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台風の科学

 ニューヨークに致命傷を与えたのは満潮だった。ハリケーン「サンディ」と満潮が重なったため、いわゆる高潮によりニューヨークに潮がなだれこんだのだ(NHK NEWS WEB[ぜい弱さを露呈 米のハリケーン被害])。

台風の科学 テレビ映えのする強風や豪雨が着目されるが、本書では高潮災害の恐ろしさを強調している。過去100年間の台風被害の最大のものは、1959年の伊勢湾台風における高潮によるものだ。過去10年間を見ても、2005年ハリケーン・カトリーナの死者1200名、2007年のサイクロン・シドルの死者4000名、2008年のサイクロン・ナルギスの10万人を超える死者は、すべて高潮によるものだ。

 本書は、高潮発生のメカニズムをこう解説する。

  1. 地上気圧の低下による海水の吸い上げ
  2. 強風による沿岸への海水の吹き寄せ
  3. 波浪による水位の上昇
 1ヘクトパスカル(hPa)の地上気圧の低下が、約1cmの水位上昇を引き起こす。地上気圧を1010hPaとすれば、中心気圧950hPaの台風がきたとき、吸い上げ効果で水位は最大60cm上昇する。

 これに加え、風が海面をこする摩擦力(風速の2乗に比例)が働くことで、海水が海岸へ押しつけられる(吹き寄せ効果)。南岸から台風が接近している場合、台風の東側では陸向きの南よりの風が吹くため、水位上昇が大きい。つまり、南に向けて遠浅である、伊勢湾、瀬戸内海、有明海では、吹き寄せ効果が特段に大きい。

 さらに、沿岸部に次々と押し寄せる高波が砕けて堆積することにより、水位上昇は波高の1.5割の水位上昇が見積もられている。

 本書を読むまで高潮の恐ろしさはピンとこなかった。これは、単に上昇した潮位と風雨による水害ではない。文字通り、台風が海を連れてくるのだ。

 ネットのおかげで、ほぼリアルタイムに台風情報を入手できる。現在位置と大きさと方向、予想図までタップ一発で分かる。

 しかし、台風のメカニズムそのものについては、わたしは無知だった。「なぜ」とか「どのように」といった疑問には答えられない。かつて、子どもの質問『時計の反対方向に風が吹くというけど、衛星写真は逆になっているのはなぜ?』に愕然としたことがある───実は本書には、その答えがある。

 風の吹く方向が下部と上部で逆になるのは、絶対角運動量の保存則で説明がつくというのだが、わたしの頭では追いつけなかった。【11/18追記:コメント欄で解説していただきました、ありがとうございます。参考図は以下の通り】

吸い込み(地表面での風の方向)
_
吐き出し(台風の上部面での風の方向)
__2
 イロハから最新の研究成果までをびっしり詰め込んでいるため、「コリオリ力」あたりで呑んでかかっているうちに、「ベータ効果」「絶対渦度の保存則」「アンサンブル予想」「トロコダイル運動」「鉛直シアー」「バリアー効果」といった専門用語の容赦ない絨毯爆撃を受けることになる。

 さらりと解説はしてくれているものの、さすがはブルーバックス、かなりレベルが高いところまで連れて行かれる。流体力学、波動力学、熱力学、天体力学の様々な切口から解析し説明してくれる。力学の素養がある人は激しくうなずきながら読めるだろう。

 一年に平均26個発生し、11個が日本に接近し、3個が上陸する。たった1個で日本の年間発電量に匹敵するエネルギーを生み出す。この巨大な気象現象の脅威のメカニズムを解き明かし、最新の予報研究から地球温暖化の影響まで噛み砕く。

 ただし、「しくみ」寄りのため、対策の記述が薄め。特に高潮災害について、どのような打ち手があり、どこまで準備されているかは、別にあたろう。寺田寅彦によると、大災害を目の当たりにした世代がリタイアする頃(半世紀くらい)を見計らったかのように再発するという。忘れたころにやってくるのなら、そろそろだ。そのときになって、後づけで「カトリーナ、サンディの教訓を学ばなかった」と叩く前に、マスコミ諸氏は今、鳴らすべきじゃないんかね、木鐸とやらを(今なら来年度予算に間に合うし)。

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コメント

高気圧で晴れて、低気圧で雲が出るということは、気圧が高かったり低かったりするのは上空で、低気圧の場合は空気が吸い上げられているということですよね?
すると、コリオリの力で、台風の中心に向かって吸われる地表付近の気流は、上空で雲とともに掃き出される気流とは逆向きになるということではいけないでしょうか?
上空と地表における気流の強さの違いは角運動量保存でバランスするのだと思いますが。

投稿: | 2012.11.09 09:43

>>名無しさん@2012.11.09 09:43

解説ありがとうございます、わたしの理解が追いついていないのはここです。回転半径が大きくなると接線風速が小さくなるのは理解できるのですが、それがやがてゼロになり、マイナス(逆方向)になる件が感覚的に分かっていないのです。


p.44より
台風中心付近では、台風の上層でも大気は反時計回りに回転しています。しかし、アウトフローによって台風中心から外側に移動すると反時計回りの回転が弱められ、やがて時計回りの回転になることが知られています。これは絶対角運動量の保存則によって説明される現象です。
ここでは、絶対角運動量の保存則には深入りしませんが、要は回転半径が大きくなると接線風速が小さくなるということです。フィギュアスケートの選手が広げていた手足を縮めるとスピンの回転数が高まり、逆に縮めていた手足を広げると回転数が減ることと同じ現象です。ひとつ違う点は、回転半径がどんどん大きくなると接線風の風速はやがてゼロとなり、さらに回転半径が大きくなると逆向きに、つまり時計回りに回転するということです。

投稿: Dain | 2012.11.10 07:20

書いたことを忘れてしまって、返事が遅くなりました。すみません。
「角運動量保存でバランス」のくだりは私の間違いです、重ねてすみません。最初の段落の説明で尽きていると思います。

まず、吸われる場合を考えます。
このとき、台風の中心より、北半球で、南側にある大気は北側にある大気よりも速く東に向かって吹いています。なので、中心付近まで来たとき、南側が東に向かって吹くように反時計回りになります。
中心回りで回転する大気の速さが一様になるように北側と南側の速度差の分だけ台風は東に向かって動くはずです。

今度は出ていく大気に注目します。
台風の静止系で見ると、取り敢えず、反時計回りのまま半径を広げていきます。すると、角運動量を保存するために、回転速度自体は落ちていきます。台風が平面に出来るのならば、これが逆を向くことはないはず。
ここで、台風の北側へ吹き出す大気に注目します。北に行けば行く程、地球の半径が小さくなるので、南側から吹いてきた風は、より速く東向きに動いていたことになります。したがって、半径が広がる程、角運動量保存のために遅くなるのみならず、地表から見ると東向きに進んでも見えます。その結果、どこかで二つが相殺し、そこから外側では逆向き、つまり時計回りに回転するようになります。
地上からみると、これは、北側に吹きだす大気に東向きの力がかかっているように見え、これをコリオリの力と呼びます。
南側については同様の議論から、逆向きの力がかかります。南半球では北半球の逆に回ることも同じ議論で分かるかと思います。

さて、吸い込む所で、台風は東向きに進むと書きましたが、天気予報では西向きに動いていた気がします。これは恐らく、地球自体が、台風より速く東に動いているため、相対的に西向きに動いているのだと思います。

引用で絶対角運動量保存というのが何を言っているのか定かでありませんが、恐らく、コリオリの力のことを指しているのだと思います。

私は以上のように考えたのですが、誤りがある可能性や分かりにくいところがあるかも知れません。また忘れてしまうかも知れないので、その場合は、mailで連絡していただければ嬉しいです。

投稿: | 2012.11.17 03:05

>>名無しさん@2012.11.17 03:05

丁寧なコメント、ありがとうございます。いろいろ考えたのですが、やはりわたしは分かっていません。

吹き込む風が反時計回りである理由は、分かります。コリオリの力により、北半球では右にそれる力が働いたように見えることは、本書や以下のサイトで理解しています。

コリオリの力
http://www.max.hi-ho.ne.jp/lylle/coriolis.html

ところが、吹き出す風が、最終的に時計回りになる理由が分かっていません。角運動量保存の法則により、中心から離れるほどゆっくりになる理屈は分かります。wikipediaにも出てくるフィギュアスケートの例のおかげで腑に落ちます。

wikipedia:角運動量保存の法則
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E9%81%8B%E5%8B%95%E9%87%8F%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

回転半径がどんどん大きくなるにつれ、接円風の風速が次第に低下し、ゼロに近づくところまでは理解できるのですが───それがゼロになり、逆回転するところが分からないのです。吹き出す風についてのご説明は、コリオリの力を根拠にお話しているようにお見受けしましたが、わたしにはよく分かりませんでした(ごめんなさい)。

なお、本書p.44の引用は角運動量保存の法則を指しています(本書では、「絶対角運動量の保存則」と呼んでいます)。コリオリの力ではありません。

投稿: Dain | 2012.11.17 09:21

不備があるのが説明か論理か分からなくなってきたのですが、論理の場合は指摘して下さい。取り敢えず、説明に不備があるという仮定の下で議論します。

物理などについて、どの程度の背景をお持ちか分からないので、失礼なことを聞いてしまっているのかも知れませんが、前にも書いたように、コリオリの力と角運動量保存が同じものであるという点は理解していますか?
よく出て来るキーワードなので書いてみましたが、世の中にコリオリの力という不思議な力があるというのは混乱の元になっていて、そこにあるのは、角運動量保存則のみです。

例えば、北半球で大規模に大気を放射状に放出したら、どうなるでしょうか?時計回りになりますよね?
もっと簡単にして、上から見て、時計回りに回転する円盤の中心に立って、球を外側に向かい転がしてみたとしましょう。どうなるでしょうか?円盤の動径方向よりも向かって左側にずれていきますよね?
これはコリオリの力と呼ばれますが、依拠すべき物理法則は角運動量保存です。

例えば、上の円盤ので2点に同じ球を静止させたとしましょう。すると、外側にある球の方が速く周っています。では、そこに向かって、内側の球を転がしていったらどうなるでしょうか。
円盤から運動量の供給がなかった場合、同じ半径まで着いたときに内側にあった球は外側にあった球より、明らかに、回転方向の速度が小さく、円盤の上にいるひとから見たら、まるで、何かの力で押されたかのように取り残されてしまいます。これがコリオリの力と呼ばれるものです。

先にも書いたとおり、平面上であれば、このようなことは起きず、回転していたものが逆回りにはなりません。しかし、台風のように地球規模の現象の場合、緯度に依存する半径の違いが無視出来ず、このような現象が起きるようです。

著者が角運動量保存則に、わざわざ、絶対という気持ち悪い用語を使っているのは、回転している曲がった平面上での角運動量を考えましょうということを強調したかったのではないかと思います。

まず、ここで説明した角運動量保存による見掛け上のちからが働くということは理解しているでしょうか?
次に、北半球で上昇気流が発生した場合、吸い込む方では反時計回りになることは良いでしょうか?本質的に逆回転がおこることと同値です。
これが分かれば、最後に、台風の中心から見たとき、放出される風が時計回りに回ろうとする傾向があるため逆回転に転じることが分かるかと思います。

前回と大体同じことを書いているので、そちらも参考にしていただければと思います。

どうしても分からなくて、それでも理解したいという場合は絵でも書いて送ります。

投稿: | 2012.11.17 18:09

>>名無しさん@2012.11.17 18:09

あなたの説明に不備はありません。わたしの理解が半端なことが原因です。詳細な解説をありがとうございます。そして同じ説明を繰り返させてしまい、ごめんなさい。ようやく分かりました。

「コリオリの力」は、そんな力が加わっているように“見える”だけで、角運動量の保存則で説明ができることも理解しました。わたしが理解した本質は、「地球規模の大気現象の場合、単純に『風が吹く』ことであっても、風上と風下の緯度が影響する」です。

分かったことを絵にまとめました。この記事の中(コメント欄からすると上方)に載せました。北半球の場合で、上が北です。説明文を書こうとしましたが、全てあなたが書いてきたことの焼き直しになるので、やめますね。

なお、わたしの素養は、高校物理を不真面目に触れた程度です。後は一般書やwikipediaの断片的な知識のみです。体系立てて力学を学んだことはありません。

投稿: Dain | 2012.11.18 10:11

理解していただけた様で良かったです。
自分の言葉で説明を書き直すのは、確認の意味でも、閉じた記事にする上でも有益だと思います。著作権とか主張しないのでw

物理は実は楽しいので、気が向いたら他の本も読んでみて下さい。個人的には最近読んだ本の中では、「これが物理学だ」というMITの一般教養の本が面白かったです。日本語のサブタイトルがダサいですがw
興味があったら、こっそり目を通してみて下さい。

投稿: | 2012.11.18 11:52

>>名無しさん@2012.11.18 11:52

ありがとうございます。『これが物理学だ』は図書館から借りているのですが、他の本に押され気味で返却期限がきてしまったところです。そのうち買って読もうかと。


投稿: Dain | 2012.11.18 12:45

今頃ですが
冬はだいたい地上で西高東低、オホーツクに低気圧なのでわかりやすいですよね
こう言うとこ見ても面白いですよ
http://www.jma.go.jp/jp/metcht/kosou.html

AUPQ78の上図、700hPaの高度3000mのあたりにジェット気流がいるのがわかります

投稿: kartis56 | 2012.11.28 22:50

>>kartis56さん

ありがとうございます!確かに分かりやすいですね。西高東低がずばり、「左から右へ」の川の流れのようになっていますね。

投稿: Dain | 2012.11.28 23:13

そしてコメント欄
>気圧が高かったり低かったりするのは上空で
これ逆です。
地表での観測で、周囲と比べて気圧が低いのが低気圧で、高気圧はその逆です。

ちなみに、追記された図は吹き出し方向のは高気圧の地上側、
吸い込み方向は高気圧の上空側と同じでもあります。

投稿: | 2012.11.28 23:32

たまには天気図を読むのも面白いですよという

名前抜けてましたので追記

投稿: kartis56 | 2012.11.28 23:34

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