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「できない」を証明する知的興奮『不可能、不確定、不完全』

不可能、不確定、不完全 「できない」を納得してもらうのは難しい。

 なぜなら、あらゆる解決策を吟味して潰していかねばならないから。いっぽう「できる」ことを証明するのは簡単だ、解法を一つだけ示せばいいのだから。

 たとえば、上司に「できません」と伝えると「できない理由を言え(俺が論破してやる)」と返される。無茶でも「できます」と言うほうが楽である(ただし、納期・コスト・品質そして健康が犠牲になる)。最近では小ずるく言い方を変え、「現実的ではありません」と理由を説明するようになった(これで説明責任が相手に移動する)。ビジネス上のたいていの問題は、カネか時間かで解決するが、常識的な時間内に解決するのは難しい。

 ところが、世の中に、いくらカネと時間を注ぎ込んでも解決できない問題がある。荒唐無稽なファンタジーという意味で「できない」というのではなく、数学的な帰結として「できなさ」が証明されている問題である。『不可能、不確定、不完全』は、この人類の知る能力の限界を示す問題がメインテーマだ。

  • ハイゼンベルクの不確定性原理 : 物体の位置と速度を同時に知ることはできない
  • ゲーデルの不完全性定理 : 数学上の真理を決めるための論理に不備がある
  • アローの不可能性定理 : 民意を完全に反映する投票方式は存在しない
 最初は、「修理に出した車がなぜ納期に戻ってこないか」や、「最小のコストで訪問先を巡回するサラリーマン」といった身近な話題が挙げられる。納期やコストは切実なので期待して読むのだが、衝撃的な(笑撃的?)結論「常識的な時間内では解けない」という結論に至る。仕事上のクリンチと、いわゆるP≠NP予想が図らずもシンクロしてて思わず笑ってしまう。

 三大作図問題、五次方程式の解の公式、平行線公準、不完全性定理といった数学の「できない」問題を辿りながら、数学と物理学を行き来する。ニュートンの力学と微積分学、マックスウェルの電磁気理論とベクトル解析、そしてアインシュタインの一般相対性理論と微分幾何学……物理学の発展は数学の発展と手に手を取ってきたことがよく分かる。

 さらに、光の粒子と波動の二重性、確率統計、カオス、エントロピーを取り上げ、民主主義に欠かせない選挙の仕組みに数学がどう絡んでいるか、どんな限界があるかを解説したあと、今後の数学と物理学を展望する。

 特に目を引いたのは「不可能性定理」、いわば選挙の数学だ。どんな投票方式を採用しても、どこかで民意の反映に歪みや格差が生じる。大騒ぎするだけの少数派が物静かな多数派を圧倒するか、不合理なまでに死票を生じるか、当て馬の有無によって多数派の意向が反映されなくなる。アローは、次の条件を全て満たす投票様式は存在しないことを証明する。まさに、あちらを立てればこちらが立たずで、問題を解決するために編み出したアルゴリズムが、また別の問題を生じさせる。一票の格差は、常に発生するのだ。

  1. 独裁的な力をもつ投票者が存在しない
  2. すべての投票者が候補者Aを候補者Bより選好するなら、全体でも候補者Aが候補者Bより選考される投票方式でなくてはならない。
  3. 敗者の死によって選挙結果が変わってはならない
 もっとも有力な解決方法は、独裁者の存在を認めること。だがもはや民主主義ではなかろう。愚者も賢者も大衆も混ざった国にとって、民主主義とは過ぎた方式なのかも。チャーチルだっけ?民主主義は最悪だ、あらゆる政治体制のなかでマシなだけって言ってたの。

 さまざまな「できない」が、カテゴライズされてゆく(その歴史が数学の歴史なのかもしれぬ)。

 最古なのは、特定の枠組みのなかでは解決できない問題。立方体倍積問題や五次方程式の一般解で、ただ解けないというのではなく、所与の手段では解くことができない問題。これは非ユークリッド幾何学を使ったり、ベキ根以外の解法で特定の数を表現することで解決してゆく。

 充分な情報が得られないせいで解けない問題が数学と物理学の間にある。単に情報が存在しないか(量子力学的な現象)、充分に正確な情報が入手できないか(ランダム現象カオス現象)、あるいは情報が多すぎて効率的に分析することができない(多項式時間で手に負えない問題)が分類される。このあたりは人間である限り解けないことが直感できる。

 同様に、先に挙げた投票方式や議席配分方式の探究は、「ないものねだり」のカテゴリーなのかもしれぬ。システムに恣意的に介入しようとする人がいる限り、完全に公平なシステムは作り得ないという、民主主義の限界を垣間見る。その制約下で「がんばる」のがナマの人間なのかもしれぬ。

 絶妙な比喩とスパイシーなジョークを織り交ぜた書き口が良い。確率波の乱れを喩えるのに、『スターウォーズ』のフォースの乱れを持ち出し、質量とエネルギーの関係を示したアインシュタインのE=mc^2を、外貨の為替レートに喩える。もちろん選挙のパラドックスでは、米大統領選の微妙な疑惑について遠慮なく触れてくる。

 おかしいぞ、とツッコミ入れたい所もある。アインシュタインの相対性理論は、原爆や原発といった一般市民にとって馴染みの薄いものに応用されているだけで、普通の人には御利益がないと言い切る。著者はカーナビを使わないのだろうか。それともGPSシステムの相対論的補正は一般的でないのだろうか。

 ただし、強力なヒントもある。どうしようもなく完全かつ全面的に行き詰まった場合、数学には最後の頼みの綱が一つある。それは、新たな記号を設け、運用は近似解を探すことだ。例えば、結局のところ、πを小数点以下何億兆桁も知る必要はない。たいていの問題では、四桁まで分かれば充分。巡回セールスマン問題に多項式時間で解ける解法がなくても、やはりセールスマンは巡回を続けるだろう。正解から数パーセント以内の範囲まで到達できる多項式時間アルゴリズムを見つけられれば、コストは大幅に節約できる。「十分に良い」とは、十分以上に良い場合もあり、これはリアルも一緒。「できない」を納得させるのは、上司と顧客まででOKなのだ(互いの時間は限られているのだから)。

 同様に、完璧ではないにせよ十分に良いやりかたを政治や経済に対し、「合理的に」反映させるようになるのが理想型かもしれぬ。ただ問題なのは、その道を選択するという決定を下すのに、やっぱり民主主義的な方法を採るのだろうな、というところ。そしておそらく、いや間違いなく、決定できないだろうな……と予想がつくところ。プラトン『国家』でソクラテスは最高の政治とは、少数の賢人に導かれた形態だと喝破したが、民主的にはたどり着けない。ここらが民主主義の限界なのか。

 「できない」を納得してもらうのは、やっぱり難しい。抽象から生々しいところまで、人類の知の限界を面白がれる一冊。

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