける"騙し"のフレームワークをメタ化したエンタメとしても面白い(それこそM.ダグラス主演『ゲーム』みたいに)。

 小説とは「でっちあげ」にすぎない。だが、その前提で『偽物の「でっちあげ」』を作り出し、その上で{フェイクである『偽物の「でっちあげ」』}に仕立て上げられ、さらには[仮面劇{フェイクである『偽物の「でっちあげ」』}]が演じられるのだ。この多重カッコが、それこそ次々と服を脱ぐように外されてゆく後半では、読者はニコラスと共に衝撃を喰らうだろう。そして、どんなに脱がせても裸にたどり着けない「でっちあげ」に、個人として/読者としてのアイデンティティが揺らぐかもしれない。一つの謎、一つのテーマに還元することで、これを解こうとするのは難しい。だから、脱ぎ捨てられた服の匂いを吟味して、現れた衣装の触り心地を確かめるような姿勢がいいかも。

 本書の最重要テーマである「自由」について。かなり残酷なやりかたで、老人コンヒスは青年を試す(しかも幾度も)。その背後には、だれしも己の価値観に操られているマリオネットにすぎぬという諦観がつきまとっている。「言葉は真理のためにあるのです。フィクションのためにあるのではない」と言い切るコンヒスこそが、仮面劇のために言葉を操る。そして、人形を操る価値観の強度を試し、その紐を一本いっぽん切り離すことが、「自由」になることだと信じているようだ。繰り返されるどんでん返しは、その切断である。

 だが、全ての判断基準から解放され、何にも因らなくなった実存が「自由」であろうか。全部の価値観の紐を切ったマリオネットは動かなくなる。本質に先立つ実存は、ただそれのみでは立つことすらままならない。老人の「嘘」にいったん騙されたふりをするのなら、このコンヒスこそ哀れだ。自由とは、世界を解釈する自由であり、因果から離れたところで、行動を決める自由なのだから。オマエは過去の呪いから解放されんがために、魔術師の"ふり"をしている金持ちにすぎない―――とツッコんでみたところで、そういうわたしも化かされている。

 これ、もっと青いときに読んだなら、呪いが狂気に伝染していたかもしれぬ。おっさんでよかった。オススメいただいた沢山の方、そして最後に背中を押してくださったmineさん、ありがとうございます。

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