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この本が怖い!スゴ本オフ@ホラー報告

 いちばん怖い本はこれだ。

 もちろん人による、何を怖がるかは。幽霊が怖い人もいれば、借金を恐れる人もいる。だが、まんじゅう怖いならお茶も怖がるように、恐怖には傾向がある。血か魂か、怨か愛か、超常か日常か、怖さの方向を吟味した、ガチ・ホラー・ベストはこれだ。

 同時に、スゴ本オフ@ホラーで出てきた、さまざまな人にとってのベストホラーも一緒に紹介しよう。何を怖がるかは人によるため、怖さの方向が、その人の「ひととなり」を表してくれる。

 ジャンルも世界も表現も種々雑多、まずはこれらをごろうじろ。

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 わたしの場合、異形を内面に認めたときが、いちばん「怖い」と感じる。子どもの頃から、異物が怖かった。なじみのないもの、知識がないもの、対処の経験がないもの、どう対応してよいか、分からないものを恐れた。これは、異質なものを排除しようとする本能が働いていたのだろう。悪霊や妖怪やゾンビを恐れたのは、そこからきている。

 異形なものを自分自身の中に見いだして、ぞっとする。排除すべきもの、忌むべきものを、他ならぬ自分の中に見つけてしまう。誰でも、自分から逃げることはできない、どこまで逃げても、自分と一緒なのだから。

 象徴的のは、血だ。身体に欠かせない存在なのに、それが出てくるということは、非日常になる。どうやらこれは、雄の発想らしい(嫁さんに告白したら鼻で嘲笑われた)。切断された肉体からほとばしる血潮とか、美しかった裸体が腐敗する様を鮮やかに描いたのが、「無惨絵」。ジャパニーズ・スプラッタの金字塔ともいうべき傑作だ。

 スゴ本オフ「POP」にて、最も戦闘力の高い本として「江戸昭和競作 無惨絵」が紹介されたが、思わず目を背けたくなる、圧倒的な画集だった。長らく絶版状態だったのが復刊され、丸尾末広と花輪和一の絵のみが採録されている。

 いっぽう、ジャパニーズホラーの傑作は「真景累ヶ淵」だ。「自分の中に異形を認める」読書になる。いわゆる怪談噺で、死んでも死にきれない怨念が化けて出る話なんだけど、怨霊そのものよりも、生きてる人間の方が怖い。なぜなら、取り憑かれ、呪い殺されるような人間は、それなりの悪行を積んでいる(分かりやすい因果応報)。

 だが、生きている人は際限がない。ぶっちゃけ、因業は、「血」「色」「銭」の三原色でに塗りつぶされている。カネが欲しい、あの女が欲しい、妬ましいといったきっかけで、両手を血に染める。良心のカケラも無さ、あさましさ、畜生っぷりにおののく―――と同時に、程度の差こそあれ、同じような業に自分自身も囚われていることを見せ付けられる。

 異質なはずの「業」を自分の中に見いだしてゾッとする。呪われた血筋とか、狂った思考を自らの中に見いだしたとき、「おまえだ!」と指差されたようなショックを受ける。幽霊は見るものの心にある。怖がっていたわたし自身が、実は怖がる対象だったことに気づいたとき、世界のどこにも逃げ場がなくなる。もっとも恐ろしい瞬間だ。

 中公クラッシックの新書は放流できなかったので、代わりにコミック版の「累」にする。怖いというより哀しさが前面に出てくる。また、トラウマンガ(トラウマ+マンガ)の金字塔である「地獄の子守歌」(日野日出志)と「関よしみ作品集マッドハウス」も放流する。

 「日常の中の非常」は、ホラーとしてなじみ深い。貴志祐介「黒い家」が一番怖いという人は、その理由として「明日はわが身」と言い切る―――たしかに。狂った粘着さんに目をつけられたら、日常は木っ端微塵になるね。「向日葵の咲かない夏」を、いつもと同じ世界が「揺らいでいく」のが怖いと言ったのはやすゆきさん。日常の中の「非日常」が逆転して取り込まれていく怖さなのか。

 興味深いのは、チャイナ・ミエヴィル「ジェイクをさがして」。SFホラーでラヴクラフトの系譜を引き継いでいるらしいが、「見えることと見えないこと」に執着しているとのこと。そこに所収されている「ボールルーム」が嫌ぁな話みたい。託児所で子どもが消える…で始まるのだが、何かが起こっていることは分かっているのだけれど、「何か」がよく分からない、見えないという恐怖。「何か」を描かないから、読み手は想像力を働かせる。

 暗闇とか幽霊というのは、「見えないから恐い」のであって、文字どおり枯尾花なのかもしれない。「見える=日常」「見えない=非日常」とすると、やたら暗闇を演出するジャパニーズホラーは定番かも。そして、その逆を突いた設定がジョゼ・サラマーゴ「白の闇」になるね。

 逆転した設定「非日常の中の日常」は、面白い。そこにホラーを見いだす発想がわたしになかったので、非常に新鮮かつ説得力があった。例えば、新井素子「ひとめあなたに」の、もうすぐ隕石が落ちてくることが分かっている「日常」の話。世界が終わるのに受験勉強に勤しむ女の子のエピソードなんて、確かにホラーだ。あるいは、映画になるが「ゾンビ」(Dawn Of The Livingdead)の舞台がショッピングセンターだから際立つ。買い出し(というか略奪なんだけど)に行くシーンは、日常ちっくなのに非常に異常に見えてゾクゾクする。

 日常から非常へのシフトが得意なのは、スティーブン・キングだろう。今回オススメされた「ローズマダー」「呪われた町」をはじめ、「霧」や「シャイニング」なんて、正常と異常の継ぎ目が見えないように上手く描いている。読んでる当人は変わらないから、「あれ? おかしな世界を"当然のもの"と見なしている私って?」と気づいてゾっとする仕掛け。一番怖いとプッシュされたのが「ジョウント」―――ああ、これは怖いというより嫌ぁな話。閲覧に注意を要する「5億年ボタン」が好きな人は大好物だろう。

 「ホラー」を御題にして面白かったのは、多くの方が、「ホラーって何だろう?」「怖いってどういうこと?」から入ったこと。例えば以下の発想はなかったので目ウロコ。そしてオススメするのが恩田陸「Q&A」なのが良いですな。

  1. ホラーとは恐怖だ
  2. 恐怖とは、恐ろしいと怖ろしい
  3. 「恐い」とは自分から一線引いた向こう側への怖さ
  4. 「怖い」とは自分の内面・主観的に感じるもの
 その延長で、「いちばん怖いのは、生きている人間だ」にたどり着く。まぁ大人の皆さんだし、スーパーナチュラルへの畏怖よりも、人間関係のトラブルのほうがやっかいだからね。でも、そこで持ってくるのが、五十嵐貴久「リカ」なのが余計に怖い。これは、メールだけの、たわいのないつきあいだと思っていた相手が超弩級のヤンデレだったという話。「あたしリカちゃん、今あなたの後ろよ」的な怖さをリアルに見せる。オチを叩く人もいるが、これがオフ会で出てくるのに意義があるぞ。

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 また、「溜まっていく怖さ」を指摘され、確かに「あるある!」と思った。「新耳袋」や「百物語」のことだよ。一つ一つの話はそれほど恐くないのだけれど、溜まっていくうちに怖さのヴォルテージが上がっていく。だんだん逃げ場を失って、精神的に追い詰められていくのが、たまらなく嫌。杉浦日向子「百物語」や山岸凉子「汐の声」なんて、まさにそのまま。どちらも怖さは一級品なので、未読の方はこれで涼んで下さいませ(わたしは真冬に読んで、トイレに行けなくなった)。

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 ゲームもあるかな~と期待してたら、あったので嬉しい。「弟切草」「学校の怪談」かと思いきや、「スーパーダンガンロンパ」が!学校という閉鎖空間で殺し合いをしてくださいというバトロワもの。曰く、サスペンスホラーだそうな。まなめもプッシュしてたし、その場で買う。ちなみにわたしは、ニャル子+まどマギつながりで「沙耶の唄」を放流した。エロゲというよりグロゲーだが、「狂った世界で狂わずにいるための、幼女とのピュアなラブストーリー」なんてプレゼンしたら女性陣が興味津々ノってくる。いいね!

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 気づき&課題図書たっぷりの楽しく恐ろしい会でしたな。怒涛の勢いで書いてしまったが、思ったこと、伝えたいことはまだまだありまくり。「ホラー」は一回ものじゃなくてシリーズにして、ホラー専用読書会にしたいくらい。「ヴァンパイア縛り」とか「一番怖いマンガ教えろ」とか。

 ラインナップは以下の通り。プレゼンされたり、twitterでオススメされたものを並べた。「嫌な」から「おぞましい」まで、怖い本、あります。

    ■生きてる人間が、いちばん怖い
  • 「黒い家」貴志祐介(角川ホラー文庫)
  • 「リカ」五十嵐貴久(幻冬舎文庫)
  • 「向日葵の咲かない夏」道尾秀介(新潮文庫)
  • 「初恋」吉村達也(角川ホラー文庫)
  • 「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム
  • 「教室の悪魔」山脇由貴子(ポプラ社)
    ■古典は恐怖を知っている
  • 「真景累ケ淵」三遊亭円朝(岩波文庫)
  • 「遠野物語」柳田国男
  • 「百物語」杉浦日向子(新潮文庫)
  • 「冥土」内田百けん、金井田 英津子(パロル舎)
    ■ビジュアルの怖さ―――ゲーム、コミック
  • 「デビルマン」永井豪
  • 「地獄の子守歌」日野日出志
  • 「沙耶の唄」ニトロプラス
  • 「無残絵」丸尾末広、 花輪和一(エンターブレイン)
  • 「スーパーダンガンロンパ」SPIKE
  • 「バットマン:アーカム・アサライム」
  • 「マッドハウス 関よしみ作品集」関よしみ(ぶんか社)
  • 「諸怪志異(三)鬼市」諸星大二郎(アクションコミックス)
  • 「ポーの一族」萩尾望都(小学館文庫)
  • 「汐の声」山岸凉子
    ■この作家が怖い
  • 「漂流教室」楳図かずお
  • 「恐怖劇場」楳図かずお
  • 「ローズマダー」スティーブン・キング
  • 「呪われた町」スティーブン・キング
  • 「ジョウント」スティーヴン・キング(「神々のワードプロセッサ」所収)
  • 「厭な小説」京極夏彦(祥伝社)
  • 「朱鱗(うろこ)の家 絵双紙妖綺譚」皆川博子/挿絵・岡田嘉夫
  • 「おしまいの日」新井素子
  • 「ひとめあなたに」新井素子
  • 「グリーン・レクイエム」新井素子
  • 「インタビュー・ウィズ・バンパイア」アン・ライス(早川文庫)
  • 「クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア」アン・ライス(早川文庫)
    ■アンソロジーと規格外の怖さ
  • 「Q&A」恩田陸(幻冬舎文庫)
  • 「贈る物語 Terror」宮部みゆき編(光文社文庫)
  • 「淑やかな悪夢 英米女流怪談集」シンシア・アスキス(創元推理文庫)
  • 「檻の中の少女」一田和樹(原書房)
  • 「ジェイクをさがして」チャイナ・ミエヴィル(早川文庫)
  • 「カンタン刑」式貴士(角川文庫)
  • 「真夜中の檻」平井呈一(創元推理文庫)
  • 「運命が見える女たち」井形慶子(ポプラ文庫)
  • 「短劇」坂本司(光文社文庫)
  • 「黒揚羽の夏」倉数茂(ポプラ文庫ピュアフル)


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スゴ本オフ「親子でドキドキする本」

 好きな本をもちよって、まったりアツく語り合うスゴ本オフ。今回は趣向を変えて、子どもと一緒に楽しむ会、「親子でドキドキする本」をテーマに、オススメしたり語ったり、上手な語りに聞き入ったりする午後でしたな。

 いつもの KDDI Web Communications さんも飾り付けられてたりする。

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 実をいうと、テーマを一度、変えている。最初は、夏だからホラー系かなと聞いてみたら拒絶反応。ダメな理由は「どれくらい怖いか、分からない」とのこと。確かにそうだ。何が怖いかは人によるが、どこまでなら怖さを楽しめるかは、経験によるから。なので、怖いよりも「ドキドキする本」になったのだ。

 「ドキドキする本」なら、怖いだけでなく、「楽しい」も「知りたい」も入ってくる。魅力的なキャラクターにドキっとしたり、思いもよらない意外な展開にハラハラしてもOK。嬉しくってワクワクしてもありなのだ。

 人ン家の読書事情がうかがい知れて面白い。定番の福音館もあれば、知育的なのもある。親が読むと子も読むんだなーと思い知らされる。わたしの子? もちろんコミックですぞ(なにより親がマンガ好き)。

 娘が紹介したのは、「ショコラの魔法」というゴスロリ魔法少女の話。「笑ゥせぇるすまん」もしくは「地獄少女」的なストーリーなんだが、少女マンガにしては陰惨なり。何でも望むものと引き換えに、自分の何かを渡さなければならないという設定が、とてつもなくアレを思い出させるのだが、こっちが老舗。「美声を手に入れた代償として顔を潰された」少女の話とか、かなり嫌話。後で知ったんだが、「ちゃおホラーコミックス」というシリーズがちゃんと確立されているんやね。

 わたしが紹介したのはエドワード・ゴーリー「ウエスト・ウィング」。怖い絵本としては最ドキドキに入るが、ハマれるかどうかは人を選ぶ。全編いっさい文字が無く、どこかの屋敷が淡々延々と描かれる。「ウエスト・ウィング」とは何か、何が出てくるのか、何を伝えたいのか、全く分からない。でも「何かがいる…!」という嫌~な感覚は読み手の背筋に忍び込む。想像力を掻き立てられる読書。

  • 「大千世界のなかまたち」スズキ コージ
  • 「ショコラの魔法」みづほ梨乃
  • 「ウエスト・ウィング」エドワード・ゴーリー
  • 「人狼村からの脱出」SCRAP
  • 「いわいさんちのリベットくん」岩井俊雄
  • 「まんぷくでぇす」長谷川義史
  • 「ドラゴンスレイヤーアカデミー」ケイト・マクミュラン
  • 「恐竜のくれた夏休み」はやみねかおる
  • 「キツネたちの宮へ」富安陽子
  • 「おしいれのぼうけん」古田足日
  • 「とっとこ とっとこ」まついのりこ
  • 「うみのべっそう」 竹下文子
  • 「ソーダ村の村長さん」
  • 「魔女がいっぱい」ロアルト・ダール
  • 「光車よ、まわれ!」天沢退二郎
  • 「どろぼうがっこう」かこさとし
  • 「数の悪魔」ハンス・マグヌス
  • 「電人M」江戸川乱歩
  • 「おつきさまこんばんは」林明子
 「怖い」といえば、初対面の大人・子どもを相手に話すという行為そのものが怖かったのかもしれない。恥ずかしがったりためらったりするのも分かる。子どもにとって、「初めてのことをする」は、ちょっとした恐怖体験なのかも。

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 そしてお楽しみ朗読会。「ちっちゃい ちっちゃい」は年齢に拠らずドキドキさせられる。「かいじゅうたち」をあえて外したセンダック「まどのそとの そのまたむこう」は面白かった(これは読むより聴く話)。どこかで聞いたことのある「エパミナンダス」の会話調も聞いて楽しい。そしてこれか!と思わず膝を打ったのは「くわずにょうぼう」。怖いから少しズらした作品なり。

 twitter実況は親子でドキワク! スゴ本オフ「ドキドキお話会」まとめをどうぞ。やすゆきさんの『スゴ本オフ ホラー本の会』は昼間のお話の会からナイスな盛り上がりだった件だと会場の雰囲気がよく分かりますぞ。

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経済学者はバカなのか「さっさと不況を終わらせろ」

 どうやらバカは、わたしだね。

 なぜなら、これだけ丁寧に説明されても、理解できないから。いや、本書が難しいわけではない。クルーグマンの主張は明快だし、処方箋も具体的で分かりやすい。忙しい人は巻末の「訳者解説」から読もう。訳者・山形浩生が簡潔にまとめてくれている(毎度毎度ありがたい)。

  • 今(2012年)はまだ、リーマンショック以後の不景気が続いていてまともに回復してない。失業者の技能や労働市場での価値の低下から、その害が一時的なものではなく、長期的な被害になりつつある。だから景気回復策をきちんとやろう
  • その手法も明快で、昔ながらのケインズ的な財政出動をやろう。赤字国債を出して、大量の公共事業をやろう
  • いままで行われている景気刺激策は小さすぎる。これまでの規模の数倍をどーんとやるべきだ。ちゃんとGDPの需要と供給のギャップを見て、それを埋める規模のものを一気にやるべきだ。中央銀行はそれを金融緩和で徹底的に支援すべきだ
 この主張の背景・歴史・理由を噛み砕き、反対する人々がいかにダメなのかを徹底して説いたのが本書。わたしが理解できないのは、反対派の理由だ。クルーグマンは、こう表現する。
  • 感情的になっている
  • 過去の間違いを認められない
  • まちがった信念にしがみつく
  • 経済学を道徳劇として見たい欲求
 最後の、「経済学を道徳劇として見たい欲求」とは、「それまでの不品行に対する罰として扱いたい動機」なんだそうな。どれも、まともな反対理由に見えない。そんなバカみたいな理由で、本当に反対しているのだろうか、信じられない。まともな根拠があるんじゃないの?

 断っておくが、ブログで見かける「僕の考えた施策」ではない。なんちゃって教授や、経済学を振りかざす暇人は、ネットのおかげでたくさん可視化されるようになった。だが、そうした人々が「感情的」になったり「経済学を道徳劇する」のは、心の底からどうでもいい。そんな遠吠えではなく、現実の経済施策に影響力を持つ人が反対するまともな理由をこそ、知りたいのだ。

 本書では、影響力を持つ人を名指しで迎撃する。ヘリテッジ財団のブライアン・リードル、ジョン・ベイナー下院議員、ビル・クリントン元大統領、シカゴ大学のユージーン・ファーマの発言をとりあげ、無知・思い込み・感情といった側面から斬って捨てる。彼らが反対する理由は、もっと「まとも」なものがあるはずだ。著者の都合に合わせてフィルタリングされたため、実証的な反例がないのだろうか?

 実は一件ある。ハーバード大学のアルベルト・アレシナの「財政調整の物語」が、緊縮財政の拠り所なんだそうな。これは、財政赤字を減らそうとした国を調査した論文で、緊縮が経済拡張につながった例が沢山あるらしい。だが、クルーグマンによると、これはちゃんと検証されていない論文だという。例えば、証拠として挙げられる1990年代のカナダは、緊縮財政のおかげではなく、お隣のアメリカの好況が原因なんだって。赤字削減と経済の強さに相関があるからといって、因果関係にはらなぬという。

 クルーグマンの主張が明快で腑に落ちる分、反対派の理由は、「まちがってるからまちがっている」ように見えてしまう。最初の「まちがってる」はクルーグマンの主張と異なっていることを指し、後の「まちがっている」は現実の失敗を指す。同じ問題に取り組んでいるのに、違う信念に基づいているため、異なる解法になるのだろうか。

 財政出動の反対派の理由について、クルーグマンに説明を求めるのが誤りかもしれぬ。ケインズとは異なる立場を持ち、実際の経済施策に影響力を持つ人―――小野善康をカウンターにしてみよう。小野は内閣府の経済社会総合研究所所長で、Wikipediaによるとケイジアンとは違う意見を持っているようだ。中公新書「不況のメカニズム」が適当だろうか。菅直人との対談「節約したって不況は終わらない」あたりが面白そうだ(実際に起きたことと比較して採点できるから)。

 というわけで、愚かなわたしを再確認できる読書だった。ただ、愚かなりにヒヤリとした箇所があったので補足する。

 本書の末尾で、好況不況は、政府支出で引き起こされる一例として、「戦争」を持ち出す。1929年から1962年の「政府支出と経済成長」のグラフを掲げ、第二次大戦や朝鮮戦争前後の政府支出の激増や激減に対して、経済全体もそれに応じた好況や不況となったと述べる。クルーグマンは決して、「景気のために戦争せよ」などと言ってないが、人によってこのレトリックを悪読みしかねないので注意が必要だろう。取りたい人にとって、格好の揚げ足となっているからね。

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