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『宇宙船とカヌー』はスゴ本

宇宙船とカヌー 両極端は一致する。両極端は繰り返す。

 巨大宇宙船を建造して星の海を旅することを夢見た父と、伝説のカヌーを復元して北の海を旅することを選んだ息子のドキュメンタリー。交わることのない父子の生き方に、技術主義、自然主義のライフスタイル、世代の断絶を盛り込み、ロードムービーのように再現してみせた二重伝記。

 初読のときは息子、ジョージ・ダイソンに寄り添って読んだが、いまは父・フリーマン・ダイソンの視線で読み直す。世界的な物理学者が、息子の成長にとまどい、その感性に驚き、反発する内心を思いやりながら読む。数学と物理学をやり直しているおかげで、父ダイソンの偉大さが分かる。相対性理論と量子力学を統合する数式(ダイソン方程式)を成立させただけでなく、ファインマン・ダイアグラムを数式化して理解を広めた功績は大きい。

 しかし、父ダイソンが造ろうとした宇宙船は噴飯ものだろう。燃料ロケットではなく、核爆弾を使うのだ。核爆発から得られた推進力で地球を飛び出し、光速の3%で航行する「都市」と呼んだ方が適切な巨大宇宙船だ。当時は米ソ冷戦の真っ盛りで、人類を何度も死滅させることができる核弾頭が売るほどあった。

 父ダイソンは、核爆弾のリサイクルをすると同時に、人類を地球から旅立たせる宇宙船をデザインしたかったのだろう。地球を脱出することに比べれば、大気圏内の爆発による放射能汚染を「微々たるもの」とする発想は、SFとしても時代遅れだが、当時としては最高の科学者の合理的な考えだったのだ。最近、『科学論の展開』『科学と宗教』を通じて「科学とは何か」について考えを深めている。父ダイソンの夢を追ってゆくと、「科学」とはその時代の合理性を反映したテクノロジーの根拠にすぎない、と思えてくる

 一方で、子ダイソンが作ったカヌーがおもしろい。16で父の元をとびだし、放浪の旅をつづけながら、ベーリング海の伝説のカヤックをグラスファイバーとアルミニウムで復元する。文明からできるだけ離れた場所で、文明の手をできるだけ借りず、巨大なカヌーを作り上げるのだ。おもしろいのは、そのカヌーが宇宙船そっくりだというところ。6人を乗せて湾内だけでなく外洋まで行けるカヌーの写真が、p.386にある。ハッチカバーが半球で、三本の帆を掲げた様子は、太陽風を受けて惑星を航行する宇宙船そのもの。

 驚くほど似ている。宇宙船とカヌー、父も子も、自分で作った船で、「ここ」から出て行こうとした。ただし、父は地球から出て行こうとしたし、息子は文明から出て行こうとした。そして、父はしがらみと重力に捕らわれ、息子はテクノロジーと重力に捕らわれるのだ。本書のスゴいところは、父を子を、科学と自然を対決として捉えるのではなく、双方をそのまま示す。二者一択ではなく、両者がそのまま「ある」のだ。

 もちろん著者の主張は一人称で語られる、だからといって片方が落ちることはない。読み手に委ねるように、そのまま書かれる。科学と自然は対立するものではなく、折り合いを付けるもの。だが、どこで折り合いを付けるのかは、時代と文明によって異なる。

 ちくま文庫で絶版状態となっていたが、ヤマケイ文庫にて復刊。Amazonでどえらい値がついており、「幻の名著」だった。図書館で探すしかなかったのを書店で手にできるのは有難い。息子だった私が読んでも、父になったわたしが読んでも、それぞれ知るところが二重になっているのがいい。

 かつて息子だった父に、これから父になる息子に読んで欲しい一冊

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