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ボルヘスの世界文学全集『新編 バベルの図書館 第2巻』

バベルの図書館2 巨匠の編んだ世界文学全集。

 どれもメジャー作家なのだが、比較的マイナーな作品が多いのは、テーマが幻想文学だからだろうか。通して読むと、ボルヘスの「趣味」が透け見えて楽しい。

 それは、「嘘は一つ」であること。まるで異なる世界をファンタジックに紡ぎだすのではなく、ロンドン郊外だったり、フランスの戦場といった現実の場所で起きる、ささやかで深くて後を引く奇譚が描かれる。

 なぜ、幻想物語に耽るのかというと、登場人物を通してわたしの生きざまが、速やかに描かれるから。どうしてそんな言動をしたのか?普通の小説だと登場人物と同じくらいの時間(≒枚数)を要する。だが、ただ一つだけ「嘘」が入ることで、一気に彼・彼女が分かりやすくなる。

 さらに、自分ならどうする?きっと考える。「その人」をシミュレートする。荒唐無稽だから考えるだけ無駄という人は、次の意味が分からないだろう。「小説が書かれ、読まれるのは、人生がただ一度きりであることへの抗議である」(via: tumblr 、たぶん北村薫)。自分だったら、やらないだろう……そう断じた後に気づく。これはわたしの○○の寓話であることを。この寓意に至る仕掛けが、現実に刺さった幻想なのだ。

 たとえば、ワイルド『アーサー・サヴィル卿の犯罪』なんて傑作だ。高名な手相師に、「あなたは殺人を犯す」と予言されたサヴィル卿がとった行動は、わたしなら決してしない。ところがサヴィル卿の奮闘を追っていうち、その動機は、毎日わたしを追い詰めている強迫観念そのものであることに気づく。さらにラストのサゲ後に振り返ると、そこまで一行も書かれていないある事実に気づいてゾッとする。「思考は現実化する」のダブルミーニングかつ、片方はブラックバージョンであることが分かる。

 懐かしい嘘(トリック)もある。チェスタトンのブラウン神父シリーズだ。既に別の小説で踏襲され、脚色され、アレンジされたものばかりで、探偵小説のデザインパターンに見える。だが、トリックを埋め込むベースとなる物語が多様かつ深いので、発掘のヨロコビもでてくる。いわゆる探偵モノって文芸というより物語芸だよなと常々思っていたのを、ボルヘスはずばりこう言いあてる。

ポーの発明になる探偵小説というジャンルは、それがあらゆる文学ジャンルのうちで最も人工的なものであり、最も遊びに似たものであるからには、いずれ消滅する時期がやってくると予想される。そもそもチェスタトンは書いていた、小説は顔面の戯れであり、探偵小説は仮面の戯れである―――と。
 仮面である限りパターンに陥るのは免れないわけで、密室トリックだったり替玉・凶器の犯行手芸はいずれ尽きる。亜流コピーで知ってしまうよりも、チェスタトンで初体験を済ませるほうがよいのかも知れぬ。そんな意味で、秀逸なトリックは異性との体感に似ている。要するに、暴かれる/暴く快感なのだ。

ウェルズ
 白壁の緑の扉
 プラットナー先生綺譚
 亡きエルヴシャム氏の物語
 水晶の卵
 魔法屋

ワイルド
 アーサー・サヴィル卿の犯罪
 カンタヴィルの幽霊
 幸せの王子
 ナイチンゲールと薔薇
 わがままな大男

サキ
 無口になったアン夫人
 お話の上手な男
 納戸部屋
 ゲイブリエル‐アーネスト
 トーバモリー
 名画の額ぶち
 非安静療法
 やすらぎの里モーズル・バートン
 ウズラの餌
 あけたままの窓
 スレドニ・ヴァシュター
 邪魔立てするもの

チェスタトン
 三人の黙示録の騎士
 奇妙な足音
 イズレイル・ガウの名誉
 アポロンの眼
 イルシュ博士の決闘

キプリング
 祈願の御堂
 サーヒブの戦争
 塹壕のマドンナ
 アラーの目
 園丁

 ボルヘスが集めたから怪奇幻想、とは必ずしもならない。寓話と諧謔、そして懐かしさに満ちた世界文学全集。第3巻もイギリス編らしいが、先に4巻のフランス編から出るらしい。

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コメント

Dainさん、こんばんわ。
過去の記事を拝見してたら、”そういえば「劇薬小説を探せ!」はどうなった?”に、行き当たりました。
Dainさん、劇薬もの、シンからお好きですねww
クライブ・バーカーは、どちらかと言うと映像系の描写が多くて「血の本」シリーズは粒揃いでしたが、長編になって息切れしたみたいで、遠ざかっていました。
それでも「血の本」は、強烈なインパクトでしたね。
そんなDainさんに、ご存知とは思いますが、あえて画集を報告します。
「The Fantastic Art Of Beksinski」です。
ラヴクラフトの世界観が、かなり色濃く表現されています。
最近、「憎鬼」D・ムーディや、平山夢明の短編集の表紙に作品が使われていますね。
一見、夢に出ますww

投稿: oyajidon | 2012.12.18 01:10

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