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時間を可視化する『時間のデザイン』

時間のデザイン 「時間」とは何か、時間をデザインするとはどういう営みか―――第一線で活躍するデザイナーたちの、「時間」に向き合うインタビュー&事例集。建築や写真、アートといった“形体”を追求する人々なのに、それぞれの信念の裏側に共通した観念があることに気づく。

 それはこうだ、「空間をデザインすることは、時間をデザインすること」。すなわち、時間をデザインすることは、空間として時間をかたちにする(可視化する)ことであり、そこでの人間の「生」を演出することに他ならない。この「時間」に対し、瞬間、履歴、遷移、蓄積、密度といった16のキーワードから読み解こうとする。

 たとえば、都市設計に「リズム」の要素を取り入れた、「オリンピックと都市の研究」がある。開発に投入された資本や人の集積は、都市の新陳代謝と呼べる。一定の律動で代謝を行うはずが、オリンピックの開催により、特定の時期に資本・人・政治権力までが極端に集中し、リズムが乱れることになる。この不協和音を、どうやってもとのリズムに合わせることができるか、それが都市のマクロレベルでのオリンピック後の課題になる。

 あるいは、「瞬間」をデザインした事例として、『富嶽三十六景』と『あしたのジョー』が比較される。『富嶽三十六景』のように単独の絵で“瞬間を切り取る”のに対し、漫画の“瞬間を切り取る”表現は、複数のコマを並べた連続的なストーリーから構成され、前後のコマの大きさや配置、テキスト表現などあらゆる要素が、ある「瞬間」を際立たせるために機能する。『あしたのジョー』のクロスカウンターの場面はあまりにも有名だが、そこに至るまでのコマがあってこその、あの一瞬が焼きついているのだ。

 「持続」というシステムを、「学習机の囲み空間による集中力に関する研究」から解いているのが面白い。これは、生徒の机の回りに囲いを立てることで、「囲み空間」をつくりだし、囲み空間の大きさと、生徒の視線の動き、心拍、体の揺れの関係を調査したものだ。高さのある囲み空間は圧迫感があるのではないかと懸念されたが、逆に「落ち着く」「安心する」らしい。大きな囲み空間では集中力の持続が続きやすいというのだ。

 折々で示されるメタファーが目新しく、発想を刺激される。時間と空間の関係を端的に示すものとして、「地層の断層」が提示される。断層の縦方向の重なりは、堆積に要した時間を表す一方で、一つの層の横方向のつながりは、その場に広がっていた空間を意味する(降り注いだ火山灰や河川が運んだ沖積土だから)。

 つまり時間と空間の関係は、地層の縦方向と横方向の関係に喩えられる。関東ローム層は1mの堆積に1万年と推定されているから、階段を登るたびに、「この1段が1200年か」と考えると、自分が見ているもの全てが時間の層の重なりで、そのレイヤーの先端にいることが分かる。奇妙で斬新な感覚に襲われる。

 建築を生命体になぞらえる発想もユニークだ。イリヤ・プリコジンによる「生命体の定義」は、「エントロピーを食べること」で、放っておくと増大するなかで局所的にエントロピーが縮小する散逸構造が「生命体」になる。

 建築という行為もエントロピーを減らしている、と考えることができる。木であれ鉄であれ、素材そのまま外に晒しておくと、時の経過とともに崩壊する。しかし、建築は素材を組み合わせることで、それぞれ固有に持つ時間を延ばすことができる。即ち、全体としてはエントロピーを減らす方向の営みだと言える。こう仮定するなら、建築そのものは生命体のあり方と本質的に近くなる。「建築という営みは、生命と同じ方向を向いている」というのだ。

 さまざまな形態の、可視化された「時間」のイメージが並んでいる。地理情報システムを用いることで、犯罪の発生と空間の特性との関係を明らかにしたマップや、東日本大震災の地震直後の日本発ツイートに対するリツイートの地球規模の流れ図や、銀座、渋谷のエリアで、食べる、見る、撮る、休む、買う、待つという6つの行為のツイートを抽出し、地図と時間を3次元プロットした蓄積情報などを眺めるうちに、時間に自覚的になってくる。

 刻(とき)が見える中で、濃密な時間を感じる一冊。

 自分メモ:「時間のデザイン」という切り口は本書が嚆矢ではない。本書で紹介されている先達は以下の通り。

  • ギーディオン『空間・時間・建築』丸善出版 1955
  • ムスタファヴィ『時間のなかの建築』鹿島出版 1999
  • ケヴィン・リンチ『時間の中の都市』鹿島出版 1974
  • 日本女子大学高橋研究室『時間の中の住まい』2003
  • 多木浩二『生きられた家』岩波学術文庫 2001
  • 磯崎新『対論 建築と時間』岩波書店 2001
  • 加藤道夫『ル・コルビジェ 建築図が語る空間と時間』丸善 2011
  • アレグザンダー『時を超えた建設の道』鹿島出版 1993
  • 伊藤公文『時間都市 時間のポリフォニーとしての都市像』東京電機大学出版局 2003
  • 五十嵐太郎『現代建築に関する6章 空間、時間そして世界』講談社 2006

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コメント

時間のアートといえば、音楽そのものでは無いですか!
って音楽は目に見えませんね。
時間遷移するアートで可視のもの…映画、アニメ…建築もそうですか…なるほどなるほど!

投稿: tak-cao | 2013.06.05 23:06

>>tak-caoさん

コメントありがとうございます。
さらに時間のアートとして、「写真」がありました。一瞬を切り取った写真に「時間」?と感じながら読んだのですが、ホンマタカシさんの「決定的瞬間は無い、全ての時間が等価であることを、写真が気づかせてくれる」といった件で、写真を撮る背後、見る人に共通した理解として、時間が「流れ」ていることに気づきました。

投稿: Dain | 2013.06.06 06:01

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