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力学と解剖学で強くなる『格闘技の科学』

格闘技の科学

 力学と解剖学から格闘技を分析した好著、強さの Why と How が分かる。

 勘所や虎の巻で示されているノウハウを、合理的に説き明かす。「強い人はなぜ強いのか」が分かり、「その強さを自分に適用するには」が理解できる。「なぜ」が分かれば「どのように」も引き出せるので、本書の方法で練習を積めば、効率よく上達する(はずだと著者は請け負う)。

 実をいうと、三年前から空手の稽古を続けている。本書を読むと、わたしの師匠がくり返すアドバイスには、ちゃんと科学的な根拠があることが分かって嬉しい。「指導の対象となっている筋肉・骨格の動き」を意識して動けるようになったのだ。

 たとえば、「拳を引くつもりで突き」をせよという(師匠は、「突く倍のスピードで引け」)。なぜか?本書では、「腕を曲げるときに働く上腕二頭筋を意識するな」と言い換える。上腕二頭筋の収縮感覚を大きくしようと力むほど、上腕二頭筋に力が入って、肘間接角度の変化の速さ(角速度)が落ちるからだという。つまり、「拳を引くことを意識せよ」=「拳を出す上腕二頭筋の収縮感にこだわるな」になる。文字だと分かりにくいが、本書のイラスト+角速度のグラフなら一発だ。

 または、「蹴りはそこに壁がある感じで」と言われる。空手に限らず、野球やゴルフのスイングでも「壁を作る」と言われるらしい。これは、角運動量の観点から説明がされる。物体の重心から離れた場所に力を加えると、物体が回転を始める性質がある。踏み込みモーションで体重が乗った蹴り足を、壁を作る(軸足を急停止させる)ことで急加速させるのだ。この急停止させる踏ん張りどころが「壁」なのだという。文字だとまだるっこしいが、イラストで見えない「壁」を見ながら自分で蹴ると分かる。

 原理が分かって興奮したのが、『B・B』の10cm爆弾。少年サンデーのボクシングマンガなのだが、「10cmの距離から人を粉砕するパンチ」が出てくる。かめはめ波と同じく、特訓したものよ(少年の浪漫なのだ)。ストレートパンチは、腕を伸ばす距離が必須だと思っていたが、ボクシングの「ショートパンチ」や八極拳「寸勁」は、この思い込みを覆す。

 パンチとは、力学的には両脚と胴体の大筋肉群のパワーを、肩を通じて腕に伝えて加速していくことになる。その原理どおりにパワーを伝えられるのであれば、腕を伸ばす、つまり腕自体からパワーをだすための距離が短くても、腕は肩の動きからエネルギーをもらって、高速に加速することができる。ブルース・リーは、ワンインチ・パンチと呼んで実演してみせたという。

 『台風の科学』で勉強した角運動量保存の法則が、回し蹴りに応用できることが分かって嬉しい。強い回し蹴りを出そうとすると、腕を逆向きに振ってしまう原理は、角運動量保存の法則から説明できる。

 角運動量とは、物体の回転の勢いのこと。物体が重いほど、回転軸からの距離が遠いほど、回転速度が大きいほど、角運動量は大きくなる。そして、角運動量に対し、外部から力がかからない限り、大きさは変わらない。これが角運動量保存の法則だ。回転椅子に座って両脚を浮かし、両腕を左右に強く振ると、両腕と逆向きに椅子が回る。両腕を振ることで発生した角運動量を打ち消そうと、椅子が逆向きに回転しているのだ。

 これを利用して、右回し蹴りのとき、両腕を右回りに振ると、その角運動量を打ち消そうと、右足と上半身がさらに速く、逆の左に回転する。両腕を大きく伸ばし(回転軸からの距離を大きくする)、高速で振るほど強い回し蹴りになる。同じ原理が、右ストレートから右回し蹴りへのコンビネーションにも働いている。これを読んで、力学を意識した稽古をするようになった。

 他にも、『あしたのジョー』のクロスカウンターの威力が衝撃力の最大値(kgw)で測られたり(静止状態270kgw・カウンター420kgw)、柔道の投技ごとに、力学的な原理がXYZ軸への回転で解説されたり、盛りだくさん。

 (役に立ってほしくないが)知っておいたほうがいいのが、「ナイフを持った相手とはどう闘えばいいのか?」だろう。本書では、ずばり「全力で逃げろ」と強調する。そして、どうしても逃げられないときの構えといなしを指南する。

 1. 手の甲を相手に向けて、顔面、ひじで胸(心臓)を守る
 2. 腹部は正面に向けて相手の突きを誘う

 ポイントは「突かせる」場所(腹)をあけることだという。つまり、攻撃の種類を限定させるのだ。突きに合わせて体を右にひねり、同時に顔をカバーしていた両手を下ろし、右手で相手の手首を上からつかみ、左手または前腕で外から内へひじを押さえるのだ。

 他にも護身術のイロハとして「手首をつかまれたとき」「胸ぐらを押さえられたとき」などの対処が、力学的・解剖学的に解説される。もちろん読んだからといって、すぐ実践できるわけない。だが、知らないよりは、知っておいたほうが(そして実践なしで済ませたほうが)よい情報でもあるのだ。

武術の科学 本書には続編が出ている。『格闘技の科学』がボクシングや空手といった、打撃系中心なのに加え、『武術の科学』では剣術や体術といった、体さばきや崩しに力点を置いているようだ。これも読んで稽古に使おう。

 わたしが空手を始めた理由は、「わが子がイジメられているらしいと思った親が最初にしたこと」に書いたが、問題はその次。息子を鍛えるつもりだったのに、技はわたしを追い抜いてしまっている。リーチと体格差でねじ伏せているが、背が追いつかれたら勝てなくなるだろう。そうなる前に本書で対抗策を練っていたが、さっき息子に見つかった……

 格闘技に対し、科学的に理解する/強くなるための一冊。

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コメント

ブログいつも拝見させて貰ってます。
お陰様でまだ当分本選びに困らなそうです。

息子さんに差をつけたいなら『筋トレ』なさってはいかがですか?
格闘技をやると逆に痛感するのは体格と強さはある程度比例するという事です。良い例がボブ・サップが一時期格闘技界を席巻した事実でしょう。また、私自身中高生の頃道場で身長は抜いても大人に勝てなかったのが体格/筋肉量でした。

ついでに同じ様に強くてもジャッキーとサモハンでは子供の尊敬度は変わってくるものです。そう言えば岳物語でプロレスごっこを続ける椎名誠さんは筋トレが日課でしたね。

そして効率良く筋トレしようとすると様々な知識が何より重要だったりするので、筋トレは実は本読みにはとても適しています。検討してみて下さい。

最後に本ですが、格闘技をやられるなら夢枕獏の格闘小説をお薦めしますよ。
"強さへの憧れ"という『男の本能』を刺激する事において氏の右に出る者はないと思います。鍛え上げた男達の持つ肉の圧力が文章から溢れ出てきて、冒険小説とは違う血の滾りを味わえますよ。
私は餓狼伝シリーズでハマった口ですが長いシリーズなので、「空手道ビジネスマンクラス練馬支部」で試すのも良いと思います。まさに40男が道場に通う話なので入り易いかと。

あとは道場生の間で"描かれる空手が徹底的にリアルだ"と絶賛されていたのは漫画「軍鶏」でした。空手や人間の持つ暴力性など負の面に焦点を当てた毒のあるストーリーも秀逸です。

長々と失礼しました。

投稿: 踊るドイツ人 | 2013.06.02 00:42

>>踊るドイツ人さん

アドバイス&オススメありがとうございます。

『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』、自分にダブらせて読めそうですね、なんとなく柳沢きみお『男の自画像』とシンパシーを感じます。

『軍鶏』は序盤しか読んでいませんが、ダーク&ハードな世界が好きです。

それから筋トレ!がんばりまっする!

投稿: Dain | 2013.06.02 07:32

ちなみに一応、一番のお薦めは『餓狼伝』です。
漫画による知名度の割に余り読まれてない印象ですが、とにかく面白さは無類のものがあります。
好みはあると思いますが、徹夜度では『北壁の死闘』などより上でした。私は試しに一冊読んだら、次の日には全巻買ってきて週末ぶっ通しで読み続けてました。

筋トレ、頑張って下さい!

投稿: 踊るドイツ人 | 2013.06.02 21:54

>>踊るドイツ人さん

「徹夜度では『北壁の死闘』などより上」……そこまで言われたら、読まざるを得ません。ジャンルは違えども、どっぷりハマれそうです。明日の予定が無い夜を見計らって中毒になってみます。

投稿: Dain | 2013.06.02 23:05

はじめまして。いつも記事を楽しみにさせてもらっています。
揚げ足ではないですが、「拳を出す上腕二頭筋の収縮感にこだわるな」は「拳を『引く』…」の間違いでしょうか?

私も空手愛好家で、吉福さんの著書も興味深く読ませてもらっています(ただ空手に関して言えば吉福さんの理解はあまり深くないように思いますが)。
 同著者の「武術『奥義』の科学」(ブルーバックス)もオススメです。

投稿: FEMRIK | 2013.06.09 21:40

>>FEMRIKさん

はい、FEMRIKさんのツッコミは正しいです。「上腕二頭筋の収縮」とは、腕を曲げるとき、即ち拳を『引く』ときですから。ただ、本書では確かに「拳を出す上腕二頭筋の収縮感にこだわるな」とあるのです(上腕三頭筋なら、スジが通るのですが)。
それから、『武術「奥義」の科学』のオススメありがとうございます、いろいろ試しながら読んでみるつもりです。

投稿: Dain | 2013.06.10 06:22

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