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兵站とは戦争のインフラである『補給戦』

補給戦 戦争を「補給」の観点から分析した名著。勝敗は兵站によって決定されることが分かる。

ナポレオン戦争からノルマンディ上陸作戦まで、軍隊を動かし、かつ軍隊に補給する実際的方法───兵站術を論じ、戦略に与えた影響を考察する。戦略は政治と同じく可能性の技術だといわれるが、国力や思想、情報、兵器あるいは戦術によって左右されるだけではなく、冷徹なる現実によって決定されると主張する。すなわち、軍需品や組織、管理、輸送、通信線についての諸現実によって決定されるというのだ。

 進撃や包囲、戦闘や殲滅といった「戦う」局面に目を向けがちだったのが、本書により「補う」ことの重要さを、これがなくては戦うことすらできない単純な事実を思い知らされる。兵站とは戦争のインフラであり、戦略ゲームの「補給車」のような「点」というよりも、補給ライン、戦争をする動脈のようなものだということが理解できる。

 たとえば、16-17世紀の略奪戦争では、軍隊はいわば「動く都市」だった。そこには補給の概念がなく、現地調達───軍税であれ掠奪であれ、必要なものは敵地で入手していた。軍隊は食っていくためには、常に移動し続けねばならなかったのだ。敵から略奪し敵の犠牲において消費してゆくことで、敵のリソース(人、物資、国土)を消費していることになる。この時代では、河川の利用方法を熟知している側が勝利した事実が述べられている。船による運搬能力が荷馬車と比べて大きいし、何よりも荷馬車そのもののための補給物資(かいば)が必要になるから。

 これが19世紀になると、水路に合わせて鉄道が“動脈”となる。ドイツの大モルトケの作戦は鉄道や電信を利用したことで有名だが、本書では補給の現場の観点から「理論倒れ」と手厳しい。鉄道守備隊の不十分な武装や、修理設備の不備により運用実績は一割程度だったという。何よりも、鉄道輸送中央本部が設けられず、請負業者をコントロールできなかったことを問題視する。鉄道線の限界超えた過大量を前方へ送り込む一方、列車の荷下ろし労働力や車輌・貯蔵設備が足りず、補給物資を腐らせたり破棄させたりする事例が多々あったという。輸送ラインの動脈硬化やね。

 兵站の視点からバサバサと斬ってくる。第一次大戦では、シュリーフェン計画の壮大さに比べ、輸送の現実は貧弱すぎて、補給がうまくいったのは、たまたま季節がよかったからだという。ヒットラーは、自軍を三つの異なった軸に分散しないで、モスクワに集中すべきだったという主張に反論し、兵站状況からするとヒットラーの判断は妥当だったという(利用可能の道路と鉄道線が少ないため、軸を集中させたらモスクワ攻撃に補給ができなかった)。

 ただし、独陸軍の兵站には、編成に問題があったという。鉄道・国内水路による輸送の指揮系統と、自動車輸送隊の統括が別の部局で、連携が取れていなかったという。いわば、一方は補給のパイプの両端を指揮し、他方はその中央部を握っていた状態で、一貫した兵站ラインが維持できていなかったという。

 補給の観点から過去150年間で最も“理想的な”作戦は、ノルマンディー上陸作戦だと主張する。準備の段階からも、指揮官の経験の面からも歴史上比を見ないほどに組織的な計画に頼って、作戦を準備し遂行した軍隊だったというのだ。

 計画の段階から独特だったという。立案者は、計画を立てる「前に」モデルを構築したという。上陸する18ヶ月前からさかのぼって、兵員と資材の流れに影響を与えるありとあらゆる要因について、包括的な展望をモデリングしたのだ。

 それは、舟艇や輸送船、貨物船、タンカー、はしけといった、一定時間内に陸揚げできる兵員、装備の最大量の条件。なぎさの広さと数、その勾配、海流、風、波浪の一般的状況、海浜から内陸部に入り込む道路といった、地形学的、気象学的条件。さらには、海浜からの停泊地や空軍の援護などの主要因から、「あるモデル」を作成したのだ。そして、このモデルを作り終えてから、計画担当者たちは地図にとりつき、これらの条件を満たせる場所をヨーロッパに探し始めたという。

 実際のところ、計画があまりに厳密すぎ、詳細すぎたと評価している。
実戦では計画に沿ってというより、計画なしで進み、計画とは違って進捗した。この乖離は、立案者たちが準備段階の価値を過大評価しすぎ、現場の決断や常識、即決処理の有用性を過小評価していたからだという。このような判断ができるのは、充分な計画がなされたからだろう。ダンドリが九割されていれば、後はそれに従わなくても計画が吸収してくれるから。

 「戦争とは残酷である。決定的な場所に最大の兵力を集中することを知っている者が勝つ」とはナポレオン・ボナパルトの言葉。だが、ひとたび、決定的な場所が確認されれば、そこに兵士と物資を投入するのは「兵站」の領域の問題となる。

 兵站が戦争に及ぼした影響を考察することで、兵站は戦争のインフラそのものであることが分かる一冊。


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コメント

戦争は兵站。古くは孫子からその重要性は指摘されております。まさにその通りですね。
ビジネスやスポーツでも、一回の勝利であれば、その重要性は低いですが、勝ち続けたいなら補給は重要なテーマとなります。
また兵站の重要性について考えると、それを軽視して敗れてしまった先の日本軍を想い、悲しくなります。
スゴ本オフ@2011でも紹介されておりました「失敗の本質」。ぜひご一読いただいて、ご書評を頂戴出来ればと思います。

投稿: tak-cao | 2013.05.23 09:11

>>tak-caoさん

『失敗の本質』!積読山に埋まっているはず……戦争を考える上で必読の一冊ですね。これまでの「戦争」本とからめて多角的に、巷の評価とはずらして批判的に、攻める読書にしたいです。

投稿: Dain | 2013.05.24 22:13

これ読んだのなら
大井篤 「海上護衛戦」もオススメです

スゴ本オフ@戦争 で「人間疎外の方向に働いている」と書かれてますが、
人はくうねるところに棲むところが必要だから、置いとくだけでカネがかかるんですよね…
怪我したらもっとかかるし…
お化けだったらもっと安くすむはずとかそういう話が何処かに有りそうな(脱線失礼)

投稿: kartis56 | 2013.05.31 22:21

>>kartis56 さん

これまたスゴそうな本をオススメいただき、ありがとうございます。ぜひ読ませていただきます。「護衛」ミッションって、ゲームでやっていると最も難しいんですよね……

投稿: Dain | 2013.06.01 08:04

戦争だけじゃなく、中長期的な活動にはなんでも兵站(補給)とそのためのインフラ整備・補修は大事ですよね。

投稿: | 2013.06.11 07:06

>>名無しさん@ 2013.06.11 07:06

そのとおりです!でも、その重要性の割には、維持運用コストは度外視(もしくは最初からカウントされていない)が多いように見えます……

投稿: Dain | 2013.06.14 06:32

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