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ボルヘスのお気に入り『新編バベルの図書館 第3巻』

バベルの図書館第3巻 人生は短く、読む本は多い。読みたい本を読み尽くす前に、わたしの命が尽きる。死ぬときの後悔の一つは、「あれ読みたかった……」だろう。せめては予め面白いと分かってる未読に絞りたい。だが、読んでないのに面白いとはこれいかに?

 そこで読み巧者のオススメですぜ。ボルヘス師匠という先達を得て、どれだけ面白い作品に出会えてきたか。ボルヘス自身の指がつむいだ作品のみならず、師の指す先を見るにつけ、宝の山に咽びながら『バベルの図書館』を読み干す。アク・クセ・ドクはあるけれど、極上のライブラリーが集まっている。未知の作家に出会えるだけでなく、既知の作家の知らない傑作が読めるのも嬉しい。

 収獲は、ダンセイニ卿の『不幸交換商会』。「互いの不幸を交換し合う」という、いかにもありそうな奇譚だ。入店料を払うと、客は誰かと不幸や不運を交換する権利を得ることができるようになる。「分別」と決別した男は、幸福そうなしかし愚かしい表情で店を出て行くが、もう片方の男は、困惑した、思い悩んだ様子で立ち去ってゆく。客たちはそれぞれ、逆の不幸を交換するシステムになっているらしい。

かつてひとりの男が、死を交換しようとここへ駆けこんできたことがあった。彼は誤って毒薬を飲んでしまい、あと十二時間しか生きられないというのだ。この邪悪な老人は、その願いをかなえてやることができた。客がひとり、商品を交換しようと待っていたのだ。

「しかし、その男は死と引き換えに、何を得たのかね?」と私はたずねた。
「生ですとも」と陰気な老人は、ひそやかにほくそ笑んで答えた。
「それはさぞかし恐ろしい生だったにちがいない」と私はいった。
「そりゃ、わしの知ったこっちゃない」
 これだけでもじゅうぶん魅力的な設定なのに、これはマクラにすぎないのだ。この短篇は簡潔に完結してしまっているが、シリーズにしたくなる物語の磁力を放っている。

 アーサー・マッケンが描く、悪の勝利と人間の堕落は面白い(といったら不謹慎か)。ありえない幻想物語なのに、そこで繰り広げられる選択と行動は、極めて現実的だ。大嘘の物語に読者を突っ込ませる代わりに、その片足はリアルに残させる。最後の頁を閉じて「お話でよかった」と胸をなでおろしながら、極端な現実をシミュレートできる。

 本作に収録されている作品が、『三人の詐欺師』という変わったタイトルの短篇集から採られていることが象徴的だ。中世末期、『三人の詐欺師について』という危険な書物が取り沙汰されていた。人類は、モーゼ、キリスト、マホメットという悪名高い三人のいかさま師によって誘惑されてきたという主題だ。宗教会議で幾度も弾劾されたこの本、ぜひ読んでみたいが現存しないらしい。だが、マッケンの短篇集を経て、本書で読むことができる。確かに、ポーやラヴクラフトばりの神の不在を味わえる。光文社古典新訳『白魔』に俄然興味湧いてきた。

 他にも、哲学的ゾンビ物語からキリストの受難にスピンアウトするのが面白い『ペルシアの王』(ヒントン)や、[このカドカワが凄い]で強力にオススメされた、ファンタスティック・ゴシックの傑作『ヴァテック』(ベックフォード)など、嬉しい発見が沢山ある。

 ありえない現実にありがちな欲望が捩じ込まれており、その強烈さが時代を乗り越えている。100年前の幻想譚なのに、現代でも通じる(というか、舞台と小道具をそろえれば花開く)。幻想ネタや世界観の宝庫で、シナリオ屋さんにはご馳走だろう。

 読み達者が選んだ、幻想怪奇の文学全集を堪能あれ。

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コメント

新編バベルの図書館は、習志野市の大久保図書館にも、全巻入りました。
ボルヘスは、さすが幻想文学作家に分類されるだけあって、懐が広いですね。
ダンセイニは、河出文庫で「ペガーナの神々」等、創作神話を中心に主要作品が四分冊で網羅されています。
マッケンは、一時期牧神社から全集が出ていましたが、出版社も倒産し絶版のままです。
「白魔」の他には、唯一「三人の詐欺師」が、「怪奇クラブ」という書名で、創元さんから出ています。
ヴァテックは、前Dainさんが絶賛されていた、「アラビアの夜の種族」に通じる、オリエントの迷宮世界ですね。
SFが無い時代の想像力の凄さに、ときめいてしまいます。
幻想文学、万歳!

投稿: oyajidon | 2013.07.05 11:57

>>oyajidonさん

そうそう、oyajidonさんのオススメで『ヴァテック』にピンときたのです。『アラビアの夜の種族』もそうだし、『千夜一夜』を思い出すめくめく読書体験でした。オススメありがとうございます!

投稿: Dain | 2013.07.05 18:56

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