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アートは欲望に宿るのか?『欲望の美術史』

欲望の美術史 口にするのは憚られるが、ずっと思っていたことを直球で言い切った本。アートと欲望の深い関係が見える。

 もちろん立派な「創作欲」という言葉があるが、本書で挙げられているのはそんな高尚なやつではない。ありがちな性欲、食欲、金銭欲から、根深い嫉妬や名誉、さらに闘争心や恨み・恐怖など、極めて身近な感情にドライブされて、美が生み出される。

 納期と罵声と安値に叩かれるインプットから、どす黒くてドロドロした何かを経て、美麗なグラフィックが誕生する現場図を見たことがある。あれはウェブやゲーム製作の話だけじゃないんだ。美が売り買いされるようになったあたりから、連綿と続く「欲望の歴史」でもあることが分かる。

 本書は、美術を生み出し、求めるときの様々な欲望に焦点を当て、美が生まれる原点を渉猟するエッセイとなっている。面白いのは、絵画や彫刻といった一般的な美術作品に限定していないところ。「絵馬」や「刺青」といった、通常は美術と見なされない特殊なジャンルまで目配りしており、非常に刺激的な作品が並んでいる(ボルハのキリスト修復画が大真面目に紹介されていて笑った)。

 たとえば、性欲といった分かりやすい欲望については、ヌードの“危うさ”という視点から切り込む。著者はまず、ヌードとは、「理想化された裸」であり、「ありのままの裸」はネイキッドという定義から始め、人体こそ美の基準とした古代ギリシアの例を引く。

 そしてヌードと猥雑の境界線の拮抗を、「腕を広げて横たわる裸婦」(モディリアーニ、1917)で示す。裸婦に黒々とした陰毛が描かれていたことが問題となったからだ。わたしくらいのオッサンになると、黒木香の腋毛や『Santa Fe』の陰毛を想起するが、欲望とモラルが衝突・融合・昇華した、まぎれもない美術作品と思う。

 また、「嫉妬」が、『ゲルニカ』(ピカソ、1937)を彩っていることを知って驚く。ゲルニカの背後に、オンナの泥沼劇があったというのだ。パブロ・ピカソは、愛人が替わるたびに作風が変わったといわれ、様々な女性がピカソの豊潤な作品世界にたち現れている。

 ある日、ピカソの二人の愛人が仕事場で鉢合わせ、つかみ合いの激しい喧嘩となったが、ピカソはなすすべもなくそれを見ていたという。その様子が、『ゲルニカ』の画面左端で子どもを抱いて泣く女性に表れているという。色恋沙汰や恋愛感情を超えた、どろどろした愛欲を、全然関係無いような美術作品からムリヤリ垣間見る。美は欲からひり出されるんだね。

 一般に、金銭へ執着し、貪欲な芸術家ほど、数多くの優れた作品を遺しているという。これ、何かのスケールで統計分析したら面白い(でもまっとうな)結果が得られそう。芸術家は己の純粋な創作意欲のみに従って創作し、見返りなど頓着しないと思われがちだが、まったくの幻想であることが分かる。

 本書では『枯木寒鴉図』(河鍋暁斎、1881)がその例として挙げられている。この簡素な水墨画に百円という破格値がついたが、速攻で売れたという(「昔の1円は今の何円?」によると、今の百万円)。あまりに高すぎるという非難に、「これはカラスの値段ではなく、長年の画技修行の値なのだ」と応えたという。「15分で描いたスケッチが5000フランとは高すぎる」という依頼主に、80年+15分の報酬だと返したピカソの逸話を思い出す。

 他にも、美を生み出す様々な動機が俎上で捌かれる。王の権力を強化するためのイメージ戦略としての絵画や、戦意高揚として利用されてきた戦争画は、背後の意図が丸見えだ。

 背後の感情に目を遣ると、異なる様相を帯びてくるのも面白い。空間恐怖症の患者が濃密に書き込んだ作品や、幼くして死んだ子の鎮魂画(なかったはずの結婚式のムサカリ絵馬)は、込められた感情が胸に迫る。日本の刺青は、本人の自意識と他者の眼差しとの相互関係の上に成り立っているという分析に膝を打つ。阿弥陀如来画とキリスト教の往生術の挿絵を比較して、それぞれの「死との向き合い方」の違いが示されており、翻って"自分の死"ならどっちのアプローチが好き?と考えさせられる。

 作品そのものの"美"ではなく、背後にある感情に着目すると、美が生まれる瞬間には、必ず欲望が寄り添っていることが分かる一冊。


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