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結婚あるある『結婚のアマチュア』 同棲あるある『喰う寝るふたり 住むふたり』

結婚のアマチュア 最初に結論。何年やっても、誰とやっても、結婚のアマチュアのまま。

 充足することはなく、ただ慣れるだけでしかない。仮にプロフェッショナルがいるとするなれば、彼・彼女は結婚サギと呼ぶべき。結婚とはゴールであるという欺瞞は、実は真実かもしれないと信じさせてくれる意味において。

 これは、結婚生活のシミュレーション。「夫サイド」「妻サイド」の両面から見た結婚生活。どちらの言い分も、正しく、悩ましい。まるで自分を見ているようで、身に詰まされる。嫁姑の確執、浮気、子どもの教育、近所・近親づきあい。平凡な結婚に降りかかる平凡な問題は、息苦しく苛々してくる。時と場は違えども、本質は同じなのか。

 夫の視点がほろ苦い。エネルギッシュで奔放ところに惚れて結婚したのに、情緒不安定で疲れるばかりだと愚痴る。同じ性格の表と裏なのに。激しい喧嘩をする度に、「なぜ、あんな女を結婚相手に選んでしまったのだろう。なぜ、自分の手に負えないような女に目が向いてしまったのだろう」と苦悩する。

 妻の視点がほろ苦い。落ち着いたところが好ましいと思って結婚した夫は、怠惰で、引きこもりなだけ。「ちょっと喧嘩したのが何だっていうの?それは私たちの結婚生活が活気にあふれていたという証拠じゃない?」という主張は、彼女の本心だろう。喧嘩をしたって、謝れば仲直りできるのだから。

 どちらも(その立場において)正論で、愚かだ。夫は、自分の内省そのものが矛盾していることに気付いていない。「自分の手に負える女」なんて存在しないのに。妻は、謝っただけで仲直りできると思っている。「ごめん」と言えば終わったことにしている。相手がそれを受け入れてはじめて修復できるはずなのに。どちらもk、人間関係は、双方向であることを知らないのか、忘れてしまったのか。この辺はイジメと似ている。夫婦関係とは、イジメ関係なのだろうか。

喰う寝るふたり住むふたり 同じ結婚生活を、男女のそれぞれの面から見たのが『結婚のアマチュア』なら、同じ同棲生活を、男女のそれぞれの面から見たのが『喰う寝るふたり 住むふたり』になる。これは、交際10年、同棲8年目の、恋人以上、夫婦未満のアラサーカップルの話。

 そんな設定は多々あるが、『喰う寝る』がユニークなのは、同じイベント/インシデント/トラブルを、最初は彼氏目線、次は彼女目線で交互に描いているところ。「なぜ、そんな態度を取ったのか」とか、「そのセリフの裏側の意味は?」といった伏線が回収される仕掛けになっている。

 ひとうの言動に、彼・彼女で正反対に捉えてしまうおかしさと、誤解が引き起こす感情の“ゆれ”が、笑いと涙を誘う。芥川『藪の中』の、ほんわか版やね。自分がしゃべっていること、していることを、もう一つメタな視線で眺められるなら、しなくてもいい喧嘩や、怒らずに済んだことがあっただろう。相手を大事に想う気持ちがわき上がってくる、あたたかい一冊。

 スゴ本オフ「結婚」の予習として結婚本を探しているが、読めば学べる。踏まなくていい地雷、仕掛けなくていい夜襲、回避可能な決戦は、傷を負った後に分かるもの。実践の前にシミュレートしてほしい。

 スゴ本オフは、好きな本を持ち寄って、まったり熱く語り合うオフ会なり。次回は「結婚」がテーマ。現在、招待制になっているので、参加したい方は、facebook「スゴ本オフ」からどうぞ。

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