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なぜ経済学者は自信満々なのか

 twitterやblogで見えるようになったのは、権威の裏側。大学教授や医者、弁護士の「中の人」のつぶやきは、ときに専門的な視座から、ときに一個人として、生々しく迫ってくる。それぞれ自分の分野を保持しており、そこでは専門家として、そこ以外では部外者としてふるまう。

 しかし例外がいる、「経済学者」だ。なぜあんなに、あらゆる分野で自信満々なのか。

 スーパー上から目線で常識を非常識と断じる。別の権威(≒主流派)の政策やガバナンスを糞味噌にけなす。なぜか突然、放射性物質の知識が豊富になり、マスコミに代わって警鐘を鳴らす。恐怖や不安を煽るキャッチーな惹句をヒネり出すのが上手く、たとえ話はもっと上手。だが、本論は2行で片付く捗りよう。

 脳内タレ流しの書き散らしを眺めるともなく見ていると、経済学教授はよっぽどヒマなのか、論文書けよ、さもなきゃ講義しろよと言いたくなる。反論には猛然と襲いかか(っているような口調だが意味不明な羅列にな)り、シンプルかつ説得力を持つ批判にはコメントを排除するといった対抗手段をとる。

 経済学者同士の罵りあいを見ていると、それぞれ「俺様経済学」というものを持っており、従わない連中は、「経済を分かっていない」と両断する("俺様コンセンサス"やね)。長年の疑問だった。自信たっぷりに高飛車な態度は、一体どこからくるのか?ひょっとすると、経済学は人を傲慢にする学問なのか?

 実は、もう答えは見えている。「わたしが観測した経済学者が自信満々だったから」だね。ひょっとすると、わたしが知らないだけで、謙虚で控えめで、モジモジしながら持説を展開してくれる経済学者がいるのかもしれない(そして、そっちが大多数で、講義や論文で忙しく、とてもネットに書いてる暇なんてないのかもしれぬ)。

 この仮説を身をもって検証するため、経済学を勉強する。やりなおし数学、やりなおし歴史シリーズの一環で、経済学に取り組んでみよう。「○○でも分かる経済学」やタレント解説者のしたり顔は見てると辛くなるので、教科書に直接あたる。

 わたし自身、「経済学」を学んでいない。日経系列を精読していたのと、簿記の資格、あと解説書を齧った程度。最近なら「要約 ケインズ 一般理論」を読んだ。日経新聞の論説と社説が、なぜ正反対の主張をするのだろう、といった疑問に答えられないくらい、経済が分かっていない(セオリーとして日経が一貫していないという事実は、いったん脇におく)。

 だからこそ、わたし自身が勉強してみよう。読んだ経過はここに書いていくから、ゴーマンな口調、上から目線になってきたら、「経済学は人を高慢ちきにする」の良い証拠となる。そうでなければ……

301 良いブックリストは、山形浩生氏がみつくろっている。「山形浩生が選ぶ経済がわかる30冊」だ。 これは、「要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論」の刊行記念のフェアで配布されているリーフレット。ジュンク堂新宿店にて無料で手に入れたのだが、千円の価値がある。寸評を読むと、本物が読みたくてたまらなくなるから。この冊子、なくなり次第終了だから、6Fの特設コーナーへ急ぐべし。PDFで読みたいという方には、ありがたいことにポット出版からお年玉がッ→「山形浩生が選ぶ経済がわかる30冊」PDF公開

 たとえば、「入門経済思想史 世俗の思想家たち」の紹介文の一節―――「ごく一部の現象(たとえばリーマンショック)を見ただけで、経済学なんか全部ダメだとか極端なことを言う人もいる」―――まさにわたしなので、極端に走らないためにも読んでおこう。

 あるいは、「クルーグマン教授の経済入門」では、教授自身が「なぜ生産性が上がるかよくわからない」と率直に認めているという。この一文は単純だが、言っている人が人なので、そこに到るまでのプロセスが楽しみだ。山形氏のコメント「経済学が何をどんなふうに考えるか、それが現実経済の説明にどう使われるか、というのが理解できる」を腹に入れてね。その後、クルーグマン先生の「教科書」に取り組もう。

 他に、「レモンをお金にかえる法」は、まさに今のわが子に読みきかせるための本。経済というより、「お金」のリテラシーは親こそが伝えるべきだから(これを"社会"に任せると、とんでもなく高い授業料を払うことになるから)。

302

  1. 「クルーグマン教授の経済入門」ポール・クルーグマン ちくま学芸文庫
  2. 「入門経済思想史 世俗の思想家たち」ロバート・L. ハイルブローナー ちくま学芸文庫
  3. 「新装版 レモンをお金にかえる法」ルイズ・アームストロング 河出書房新社
  4. 「新装版 続・レモンをお金にかえる法」ルイズ・アームストロング 河出書房新社
  5. 「ヤバイ経済学 増補改訂版」スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー 東洋経済新報社
  6. 「REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方」ローレンス・レッシグ 翔泳社
  7. 「評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている」岡田斗司夫 ダイヤモンド社
  8. 「市場の倫理 統治の倫理」ジェイン・ジェイコブズ 日経ビジネス人文庫
  9. 「テロの経済学」アラン・B・クルーガー 東洋経済新報社
  10. 「市場を創る バザールからネット取引まで」ジョン・マクミラン NTT出版
  11. 「海賊の経済学 見えざるフックの秘密」ピーター・T・リーソン NTT出版
  12. 「不道徳な経済学 擁護できないものを擁護する」ウォルター・ブロック 講談社プラスアルファ文庫
  13. 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」ポール・コリアー 日経BP社
  14. 「傲慢な援助」ウィリアム・イースタリー 東洋経済新報社
  15. 「ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版」服部正也 中公新書
  16. 「ムハマド・ユヌス自伝 貧困なき世界をめざす銀行家」ムハマド・ユヌス、アラン・ジョリ 早川書房
  17. 「「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか」梶谷 懐 人文書院
  18. 「あなたのTシャツはどこから来たのか? 誰も書かなかったグローバリゼーションの真実」ピエトラ・リボリ 東洋経済新報社
  19. 「クルーグマン ミクロ経済学」ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルス 東洋経済新報社
  20. 「クルーグマン マクロ経済学」ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルス 東洋経済新報社
  21. 「高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門II」菅原晃 ブイツーソリューション
  22. 「コンパクトマクロ経済学」飯田泰之、中里 透 新世社
  23. 「ゼロから学ぶ経済政策 日本を幸福にする経済政策のつくり方」飯田泰之 角川oneテーマ21
  24. 「日本経済のウソ」高橋洋一 ちくま新書
  25. 「デフレ不況 日本銀行の大罪」田中秀臣 朝日新聞出版
  26. 「経済復興 大震災から立ち上がる」岩田規久男 筑摩書房
  27. 「日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学」原田 泰 新潮選書
  28. 「環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態」ビョルン・ロンボルグ 文藝春秋
  29. 「世紀の空売り」マイケル・ルイス 文藝春秋
  30. 「パーキンソンの法則」C.N.パーキンソン 至誠堂
 そう、このリストで注意しなければならないのは、「経済がわかる30冊」ということ(≠経済学がわかる30冊)。もちろん「経済学の教科書」もあるが、そこからかけ離れたように見える本もある。「経済がわかる」ことと、「経済学がわかる」こと、ひょっとすると、両者は別物なのかもしれぬ。すると、「経済をわかっていない経済学者」という存在が、俄然真実味を帯びてしまうのだがw


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「戦争の世界史」はスゴ本

戦争の世界史 ギルガメシュ王の戦いから大陸弾道ミサイルまで、軍事技術の通史。人類が「どのように」戦争をしてきたかを展開し、「なぜ」戦争をするのかの究極要因に至る。本書は非常に野心的な構想に立っている。軍事技術が人間社会の全体に及ぼした影響を論じ、戦争という角度から世界史を書き直そうとする。

 最初は大規模な略奪行為だったものから、略奪と税金のトレードオフが働き、組織的暴力が商業化する。戦争という技芸(art of war)を駆使する専門技術者が王侯と請負契約関係を結ぶ。常時補給を必要とする野戦軍を、その経済的作用から「移動する都市」と喝破したのはスゴい。略奪して融かされた金銀地金は市場交換を促進し、従軍商人は日用品から武器まで売りつけていたから。

 そして、現代の軍産複合体の前身にあたる軍事・商業複合体が形成され、ライバルとの対抗上、この複合体に依存して商業化された戦争を余儀なくされる。民間から集めた税金で軍事専門家を雇って戦ってもらい、その支出が有効需要として経済を刺激する。増加した税収でさらに軍事力が高度化し……このフィードバックループこそが、ヨーロッパを優位に立たせたのだ。

 さらに、イギリス産業革命は軍事・産業複合体が支配する産業化された戦争を生み出す。そこでは、アメリカで開発された旋盤技術により、ライフル小銃の大量生産が可能となり、大砲や戦艦の製造技術が産業化されることによって、全世界を顧客とする近代兵器製造ビジネスが誕生する。

 戦争をする主体(王侯・政府)の財政・経営上の決定と、民間企業である武器製造会社の財政・経営上の決定とは、縦横の糸のように交錯しあう。そしてついに、公共政策と民間企業のポリシーとは、二度と解きほぐせないほど緊密な布地に織りあわされる。

 本書の視線で西欧史を眺めると、社会そのものが、長い時間をかけて、戦争というシステムにロックインされてきたのが分かる。もちろん、戦争は欧米の専売特許ではない。だが、フランス革命とイギリス産業革命をトリガーに、全世界を巻き込みながら戦争と産業というシステムを二人三脚で輸出する過程こそが西欧史なのだ。このダイナミズムに圧倒される。

 本書をユニークにしているキーワードは、コマンドになる。文脈により「指令」、「注文」、「勅令」と変えられているが、補給や戦略における命令の伝わり方に着目しているのが面白い。たとえば、戦友がばたばた倒れているのに、隊列を崩さず頑張る行動様式は、本能からしても理性からしても説明がつかない。しかし、18世紀のヨーロッパの軍隊は、これをあたりまえにこなしていた。なぜか。

 あるいは、軍隊の戦闘単位が上官からの命令に厳密に従うことについて。命令の出所がすぐそこの丘の頂だろうと、地球を半周した先の本国であろうと、同等の正確さで服従したという事実は、驚くべき事なのに、ルーティンワークとしてこなしていた。これはなぜか。

戦争における「人殺し」の心理学 それは二つある。ひとつは頻繁に反復される体系的な教練を発達させたこと、もうひとつは主権者(国王、為政者)に発して最下級の下士官まで行き届く明快な指揮系統をつくりだしたことにある。「戦争における人殺しの心理学」が述べているように、たとえ戦場であっても、人は人を簡単に殺せない。人を殺す抵抗感を減らすため、「相手を人とみなさない」「戦闘行為の反復化」こそが鍵となる。練習による殺人は、グロスマンが「戦争における『人殺し』の心理学」で述べている通りだが、今に始まったことではないのだね。

 そう、歴史を俯瞰しているのに、過去問ではなく、極めて現代的な課題にぶち当たることが多々ある。

ロボット兵士の戦争 たとえば、人間性を排除した戦争が、戦争の非人道化を招いていること。テクノロジーの発達の歴史は、戦場を拡大化───戦線の無効化を促しているように見える。近接武器を手にした格闘戦から投擲器、弓矢による遠距離、クロスボウ、鉄砲、大砲、ミサイル、空爆、そして無人機と、殺戮は非対称で一方的となる。シンガー「ロボット兵士の戦争」と同じ議論が展開される。

 つまり、肉体の鍛錬による殺人行為ではなく、技術的な技能は、昔風の勇気と武勇を無用の長物とする脅威をはらんでいる。より遠くから、より効率的に(≒より安く)殺戮が行えることにより、軍人であるということが何を意味するのか、定義自体に疑問符が付けられる。象徴的な言い方をするなら、エヴァンゲリオン初号機のパイロット、碇シンジ君なんてそうだ。戦士としては非力だが、人類が保有する最後にして唯一の対抗手段となっている。

 ミエー銃やアームストロング砲など、近代兵器の拡充は、そのままドコモのiモードの盛衰と重なる。いわゆる技術の馬跳び現象だ。いったん兵站の標準化を成しとげたら、砲弾や銃弾サイズは柔軟に変えられない。設備投資は10年サイクルなのだ。だから、後追いの方が馬跳びのように先行者を追い越してしまう。フランス軍のジレンマは、なまじiモードが成功したからスマートフォン移行が遅れたdocomoに重なる。さらに、アナログ端末が普及していたためデジタル携帯革命に乗り遅れ、2Gを一気に飛ばして3Gスマホにジャンプした米国は、そのままクリミア戦争当時のロシア陸軍の戦備とダブって見える。

 軍備が遅れていた国が、一つ先の設備とサービスを取り入れてジャンプしてしまうのだ。ガラパゴス携帯は日本を揶揄する物言いだが、イノベーションのジレンマは、戦争の世界史のあちこちに散見される。古いのに新しい問題だ。

 Howから入り、Whyに至る。「なぜ」戦争をするのかの究極要因は、急激な人口増だ。人口が過剰になって成年に達しようとする世代が、今までのやり方で暮らしを立てられなくなれば、非常な緊張を生むことになる。新しいドグマ、新しい土地、新しい生活様式を探し求めてやまない、焦燥と激情にみちた精神状態は、どんな形態の政府で動揺させずにはいないという(いっぽう軍隊は雇用受入皿として有用だ)。ヨーロッパの1750~1950年がまさにそれで、アフリカ、アジアはまだ続く。日本はどうだろうか。団塊が老害として居座るのであれば、この不安定は解消されないだろうが、わたしの生きている間で行く末は定まるだろうか。

 著者・ウィリアム・マクニールの研究テーマは「西洋の台頭(The Rise of the West)」だ。西洋文明が他の文明にもたらした劇的な影響という観点から世界史を探索し「世界史」「疫病と世界史」を著している。前者は、読むシヴィライゼーションともいえる名著で、後者は、感染症から世界史を説きなおしたスゴ本だ。

 マクニールは何度も読む。そのたび異なる視点で現代を「過去問」として取り組むだろう。

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