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出版不況の解法として読む『本の声を聴け』

本の声を聴け 「本棚を編集する」という仕事を見ていると、いま出版業界が直面している問題を解くヒントが見える。それは次の二点に集約できる。

  • 年百冊読む一人よりも、年一冊読む百人の“パイを増やす”
  • そのために、最大公約数の書棚に人を集めるよりも、人が集まる場に応じた棚をあつらえる
 自転車操業な台所事情と、どの書店でも似たような書棚になっていることは、同じ根っこにある。年々膨れ上がる出版点数の実体は、前の本の赤字を後の本で埋める「自転車操業」が作り出した現象だ。結果、売場に並んでいる時間は相対的に短くなり、少しでも「動きが悪い」=「売れない」と判断された本は、取って代わられる。

 この返本のサイクルが早すぎるため、棚づくりまで手が回らず、取次からパターン配本されたものを「並べるだけ」の場所になっているのが、今の書店だ。出版点数が多い割に、似たような本ばかり並び、棚の魅力が失せている原因は、ここにある。本屋の棚から、出版・流通業界の構造問題を垣間見ることができる。

 『本の声を聴け』は、これを逆回しにしたルポルタージュ。「本棚を編集する」というビジネスモデルを確立した、幅允孝さんの仕事は、そのまま出版不況の打開策のヒントになる。

 まず、依頼主の聞き取りから、「読んでもらう人」をイメージする。年齢や正確やライフスタイル、行動のクセ、仕事、一日のスケジュールをプロファイリングして、その人物が関心を持ちそうなこと、大切にしていることにつながってくる本を選び出す。

 ただし、そこで「いかにもソレっぽさ」を狙わないところが、「幅らしさ」になる。何百冊というセレクトと本の並びのつながりを通じて、相対的に「アトモスフィアとして伝えたい」という。たとえば、就活コーナー定番の『エントリーシートの書き方』の横に谷崎潤一郎の『文章読本』を置いてみるとか。わたしなら、ダイエット本の隣に『ヘルター・スケルター』、断捨離コーナーに『堕落部屋』を並べよう。

 興味深いことに、依頼ごとに、まったく違う本棚をつくるわけではないらしい。どんな店や、どんな場所でも、ベーシックとなる本があり、それを「キーブック」と呼んでいる。キーブックをどれにするか、それに何をくっつけるかで棚が変化する。くっつける方向は「セグメント」によって決まるという。キーブックにコピーライティングを施し、それに沿った本を選ぶのだ。これにより、同じ本でも違った見方やメッセージを示すことができる。

 ここからはセンスと経験の勝負になる。「雑食感」や「落差のデザイン」と評されるが、高尚なものの横に、ベタな本を置くというやり方だ。東山魁夷の『北欧紀行 古き町にて』とムーミンを並べたり、アートブックの横に『あしたのジョー』を添えたり、いい意味で俗っぽい。知らない本の隣に、誰もが知ってるアイコンをうまく混ぜる。

 こういう、ブックディレクティングという役割は師弟関係を通じてうまく伝えられないだろうかと考えてしまう。幅さんに限らず、松岡正剛さんや、内沼晋太郎さんの元で育っている(であろう)キュレーターが楽しみなり。大型書店の企画棚だと複数のスタッフ間で経験やノウハウの流通はあるだろうが、さらに展開できないだろうか。「場に応じた書棚を作る」仕組みづくりのヒントはここにある。

 「本を選ぶ」というビジネスモデルでは、一千冊の本棚を作る場合、一千冊のそれぞれの本の価格の総和と、プラス選書をするためのギャランティーになる。また、一度本棚を作れば終わりということではない。定期的にメンテナンスを行う必要がある。立ち上げのイニシャルと、メンテナンスのランニングの料金は別々で契約する。メンテナンスは、時事や季節柄で変わってゆく。この、本の流動化も「その場所」「その時」「そのテーマ」に沿って取捨選択されるため、ビジネスになるのだ。

 ただ並べるのではなく、書棚を編集する。これは、松丸本舗で足棒になるほど見てきたものだ。「キーブック」という概念といい、本のコピーライティングといい、書棚の編集といい、上手に取り込んでいる。

 本書では、松丸棚と幅棚の比較もされている。松岡の棚は真っ向勝負の「本格派」とすれば、幅のそれは、ポップで、遊び感覚に溢れた「遊学派」だという。前者が「硬」に対して後者が「軟」というが、本当?ディレクターの個性が棚に出ていることと、書棚の場所やスペースの都合による差異だと見る。むしろ幅にあるという「知を遊ぶ」を本気でやったのが、松丸本舗だし、幅棚のど真ん中はちゃんと勝負球だぜ。上2つが松丸本舗の「遊」、下2つがブルックリンパーラーの「勝負球」の例なり。

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 おそらくこれは、書店の“中の人”からは見えない。なぜなら、書店は、「本を求める人」がやってくるから。来る人を相手にするだけで手一杯の商売だから、その本が「裸の」状態であるところは想像を絶するに違いない。逆なんだ、書店に来ない人に本を届けるのが、解へのアプローチになる。幅さんはそれをやった。リハビリ病院の棚を手がけたときの、この台詞が的を射ている。

その時思ったんです。ここは、ふつうの書店の小売りの現場とは違うんだと。本屋には、本というもの、本についての知識の文脈が分かっている人たちが来ます。でもここはそうじゃない。容赦のない場所なんです。
 そしてこれは、依頼主の言。わたし自身が陥りがちな罠を、見事に言い当てている。
極端な話、本好きの人たちが好きな本だけが固まっていると、年間に本は数冊読むけれど、それほど本は好きではないという人は振り向かない。でも私は、店を本好きだけの閉じた空間にしたくなかったんですね。
 熱心に書店に足を運ぶ人だけを相手にすればいいのではない。本が人のいるところへ出かけるのだ。年間百冊買う十人を相手にするだけでなく、年に一冊買う千人を探す。パイを、母数を拡張するのだ。ふだん本を読まない人に、本を手にしてもらうヒントは、ここにある。これも、リハビリ病院についての幅さんの言。
大事なのは、手が動くことより、動いた手で何をつかむのかなんです。足が動くことより、その足でどこへ行くのか。リハビリのためのリハビリではない。(中略)書き手や差し出す側の意図を軽々と飛び越えて。そして同時に感じたのは、こんなこと、本屋にいた時には気がつかなかったということです。
 その読者が必要とする(≠欲する)本を届ける。それを編集するのがディレクターの仕事だ。それも、宅配によるものやネット配信だけでなく、人が集まる場所、病院や空港、サロンや祭場に書棚ごと持って行く。ブックトークや読書会の場所を、書店の外へ押しやる。先日開催された東京国際文芸フェスティバルや、集合本棚といった、本と人との出会い場を増やし、続けるのが解になる。コミケの会場でラノベを売る棚があってもいい。そこに集う人はみんな持ってるって?ホント?そこから調べてもいいし、組み合わせの本を添えるのもありだろう→『ソードアート・オンライン』と『クラインの壺』

 そこで求められるのが、本を選ぶ仕掛け。Amazon的な集合知を引っぱる方法をチャート化したり、棚構成を教えあう「場」を設けたり。「書棚を育てる人」を育てる仕組みを作ることが、アプローチの一歩目になる。このアプローチに対し、本書には面白いヒントがある。本との距離感が大切で、「本を好き過ぎてはいけない」というのだ。

逆説めくが、本を読まないほうが、その本を客観的に見ることができる。反対に、ものすごく本が好きな人、本に思いいれのある人の方が、いっしょに本を並べてほしいと言われると、戸惑うのではないか。
 本が嫌いではダメだが、本を好きすぎると近すぎる。好きな本をいったんつき離し、客観的に見る。自分以外の誰かが、これを読んだらどんな風に思ってくれるだろうという想像力。その本に入り込みすぎる自分をいったん置いて、他人の「読み」を承認する心の余白の部分を持てというのだ。

 このアプローチを阻むのは「売上げは?」というツッコミ。本書では、TUTAYA TOKYO ROPPONGI の成果が紹介されている。「当初目標130パーセントの売上げ。客単価は他店の三~四倍」とあるが、現在は厳しかろう。売上至上主義なら、ジリ減する読者を相手に、社長室から吼えてればいい。だが、逃げ切るつもりの爺世代ならともかく、次の、まさにいま朝読している人、朝読していた人を顧客にするのなら、読書人口の底上げを図る。売上げを伸ばす前に、読者を増やす。アニメのノベライズや、攻略本のベストセラー化は、売上にハッキリ表れるようになったのは近年のこと。「売上げは?」という逆風にずいぶん曝されただろうが、ちゃんと育っている。

 「本を選ぶ」というビジネスモデルがあるということは、種を撒く場所、育つ場所がちゃんとある証左。「最近の若者は本を読まない」のは都市伝説。本が手にされるのは、Amazonとコンビニと書店だけ、という反証が本書だ。本は、人が集まるところで出会い、手渡される───解法はそこにある。

 幅允孝の仕事は、そのまま出版不況の解法になる。書を持って街に出よ。

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