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池澤夏樹が選ぶ世界文学10作品『世界文学を読みほどく』

世界文学を読みほどく ネットのおかげで人生のネタバレが捗ったように、本書のおかげで文学のネタバレが進んだ。

 借金で詰んだ人生とか、仮想敵に依存したフェミニストとか、自分で体験することなくセミリアルタイムで眺められるネット万歳。同様に、自分で苦心して読むことなく世界文学の10作品を俯瞰できる。高尚化してた文学を下品なメロドラマに堕としたり、世界を束ねる“データ・ベース”に喩えたり、やっぱりフォークナーは「あらすじ」に圧縮できないなと納得する。この一冊だけで、読んでいない本について堂々と語ることができるだろう。

 ラインナップは次の通り。

   スタンダール『パルムの僧院』
   ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
   トルストイ『アンナ・カレーニナ』
   トウェイン『ハックルベリ・フィンの冒険』
   メルヴィル『白鯨』
   マン『魔の山』
   ジョイス『ユリシーズ』
   フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
   ガルシア=マルケス『百年の孤独』
   ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』

 作品世界への誘い方が魅力的だ。たとえば文学のラスボスと称される『カラマーゾフの兄弟』。人間の情熱・理性・信仰を三兄弟がそれぞれ体現しており、ありとあらゆる理屈、議論、思惑と主張が並んでいるという。そして、最後まで丁寧に読み終わると、「そうか、人間っていうのはこういうものなのか」と、希望と絶望の両方がちゃんと伝わるような仕掛けになっているという。「生きているということを徹底的に味わいつくす」―――読み始める前に、この件を知っているのといないのとでは、かなり果実が違ってくる。

 あるいは、『百年の孤独』の喩えが素晴らしい。同名別キャラを乱立させたり、時の流れに強弱つけたり、マトリョーシカのような入れ子構造になっているのを、フラクタルな構造で解き明かす。まず、多岐に渡るプロットを、繁茂する木々というイメージで捉える。そして、からみあう枝と葉と蔓の間に隠されている創作の意図を指摘する。全体は細部を模倣し、細部はまたさらに細かな部分をなぞる。幹が枝ぶりを、枝は葉のつき方を、葉のつき方は葉脈の模様をなぞるような反復的模倣をしているというのだ。驚いたことに、からみあう枝・葉・蔓を解いた、年表、系図、プロット読解ノートが巻末にある(物語の森に迷い込んで現実を見失う歓びが愉しみの一つなので、初読の方は参照しないほうが吉)。

 小説とは、その時代、その国、その言葉の人々の世界観の一つの表明であるという仮説を立て、スタンダールからピンチョンまで、19世紀前半から20世紀後半までの10作品を通じ、その変遷をたどる。文学は国境や言語・民族を超えて普遍性を持ちうるという思想に基づき、その背後に人には騙されたいという欲求があると語る。すなわち、混沌とした事象のなかに何かストーリー性を見いだしたい、無意味なパターンのなかに脈絡を見つけたいという、本能的な欲求があるという。さすが読み巧者、ただ10作品の紹介に留まらず、より大きな枠で「人」を見ようとしている。

 注意したいのは、池澤夏樹の「読み」であること。2003年に行われた、京大の特別講義であるところ。口述による氏一流の“世界感”がたっぷりまぶされていて、鼻につくかも。『アンナ・カレーニナ』は低レベルのメロドラマで、三島由紀夫と同様、合わないのは読まないに越した事はないという(コーヒー噴いた/拭いた)。どうやら、もう一人の主人公が見えてないようなので、分かりやすい筋だけを追う中坊読書の記憶が一生ついてまわる好例だね。そんなにトルストイ嫌いなら、ナボコフでもカフカでもディケンズでもあろうに。むしろ、そうしなかった理由が知りたい。

 ともあれ、これだけの作品を、一日一冊のペースでまとめ、紹介し、解き明かすのは並大抵のものではない。時代や国境を越えた普遍性を見出したいという衝動と、世界は無秩序なものになりつつあるという認識のせめぎあいを、世界文学を通じて感じとる。

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