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開高健の大吟醸『漂えど沈まず』

漂えど沈まず 最近の枕頭書。夜更けに、ニヤリと、刺さる寸鉄。

 開高健が愛した名句・警句・冗句が200選、エピソードや引用とともに紹介されている。開高自身が産んだ名言もあれば、名人・凡人の半句を氏が蒸留・精錬して名句に仕立てたものもある。

  生まれるのは、偶然
  生きるのは、苦痛
  死ぬのは、厄介

 神学者ベルナールが遺した言葉だが、『オーパ!』で知った。知ったのは子どものときだが、妙にひっかかり、後からジワジワくるね。おっさんになった今、この文句に出会う度に、「それでも生きねばならぬ、なぜなら、生まれてきたのだから」と口ずさんでいる。

  大人と子どものちがいは
  持ってる玩具の
  値段のちがいだけである

 ニヤリと大きく笑うしかないのは、これだ。『オーパ!オーパ!!アラスカ篇』で出てくる。釣り師の性癖についての定言は古今東西たくさんあって、どれもこれも核心をついていると前置きした上で、数ある代表として紹介されている。これは、釣りに限らないところがミソで、自分の玩具を思い出すと二重にニヤリとできる。

 小説は形容詞から朽ちる

『輝ける闇』では、このように使われている。

壁にもたれ、ハイビスカスの花のかげでタバコを噛みながら、私は、小説は形容詞から朽ちる、生物の死体や眼やはらわたから、もっとも美味な部分からまっさきに腐りはじめるように、と考えていた。

 匂いのなかに本質がある
 『輝ける闇』

 心に通ずる道は胃を通る
 『花終わる闇』

輝ける闇 小説からの引用も多々あるが、『輝ける闇』からのが一番あるようだ。開高作品の話をするとき、いつも不思議なのが、『輝ける闇』。豊穣で濃密で、それでいて残酷な、小説の体をなすルポルタージュとしても傑作だと思っているのだが……会う人会う人ことごとく、駄作・失敗作とこき下ろす。ホント!? なにゆえ? と訊くのだが要領を得ない。一人称が開高っぽくないのか、ドキュメンタリーとして中途だからか。

 これは、小説というよりも、もっと言葉そのものの普遍的なパワーについて喝破している。

 ライオンはライオンと名づけられるまえは
 えたいの知れない凶暴な恐怖であった
 
『輝ける闇』は、こう続く。

 けれどそれをライオンと名づけたとき、
 凶暴ではあるが一個の四足獣にすぎないものとなった

 言葉や文字が発明される必然を感じる。"ライオン"という言葉が作られた瞬間、ライオンのある部分は本質的に殺されてしまったという。人間が外界を征服するにあたって、火とか棍棒といった道具と同じくらいの働きを言葉がしていたというのだ。

 編者は、自分のやった名言の抽出・解析の作業について、ビッグデータの活用に近いと胸を張る。だが、やってることは極めてアナログで、開高作品を片っ端から読み返し、「 ! 」や「 ? 」と思った一言半句を選んでは、せっせと抜き書きした集積から成る。

 たとえば「滅形」という言葉は、『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇』そして『オーパ!』に登場するが、それぞれの文脈や使われ方が異なる。これらを読み比べ、そうしたキーワードで串刺しにすることで開高健の精神世界を理解するという試みが面白い。

 そこには、幾多の戦場を歩き硬質なルポルタージュを残したジャーナリストの姿ではなく、世界中の河、湖、海辺を釣り歩いた釣師の姿でもなく、原稿用紙を前に悶々鬱々としている純文学の作家の姿が浮かんでくる。

動物農場 わたしはこれに、開高健が訳した『動物農場』における、彼自身の解説を追記したい。最初は輝かしく、次第に変貌し、最後は敵そのものの姿になっていることに気づいて愕然とする、革命の運命を言い当てている。

これは左右を問わず、あらゆる種類の革命が権力奪取後にたどる変質の過程についての寓話で、寓話であるからには最大公約数なのである。

 夜更けに味読したい、開高健の大吟醸。

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