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『技術の千年史』はスゴ本

技術の千年史 技術の発展は「対話」であると喝破した名著。

 テクノロジーの人類史を、千年単位で眺めると、西欧優位が書き換わる。いわゆる「西欧技術」がヨーロッパでのみ創造されたとする幻想を暴き、欧米の技術を非西欧世界に無修正で「移転」されるべきだいう認識に反撃を加える。

 技術を発明・開発した側の刺激に対して、受け入れ側が反応し、交流を経ることで修正されつつ双方の技術的対話(technological dialogue)が繰り広げられる様相として、歴史を描き出す。その中で、西欧は歴史のあらゆる時期を通じて、異文化技術との「技術的対話」から恩恵を被ってきたことを明らかにしている。

 技術史といえば、15世紀の印刷術や蒸気機関の産業化など、いわゆる西欧が先導した科学技術史のおさらいになる。しかし、本書は8世紀から現代に至るまで、人間が活動してきたほぼ全域を対象としており、スケールとスコープを広げている。水車、紡ぎ車、織機、製紙術など、似た発明や開発が世界の異なる地域に、同時あるいは時を隔てて現れる事象に着目し、その伝播の過程をマクロの視点で分析する。

 さらに、技術発展のダイナミズムに着目する。技術の発達は、必ずしも発明者が一方的に線形に成し遂げるものではなく、伝えられたほうの反応によって様々な改良がなされるという。改良の方向性に地域性が滲み出たり、技術の伝播に伴いその技術が持つ“思想”が双方向に広まる様が面白い。

 たとえば、19世紀後半における日本とイギリスの紡績技術について。当時の日本はイギリスのプラット・ブラザーズ社から自動織機を輸入していたが、織りの工程には依然として伝統的な足踏み技法が使われていた。40年でこの技法が改良され、豊田という自動織機が考え出される。対話から学ぶのはイギリスの方になり、1929年、イングランドで豊田式織機を製造する独占権を取得したのは、当のプラット・ブラザーズ社だったというのだ。

 同じ技術であっても、異なる反応をする文化の違いが、その技術の発展のみならず、国の帰趨まで決めているようで面白い。火薬と銃は中国で発明されたが、西欧における大砲の発明を刺激したという。時計に対する態度が対照的で、高価な玩具の一種である模型として捉えた中国と、全宇宙を支配する機械的な秩序を示すシンボルとして考えたヨーロッパは、その後の科学技術革命で大きく差がつくことになる。

 技術の歴史は戦争の歴史でもある。本書では、他国に対抗する戦争技術の向上が、その文明圏全体の技術向上を促したことを、具体例で示している。1300年以降のイタリアで弓と鎧と銃器の改良が行われたのは、軍拡競争の結果だった。当時のヨーロッパは、小国と自治都市の集まりだったため、技術の向上は死活問題だったのだろう。戦国時代の日本も同様で、小国に分割・乱立された状況下で、銃器製造の熟練技術に通じる鍛冶職人が多数いたことを指摘する。

 その成果ともいえる日本刀のオーバーテクノロジーも評価されており、当時最も優れた「ダマスカス鋼」に匹敵するレベルだったという。トルコ製ダマスカス鋼の刃、インドのウーツ鋼、日本刀のもつ高い品質に対し、19世紀前半のヨーロッパの技術者はまったく太刀打ちできなかったと述べている。

 ヨーロッパを特徴付けるものは、鉱石の採掘や運搬などの資源を確保する技術である一方で、アジアを特徴付けるものは優れた製造技術だという。14世紀から17世紀にかけて、アジアとヨーロッパで貿易不均衡問題があったのだが、現代とは逆転しているのが面白い。アジアの人々が輸入したいという品物がヨーロッパにほとんどなく、あっても品質的に劣っていたという。銃器は確かに需要があったが、イスラム諸国やタイ産の方が品質がよく、綿織物にいたってはインドの安さと品質がずばぬけており、染色技術が移転されたのは、他ならぬイギリスの方だった。

 世界史を学ぶたびに痛感するのが、ヨーロッパ(特にイギリス)の簒奪っぷり。植民地という搾取システムに限らず、技術開発にも同様のことが言える。産業革命が成功した理由としては、最初に「進んだ」技術があったためではなく、他所で生まれた着想にいち早く積極的な態度で接し、活発な技術的対話を生み出したためだという。

 反対に、西欧の技術を非西欧へ「移転」する効果については、疑義を示す。農業機械、工場、給水のいずれをとっても、新技術は期待されたほど有効とはならなかった。西欧側はこれを「適応の失敗」として、地元の人々の責任に帰した。だがこれは、提供側に問題があるというのだ。新技術を受け入れる非西欧の人々がその技術にどう対応しているか、あるいはその技術をどう作り変えようとしているかを、提供側が見極められなかったことが原因だというのだ。

 例として、他の植物を排除して単一の作物を育てる西欧式の耕作と、様々な作物を同じ場所で育てる多層農業(アグロフォレストリー)の違いを示し、モノカルチャーがアフリカにもたらした悪影響を指摘する。

 鋤で耕し種を蒔いた後、剥き出しにされた土壌は、熱帯の降雨のために養分が極端に溶け出しやすく、浸食されやすくなる。ため、土地の生産力が低下しやすくなる。アフリカの大部分、南アジア、中央アメリカ、ブラジルにおける土壌浸食・生産力低下は、モノカルチャーが一役買っているというのだ。

 対照的に、アフリカ式の混作技術であれば、密集した植物で農地を覆うことができる。なぜなら、さまざまな作物が繁茂する時期が少しずつずれながら重なっているから。そのため、地面が雨にさらされることは比較的少なくなり、土壌浸食を防いでくれるというのだ。この多層農業は、アジア、アメリカ、アフリカの三大大陸の農民たちが独自に発展させていたという。

 完全に開墾した耕作地で行う単一栽培方式は、必ずしも普遍的な技術とはいえなない。西欧では、技術と工学を同一視する傾向があるため、このような陥穽に陥ったのかもしれぬ。西欧は、今度は「聞く」番なのだろう。

 技術的知識や機器が、国や文明間で「対話」をすると、新たな創意に富んだ着想が生まれ、修正や適応が始まる。その過程である「対話」がどんな結果を生み出すか。それは移転された技術に初めて出会う人々の知識と技能にかかっている。どれだけ改良されるかは、受け手側の知的素地による。18世紀にインドに移転された造船技術や、明治維新後の日本の産業化を例に挙げ、受け入れ側の素地が技術の発展を左右することを解説してくれる(その後の技術の逆輸出は周知の通り)。技術とは、まさしく対話であるのだ。

 歴史を動かした技術的ダイアローグのダイナミズムが分かるスゴ本。

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