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アンドレアス・グルスキーsugeeeeeeeeeee

 国立新美術館でやってるアンドレアス・グルスキー展行ってきた。

 壮大で緻密な光景と向かいあう。もの凄い巨視感なのに非常に微細なものまでクッキリ見える。いわば、望遠鏡と顕微鏡の視力を手に入れたかのよう。

 一見、何が写っているのか分からない。規則正しい線の羅列が畝だったり、抽象画のような幾何学模様がF1レースコースだったり。そこでは人は、アリンコよりも細かく、ミジンコ並みに注意を払われない。ウォーリーを探すかのように視線をずらして、ようやっと人であることが分かる。神の目線とはこんなものか。

 たとえばピョンヤンで撮ったマスゲームなんて、ひしめき合う人が細胞のようだ。よく見ると容貌や肢体はそれぞれ違うが、一望すると細胞の寄せ集めになる。マドンナのステージでは、舞台の内側と外側の両方が一度に"見える"から、原因と結果の両方を同時に把握しているような感覚に陥る。ツール・ド・フランスの九十九折りでは眼下・近景・遠距離の全てに完全にピントが当たっているから、全能感覚あふれまくる。『99セント』の暴力的なくらい過剰な情報量にアドレナリンが出まくる、見る快楽。

 だが、"見る"ことが困難な写真でもあることは確かだ。数メートルに及ぶ巨大な写真は視角に収まりきらないから、顔を動かしたり、体ごとバックさせたり近づけたりすることで、やっと"見る"ことができる。"見る"とは、どちらかというと受動的にこなしてきた感覚なのに、この写真の前に立つと、積極的に"見る"ことを強いられる。iPodやPCの画像とは、同じ作品なのに全く別物に"見える"。こんなにも"見る"ことに必死になるなんて、初めてかも。

 ドーパミン出しながら、"見る"ことを刷新させられるべし。

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